「掃除機とかないのかな。箒と塵取り使うよりもそっちの方が手っ取り早そうなんだけど」
自分の持つ掃除道具を見ながらそんな不満のような何かを垂れつつ1階へと降りてきた伊奈野。
その頭には、どこかの緑色でビビりな弟が掃除機を使ってこういう薄気味悪い洋館の中で掃除機を使いお化けを吸い込んでいる図が想像されていた。
この屋敷で掃除機ということを思い浮かべると、どうしてもそれが思い浮かんでしまうのである。
「さてさて、宗教勧誘少女ちゃん。掃除道具見つけてきました~」
「あっ。お、お疲れ様です。って、一緒に来た!?」
「へ?一緒に来た?何がですか?」
宗教勧誘少女が驚愕した様子を見せ、伊奈野は首をかしげる。
一緒に来たと言われるが、伊奈野としては誰とも一緒に来た覚えはないのだ。
ただ、宗教勧誘少女の反応から考えるとその言葉などが嘘ではないことは何となくわかる。となると、
「何ですか?黙ってついてきて私を脅かせようとかそんなこと…………」
そんなことを考えていたのか。
そう言おうとした伊奈野はその言葉を止める。一緒に来たという存在を見るため振り返れば、その瞳に映るのは、
『バブゥ』
「…………………………は?」
視界いっぱいの、何か。あまりにもその存在が大きすぎて、そして近すぎて。伊奈野にはその全体的な外形を視界に収めることも認識することもできない。
それでも状況を多少なりとも理解するため視界をさまよわせると、今まで全く違和感などなかったはずなのだが自身の肩にその大きな存在の手らしきものが乗せられていることに気づく。
いや、乗せられているなんて言う表現では生ぬるいかもしれない。全く離すつもりはないとでも言いたげに、がっしりと伊奈野の肩はつかまれていた。
「赤ちゃんの幽霊、ですね。この様子だと生まれてくることができたのかどうかすら怪しいですが」
「え?これ赤ちゃんの幽霊なんですか?明らかに大きすぎると思うんですけど」
宗教勧誘少女が冷静に分析し、それを受けて伊奈野も落ち着いた状態で反応を返すことができた。
伊奈野としてはまさにホラーゲームにありがちな幽霊の類だと考えるとともに、赤子にしては大きすぎるその霊に違和感を感じる。
それこそ相当な年月熟成(?)された霊でなければこんなに大きくなることもないように思うし、
「単純にそれが大きいのは、育てられたからですよ。人に取り憑いて生命力を吸収するのに、その吸収する対象が全然吸っても吸ってもまだまだ力が有り余ってるんですからそれはもう急激に成長しますって」
「えぇ?何ですかその元気の塊。いったいこの霊をそんなに大きくさせて何がしたいんでしょう」
「いやいやいやいや。それあなたのことですからね!?あなたが2階のどこかでおそらく取り憑かれて、どんどん栄養を与えて成長させちゃったんですからね!?」
「え?私?……………あっ。そうなんですか」
自分がそんな赤子の霊を化け物にできてしまうほどのエネルギーを持っているわけないと言おうと考えたのだが、その言葉は結局発せられることなく終わった。伊奈野とて自分がかなりの速度のHP回復などをしていることは分かっているし、そういう意味では吸っても吸っても養分を供給し続ける良い寄生相手だったというのは理解できるのだ。
ついでに考えるのは、階段のきしむ音が大きくなったのは自分が重いとかそんなことではなく、これが乗っていたからだというのも理解できた。
そう。伊奈野は決して重くないのである。
「とりあえず邪魔でしょうし浄化しますね」
「え?あっ、はい?」
伊奈野が今はあまり必要のないことを考えている間も霊は伊奈野から何かを吸い取り続けて大きくなってる。
流石にそれを見てマズいと感じたらしい宗教勧誘少女は被害が出る前に浄化を始める。
伊奈野はその浄化というものの効果をあまりよくは理解していなかったのだが、
「ん?すごい薄くなってきて……………消えた?」
「はい。消しました。浄化完了ですね」
伊奈野の後ろにいたその霊は、みるみるうちに薄くなっていきすぐに完全に見えなくなってしまった。
それが浄化の効果らしく、伊奈野は自身の想像以上に早く表れたその結果に驚愕する。
《称号『憑き物が落ちて』を獲得しました》
《称号『供給タンク』を獲得しました》
その結果のお陰もあってか、本人は気づいていないがログも流れる。
「で、一応浄化はしましたけど体に異常とかないですか?大丈夫ですか?」
「ああ。はい。大丈夫……………だと思います。特にさっきも異変を感じてたわけではなかったので違いとかはよく分からないんですけど」
「そうですか。まあ、異変がないならそれでいいんですけど」
宗教勧誘少女が浄化をしたとは言ってもこれまで霊に取り憑かれていたということもあり体に異変がないか尋ねてくる。
ただ伊奈野としてはここまでもそういったものは一切感じていなかったし、違いなどと言われてもよく分からない。
それよりも、
「さて、じゃあ私は掃除して良いですか?」
「え?ああ。そういえば掃除が目的でしたね……………けど、さっきまで取り憑かれてたんですよ?その状況で掃除ですか?」
「はい。掃除ですけど?何か問題とかありますか?」
「……………いえ。ない、です」
とてもありそうな雰囲気で首を横に振られる。
ただその雰囲気を特に伊奈野は気にせず、異論がないなら構わないだろうと意気揚々と掃除を始めた。
ここで掃除をしておかなければ勉強で机と椅子が使えないのだから当然と言えば当然だろう。
「……………ふぅ。やっぱり周りが奇麗になると心もスッキリしますね」
「そ、それは良かったです」
《スキル『掃除1』を獲得しました》