伊奈野のそこそこ頑張って作った改良クッキー。これをマズいと言われて許せるだろうか。
否である。許せるはずがない。許していいはずがない。
怒りを力に変え、今伊奈野は無礼者たちの処理へと立ち上がった。
……………なんていうことはなく。
まず伊奈野はそこまでマズいと言われることには怒りを抱いていなかった。それにより周囲にまで迷惑をかけることは不快だが、それでも怒りを覚えるほどではないのだ。
ただそれでも自分の努力が軽んじられているように感じるのは確かであり、
「本当にマズい物を知らないからあの人たちはマズいなんて言えるんですよね。知らないのであれば情状酌量の余地は十分にあります。あの人たちには知らないものを教えてあげる、つまり無知の知に目覚めさせてあげることが必要でしょう」
『う、うむ?』
「全然ついていけないですけどダンマスがそこまで言うなら従いますよ。何すればいいんですか?」
伊奈野が何を言っているのかほとんど理解できなかったが、それでもここまでの圧を感じる言葉を吐いているということは何かしらするつもりなのは分かる。
どういった結果を引き起こすつもりなのかは分からないが、手を貸してもいいのではないかと思うわけだ。
骸さん達は伊奈野から話を聞いて必要な作業を進めていき、
「……………お、おい。なんか出てきたぞ」
「あぁ?何だよ。今、俺はアレ聞いてて気分が良くないんだが?……………って、何だアレ?」
「も、もしかしてダンジョン側も不快に感じてるってことぉ?」
ダンジョンの入り口に群がり、クッキーを我先にと買おうとしていたプレイヤーたち。
今日はなんだか騒がしいプレイヤーが入り込んでおり気分があまりよくはない彼らだったが、今は驚愕し何かが起きることを予感している。
その視線の先にはダンジョンの壁があるのだが、もちろんただ壁があるだけではなくその壁面に文字が浮かび上がってきている。それも、若干ではあるが不快感のようなものを現すように。
「『それだけマズいというのであれば、本当にマズいという物を教えてやろう。これを食べてからもう一度言ってみると良い』、か」
「な、なんか怖い文章だな」
「お、おい、あの文字の下にクッキーが置かれてるぞ!あれを食べろってことじゃないのか!」
ちょっとしたテーブルと、そこに置かれたクッキー。文字から考えるに、それが本当にマズい物とダンジョン側が表現しているものだと推測される。
そしてそのクッキーを食べさせる対象は、マズいと騒いでいた者達。
これはダンジョンから目を付けられたということで間違いないわけで、
「おい、お前ら!さっさと食べに行けよ!」
「い、いや、俺たちは……………」
「アァ?さっきまであんなに騒いでたくせに急にしおらしくなりやがって。もしかして怖いのか?怖いんだろ。自分たちが適当に言ってただけってバレるのが」
「は、はぁ?馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!本当にあのクッキーはマズいんだよ!」
「そういうならあれを食ってみろって言ってんだよ!せっかく本当にマズい物ってのをダンジョンが用意してくれたんだからな」
「お前らのための特別製だぜぇ?俺達が食べてきたクッキーをマズいって言えるんだから、あれくらい食えるだろ?」
「そ、それは……………」
「もしかして怖いのか?マズい物なんて知らないのにあれの事マズいなんて言ってたんじゃないのか?もしかして、現実世界で美味い物ばっかり食べてるから自慢したいだけなんじゃないのか?庶民を馬鹿にしやがって」
「ち、違う!本当にマズいのと比べてやっぱりあれもまずいって言ってんだよ!」
熱くなっている人間は乗せやすい。
マズいと声高らかに騒いでいたプレイヤーたちも自分の発言を嘘ではないと証明するために、なぜかわざわざマズいと言われるものを食べなければならない流れになっていた。
別にマズさなんて1つしかないわけではないし、マズくなるよう作られたものは当然マズい。通常版もそれよりはましだがマズいだろうということにしておけばわざわざ食べる必要もないのだが、というかここでマズいと言って出したものを食べたとしてもそれで元々食べていたクッキーがマズいかどうかの証明なんてできやしないのだが、それでも断れない雰囲気となっていた。
例え全く以て論理的ではなくても流れと勢いさえあれば、なんとなく人はそれを正しい物だと感じてしまう。そういうものなのだ。
特に発言に根拠があるわけでもないし権威のある立場と言うわけでもないのに、誰かが自信を持って言っていることを何となく本当な気がしてしまうわけである。自分が精神的に安定していなければなおさらその効果は大きい。
「……………はぁ。こんなの普通に売られてるのと変わんねぇだろ、どっちもまずいんだよ」
「分かってない奴らだな、本当に。マズい物なんていくらでも知ってるっての。こんなので再確認しなくたっていいんだよ」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと食べろぉ!」
「そうだそうだ!言い訳なんてどうでもいいんだよ!!」
「チッ。うるせぇな……………まあいい。マズいクッキー食べるだけだし実質ここに来てるやつらとやることは同じだろ」
「ハァ~。もう臭いからまずさが伝わってくるな」
面倒くさそうにしながらプレイヤーたちは用意されたクッキーを口に入れていく。
臭いがどうこうなんて言っているが伊奈野は魔法陣でにおいまでは変えることができないため、普通にNPCなどから買えるクッキーとその匂いは同じである、
ただ当然ながら伊奈野も短時間ながらそこそこ気合を入れて作ったためその魔法陣の効力は相当であり、
「ん、んぐ……………え、あ、あれ?」
「はぁぁ。やっぱマズ……………うぉぇぇ!?」
「あ、ぐぇ、の、飲み込めない……………」
誰もまず飲み込むことができない。
体中から汗が吹き出し、激しい震えが現れるとともにいくつもの鳥肌が出てくる。全身が全力で拒否しているのがよく分かった、
さすがにそんな様子であるならばおかしいことに見ている者達も気が付くわけで、
「お、おい?どうした?」
「ギャハハッ。さすがにそれはオーバーすぎだろ。いくらマズいって言ってもなぁ」
「おいおい。ゲームでそこまでなるわけないだろうが」
反応が過剰だという風に見られてしまう。
しかし、それは間違いなく強烈な物であり、
「く、苦しい」
「のどが絞まる……………」
「う、うぷっ」
それぞれの反応を見せながら、ダンジョンから脱出したりログアウトを始めたり。
あまりにも反応が激しすぎて逆に怪しくないように見えるほどになっていた。
実際それだけの反応を見せるだけの能力があったのは間違いなく、口から飲み込まれることなく出てきたクッキーだったものが地面にいくつも落ちているものの未だ口の中に残っている少しの屑だけでも充分苦しませることができている。
伊奈野が作ったそれは、味を向上させるものよりある意味とても強烈な変化を出すことができたようだった。
《スキル『毒殺1』を獲得しました》
《スキル『毒生成1』を獲得しました》
《称号『触れれば毒に』を獲得しました》
書籍化が決まりました(やったぜ)
お祝い等々いただきありがとうございます。ひとえにこれも普段読んでくださっている、皆様のおかげでございます
ちなみに結構前から決まってて作業に追われたりしてました。ついでに言ってしまうとそんなに前から作業していたこともあって発売は10月中です。
具体的には10/17。2週間とちょっとしかないような気がしますけど気のせいでしょうか?作者じゃなきゃ書店で見逃しちゃうね(大嘘
出版元はアース・スターノベル様。
個人的に読んでるVR系のラノベがいくつかアース・スター様なので、内心VR系を掌握するつもりなのではないかと訝しんでますw
発売されたら表紙の方をこちらに載せますので、通販サイトでも書店でも同じものを見た際にはぜひともよろしくお願いいたします
え?何?今まで書籍化作業で忙しかったならこれからは複数話投稿できるってことだよなって?1日5話投稿とか余裕だろって?
……………ぜ、全力を出すつもりでございます(白目)