様々な事情を知ったもののそれは兎も角として自分の作った魔法陣の重要性を理解した伊奈野。
完全に納得したわけではない、というか単純に自分に対して使われたら困るということで躊躇する気持ちもあるのだが、それでも改良を進めていく。
基にするのは魔女さんが改良したもの。さらにその基になった伊奈野が自分で作った魔法陣を使ってもよかったのだが、魔女さんの作ったものの方が効果が大きかったうえにごちゃごちゃとしていて改良できるところが見つかりそうに思えたのだ。
「ここ重複してますし削れそうですよね?」
「確かに。ただそこの変換部分を補えるものってどうすれば……………」
魔女さんと頭を突き合わせて魔法陣の改良にいそしむ。
そうしていくごとに魔法陣の凶悪性は増し、伊奈野が使われたくないものへと変わっていく。それとともに、伊奈野の表情がひきつるペースが速くなっていく。
だが、そんな風になっている伊奈野の隣で、平然とした表情で、
「おぉ。これはなかなかキツいものがありますね。次の試練に使ってみてもいいかもしれません。かなりふるいにかけることができるでしょう」
納得しながら評価を下す存在が。
もちろんそうなっていることが通常から考えるとあり得ることではなく、
「それを笑顔で言われても本当にそう思っているのか怪しいですよ」
「そうだそうだぁ!あと、試練で使うってどういうこと?教会の昇格試験ってそんなに厳しいんだっけ?」
「位が高くなればそれだけ試練は厳しくなりますよ?私の時はモンスターに追いかけられながら走るというものもありましたし。もちろん怪我をすることが前提であり、その後痛みを振り切って補助魔法と回復魔法を使い走り続ける心があるかどうかというのを見極めるような試練だったようですが」
「ど、どういうこと?いったい教会は何を求めてるの?」
魔法陣の開発にいそしんでいるためあまり伊奈野は真剣に話を聞くこともなく右から左へと流れていることが多いが、間違いなく認識できているのはうるさい人が自分が作った魔法陣の影響を受けても全く問題なさそうにしていることである。
まさかのいい実験台が身近なところにいたということではあるが、実際に試すかどうかは別の話。さすがに生物が即死するほどの魔法を人に対して使うことには伊奈野とて抵抗があるのだ。
実際にモンスターで試してみて改良前とどの程度の差があるのかを調べてから、あまりにも性能が上昇していないことを確認してから、
「よし。こんなものかしら。ちょっと使うからこっちに来てもらっていいかしら?」
「ああ。はいはい。かまいませんよ。どれほど強烈になっているのか楽しみですね」
「いやいやいやいや!ちょっと待ってください!何を試そうとしてるんですか!?」
確認してから試すつもりだったが、それは伊奈野だけだったようだ。
魔女さんは平然とした様子でうるさい人に魔法をかけようとしているし、うるさい人もそれを一切拒否する様子がない。
激しく不安を覚える伊奈野であった。
だが、そんな慌てた様子の伊奈野とは対照的に、止められた側はのほほんとした表情で、
「大丈夫ですよ。師匠の作った最初の魔法陣で全く影響がなかったみたいですし、今回の強化した物でもせいぜいなったとしても腹痛を感じるくらいだと思いますよ」
「そうそう。私は大丈夫ですので安心してください。心配していただけるのは勿論ありがたいですけどね」
「え、えぇ?結構強化しましたよ?本当に大丈夫なんですか?」
全く心配する様子のない魔女さんと、余裕そうな顔をしたうるさい人。
ここまで自信を持たれると、伊奈野も止めることはできない。ただ、無事を祈りながら結果を見守るしかなかった。
実際に試して使ってみるのもすぐの事であり、
「じゃあ行くわよ。覚悟しておきなさい」
「もちろん覚悟はできています。いつでもどうぞ?」
「じゃあ……………えいっ」
あまり気合が入った様子もなく適当にも見える様子で使われた魔法。しかし、魔法陣はしっかりと光を放っており問題なく発動したことがうかがえる。
伊奈野が心配した表情で視線を向けるうるさい人はやはり魔法をかけられた影響なのか、
「んっ!」
突然目を見開き、口を手で押さえ始めた。
その動作は、見たことがあるもの。しっかりと魔法の影響が出ているように思われた。
「あぁ。やっぱりだめっぽいじゃないですか。水か何かの用意を…………」
やはり自分が考えていたように耐えるのは難しかった。そう受け取って口の中を少しでもスッキリさせるために水の用意を始めようとする。
しかし、
「ああ。大丈夫です。急な変化で驚いただけですから。特に体調面では問題ありませんので大丈夫ですよ」
「……………え?それは、口の中の状況が最悪でもない、ってことですか?」
「いえ、さすがに不快感はありますけど……………それだけですね。気になるほどでもないですし」
「へ、へぇ……………」
これを聞いた伊奈野の感想は1つである。
こいつ、化け物だ。というものだ。
伊奈野もこの魔法の効果はそれなりに認識しているため恐ろしいほどの効果が出ることも分かっているのだが、それでもなお問題ないと言えるうるさい人が信じられないのである。
アレはやせ我慢などできるほど、しかも笑顔で問題ないと言えるほど生易しい物ではないのだから。
そうして恐怖する伊奈野だが、そんな伊奈野を安心させるつもりなのかは分からないがうるさい人が言い訳のような説明を始めて、
「単純に私の味覚を使うことが非常に少ないため、能力が極端な低下をしているだけだと思いますよ。感じにくいからこそ効果が低いのだと思われますね」
伊奈野が聞いたのは別のサーバでのことになるが、うるさい人がほとんど何も食べていないというのは聞いたことがある。それこそ、伊奈野に食べないでいるとどんなスキルが手に入るのか教えてくれたりもしたのだから。
だからこそ、そんなうるさい人は味を感じることが少ないためにその能力自体が落ちていて味覚的な刺激を受けてもそれを感じることがあまりできないということなのだが、
「だとしてもじゃないですか?気絶するレベルなんですよ?」
「ハハハッ。まあ、あとは単純に私の心の持ちようの問題かもしれませんね。これでも過酷な試練にいくつも挑んできましたので。それに私は死ぬこともありませんから、もし発展が著しくなっても最悪多少ひどいことになる程度で済みますよ」
伊奈野の言葉に笑ううるさい人。
だが、そうして笑っていられるのももうしばらくの内だけかもしれない。
なぜなら彼女が、完全にうるさい人はそういうことをしても問題はない相手と認識してしまったのだから。実験対象となったうるさい人がいつ悲鳴を上げることになるのか、それはきっと遠くない未来に分かることだろう。