伊奈野の魔法陣改良は急速に進んでいっている。
身近な実験対象を見つけたことによりそのモチベーションはかなり高く保つことができており、基本的に休憩中は魔法陣の改良ばかり行うくらいの状況にまでなっている。
ダンジョン内ではともかくとして図書館にいるメンバーはそれを非常に重要なものとして位置付けているため、当然ながらそれが止められるということはなく。
「これどうですか?」
「少し不快感を強く感じるようになりましたね。ただ、まだ大丈夫そうです」
「こっちはどうですか?少し変化のさせ方を変えてみたんですけど」
「うっ、こ、これは……………新感覚ですね。確かにこれが来たら衝撃で気絶するのも分かるような気がします」
「こういうのは長時間使われるとつらいんじゃないかと思いますし」
「あっ、あ~~~~。これは結構来ますね」
「他にもこんなのとか」
「ちょ、ちょっと待ってください?さっきから魔法の出力が高くなりすぎている気がするんですけど?」
「こんなのとか」
「うっ!?は、話を聞いていただきたいんですけど!?もうそろそろオロロロ……………」
「こんなのとかもありますよ」
「……………(白目)」
同じように問題ないという言葉ばかり聞き続けていると、伊奈野の気持ちは流れ作業をやっているようなものに変化していく。それが問題あったのだ。
伊奈野はそういう意識で魔法を使って言っているため、うるさい人の変化に気が付けない。
うるさい人ですら気絶するほどの効果がすでに出ているということに気づかず、
「し、師匠!?もう気絶してます!それ以上はさすがにおやめください!」
「え?何言ってるんですか魔女さん。うるさい人がこのくらいで気絶するわけないじゃないですか。まだ大丈夫って言って……………あ、あれ?」
「いくら問題なさそうに最初はしていたからとは言っても、これはさすがにやりすぎですよ!せめて反応くらい見てください!」
「す、すいません。完全に油断してました」
《称号『英雄よ眠れ』を獲得しました》
しゅんとした様子で謝る伊奈野。後でしっかりとうるさい人にも謝るつもりである。
伊奈野は申し訳なく感じるとともに、
「……………うるさい人もこれが効くくらいの味覚はあったんですね。ちゃんと人間だったんだ」
なんだかほっとしている様子も見られた。
あまりにもうるさい人の耐性が高すぎて正直本当に人間なのかと疑っていた部分はあったのだ。だからこそ、こうして気絶してくれたことであらためてうるさい人が人間であるということを再認識できたわけである。
これで伊奈野は、うるさい人のことを実は邪神が派遣してきた存在なのではないかとか、味覚のないモンスターが擬態した姿なのではないのかとか、極度の味音痴で実はマズいものほどおいしく感じられるがために普通の食事は口に合わなくて食べてなかっただけなのではないかとか疑わなくて済むようになったわけである。
そんな伊奈野の言葉に通常であれば何を馬鹿なことを言ってるんだと笑って否定するべきなのだが、魔女さん達もまた、
「あぁ。そう言われると確かに」
「人間、だったんですね……………まだ少し信じられてませんが」
「相当ご主人様が強化したのでやっとでしょ?ちょっとまだ人間って言うには厳しんじゃない?」
伊奈野と同じように人間であったことを再認識したり、まだ怪しいのではないかと疑ったり。散々な良いようである。
それだけ伊奈野の作った魔法が人類にとって脅威であり同時にうるさい人が人間だとは思えない行動をしてきているということになる。
その後はうるさい人が起きるまで伊奈野は勉強を続け他のメンバーが話し合うのだが、やはりその話の内容は、
「教皇は常に笑顔で落ち着いてるなんて言われてるけど、つまりそれって悩みとか聞いてる間も笑顔ってことでしょ?結構重い話をしてる人に笑顔を向けるって相当鬼畜じゃないかしら?」
「「確かに」」
「それで言えば、この間『世界の拷問器具大全』という本を読まれていた時に『へぇ、面白いですね』っておっしゃっていたんです。あれも実はその片鱗だったとか?」
「「ありうる」」
「噂だけどさぁ。教会の地下に昔教皇様が直々に処分した異端者の生首が並べて飾ってあるって話だったけど。実はあれも本当の話だったりして?」
「「ありう……………いや、ない」」
「えぇ?なんで?僕のだけ否定しなくたって良いじゃん」
「いや、あの教皇よ?あれがそんな無駄なデザインとかに手を伸ばすとは思えないわ。せいぜい考えられるとすれば、生首を腐らせてその匂いに耐えることを修練とするくらいでしょ」
「そうですよ?教皇様は基本的に意味の分からない程に自分を追い込んで修練されるのがお好きなんですからね?後任の育成ならまだしもすでにこの世界にいない人をどうにかして快楽を求めるというのはないと思いますよ。私も、その腐臭に耐えながらついでにジャグリングの練習をするというのならば理解はできますが」
「え、えぇ?……………まあ、確かに言われてみるとそうかも?」
うるさい人が人間ではないという可能性。特に、その根拠となる彼の残虐なところなどにスポットが当てられていた。
ただ、そんなことを話すにしてもただ彼が残虐で悪い人間(まず人間ではないと言う話なのだが)だと誹謗中傷をするのではなく、しっかりと日頃の行いやその精神面を見たうえでの考察が繰り広げられている。
論理的学術的にとまではいかないが、何の根拠もない話と言うわけではないのがいろんな意味でいろんな人にとって悲しいところであった。
「実は神から不死の力をもらう前から死ぬことがなかった可能性もあるかしら?」
「教会で秘密裏に研究されていた生物兵器のなれの果てかもしれませんよ」
「実は邪神の使徒とこっちの人間とのハーフで……………」
だがだんだんとその話もファンタジーなものになっていく。
しまいには全身にバズーカやロケットランチャーが仕掛けられていることになったりならなったり。もう生まれる前から相当な手が加えられた存在ということになっていた。
そんな話が繰り広げられる中、
「……………(私、貧民街で生まれたただの孤児なんですけどねぇ)
起きたもののさすがに寝たふりをするしかないうるさい人は苦笑を浮かべることになるのであった。
ただ若干、自分でももしかしたら知らないうちに人間ではなくなっているのかもしれないと考えたりそうでもなかったり……………。