伊奈野の足元が、というか犬っころの足元まで含めた広い範囲の床が開き、足場をなくしてきた。
落とし穴を、それも１人を対象にしたものではなく下手すると数十人は落とせそうな非常に大きな落とし穴を使われたわけである。
それに合わせてギリギリでジャンプなどをしたとしても周囲に足場など存在しないため伊奈野達はその穴へと真っ逆さまに落ちていくことに、
「……………ふぅ。あぶなかった」
ならなかった。
伊奈野はとっさに『魔力障壁』を使用し、足場を作ったのである。空中に浮く足場のお陰で伊奈野は落下を回避し、
「主！ありがと！！」
「いや、これ私のために作ったものなんだけど。勝手に乗られても困るっていうか……………あんまり体重重いとこれ壊れるかもよ？」
「大丈夫だよ！人化したら体重も軽くなるもん！」
「ふ～ん？便利だね。体重を減らせるなんて羨ましい」
犬っころも伊奈野の作り出した魔力障壁の上にちゃっかりと乗っていた。
そんな犬っころと適当に話をしつつ伊奈野がその開いた大きな穴を見てみればそれは非常に深い物となっており、
「これは落下死間違い無しかな」
そう評価を下した。
底が見えず、石などを投げたとしても反響して音が返ってくるなんてことすらなさそうだ。高所恐怖症というわけではないが、足がすくむ。
しかしそんな伊奈野とは違い余裕がある様子の犬っころは不思議そうにしながら、
「ん～？ここは落ちても大丈夫だよ～？ここ行ったら地下に行けるの！」
「え？……………地下ってこの穴を落ちた先にあるの？結構深そうに見えるけど？」
「この下だよ～？凄い下の方だから、いっぱい遊んでも問題ないって司書が言ってた！」
「へ、へぇ」
犬っころの何が問題か分からないという表情で語られる言葉に伊奈野は頬を引きつらせる。地下とは聞いていたものの、ここまで深い地下だなんて言うことは全く想定していなかったのだから。
せいぜい、大手のデパートなどにある地下３階くらいの深さだろう程度にしか考えていなかったのだ。
下手したら深い場所にある地下鉄の駅よりもさらに深いのではないかと思うその穴の先は、伊奈野が話を聞いていた時に考えた監獄などと言う言葉では済まされないような場所だと思えた。
それはまるで、どんな過酷で厳しい監獄であっても処理しきれないほどの凶悪な何かを閉じ込めるためのもののようであり、
「図書館って、本当に何なの？」
「ん～？図書館は図書館だよ？」
伊奈野には図書館という場所がよく分からなくなってきた。
多少差違はあれど今までは図書館の機能を自分が知っている図書館のものと同じ、つまり現実のものと同じだろうと考えていたのだが、どうやらこの様子では何かそれ以上のものを抱えているような印象を受ける。
どんどん伊奈野は知るべきではないものを知って行ってしまっているような気がした。
が、だとしてもそれに悩んでいるような状況でも残念ながらなく、
「主！前から来るよ！！」
「あ、危なっ！？」
「次右ね」
「嘘っ！？急に私への攻撃が増えてない！？」
「ううん。全部僕を狙ってるよ？ただ、僕と近くにいるから巻き込まれてるだけ！」
「じゃあ離れてほしいんだけど！？」
「ん～……………足場がないから無理」
「足場くらい私作れるから！！離れて！」
「えぇ～」
犬っころと同じ足場にいるため伊奈野を巻き込んだ攻撃がいくつも襲い掛かってくる。犬っころの指示に従いそれらを必死に回避していくが、少しでも遅れるようなことになれば命取りとなるため伊奈野はすぐさま犬っころに離れるよう懇願、というより命令する。
伊奈野がもう１つ、いや、さらに追加で３つくらい距離を置いて魔力障壁を展開したことにより犬っころは不満を垂れつつもそちらへと飛び乗っていく。
もちろんそちらに移動しても犬っころへの攻撃は留まることを知らないが、ひとまず伊奈野は安心することはできないとしても一旦猛攻から解放される。
「つ、疲れた……………よくあんなに体力が続くね」
小さくため息をつきつつ、その視線をいまだに元気に攻撃をぴょんぴょん飛び跳ねながら回避していく犬っころへと向ける。
全方位から多種多様な攻撃が降り注ぐため、それの回避には相当な集中力と体力と精神的にも体力的にもある程度の余裕が必要になってくる。ひたすら犬っころの指示に従って回避するだけでもギリギリだったのだから、かなり簡単に回避していく犬っころに伊奈野は素直に感心するのだった。
もちろん、今後その体力の持ち主相手に遊ばないといけなくなるのは相当面倒だという思いが脳の奥底でちらついてはいるが。
ここまですさまじい回避をしたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、
《スキル『緊急回避』を獲得しました》
《スキル『連続回避』を獲得しました》
《称号『当たらなければどうということはない』を獲得しました》
「あぁ～。スキルと称号獲得してる。これがあればもう少し簡単に今までのも回避できた？……………いや、無理か」
伊奈野はスキルと称号を獲得していた。どれも回避に役立ってくれそうなものとなっている。
そのため伊奈野は今までに比べると回避に余裕を出すことができるかなどと考えたが、犬っころに襲い掛かっている攻撃の数々と犬っころの動きから明らかにそんな付け焼刃ではどうしようもないことが理解できた。伊奈野の自信はつく前にどこかへ吹き飛ばされてしまったのである。
「どこに目ついてんの、あれ」
伊奈野は犬っころのその恐ろしいほどまでの回避能力に絶句している。まるで背中や頭の上にも目があるのではないかと思うほどであり、どこからの攻撃でもそちらに目を向ける事すらなく回避する。伊奈野には不可能な芸当だ。
そんな犬っころの動きをしばらく観察していたのだが、
「……………油断はできないけど、安定してきたかな？」
ある程度時間が経過したにもかかわらずあまり犬っころへと襲い掛かるトラップの種類や勢いが変化しないことから、これ以上激しくならないことを感じていた。
それはつまり、もしかすると伊奈野はこれ以上の警戒をしなくてもよいのかもしれないということ。
「今のうちに司書さんを呼びに行ったりすればいいかな」
決してさっさとここから逃げたいわけじゃない。決してこの激しい攻撃が怖いうえに少し離れたところからチラホラこちらをうかがう野次馬のような存在がいて恥ずかしいため、犬っころを見捨てて逃げたいとかそう言うわけじゃない。
伊奈野はこの問題を解決し現状を説明するために司書へと会いに行こうと考えたのだ。
だが、そうして伊奈野が行動を起こす前に何やら個室がある方から小さいながらも足音が聞こえてきて、
「まだくたばっていませんでしたか負け犬。というか、なんでこんなところにいるんですか？寿命延長のために極限状態に追い込んでいるはずでしょう？役目を果たす前にくたばりたかったんですか？あと、来るなら来るでさっさと地下に行ってください。こんなところにいられても邪魔ですよ。相変わらず体を動かすばかりで頭をちっとも使ってないんですから。使わないなら捨ててしまってくたばってくれた方が……………ん？」
放たれる嫌味ったらしい言葉の数々。
まだまだ続きそうだったその言葉は、何か気になることがあったようで途中で止められた。
伊奈野はなんだかその声に聴き覚えがありその話し方に若干引っ掛かりを覚えて振り返ってみれば、
「司書さん？」
「え？……………読み、友？」
