メリクリです
「……………ふぅ。台所の様子とか一旦見てまた勉強でもしようかな」
ログアウト後。
伊奈野はコスプレ魔王はいったい何をしたのだろうと少し疑問に思うところはありつつも伊奈野は体を動かしたのちにまた勉強へと取り組もうとしていた。
1日の勉強時間24時間以上になる可能性が高く相変わらずの伊奈野の勉強への圧倒的な集中力と忍耐力が見受けられた。
とはいえすぐに始めるわけでもなく長い事VRをするために動かしていなかった体をほぐすためにも部屋を出たのだが、
「ぬぐぉぉぉぉぉっ!!!!!」
「っ!?な、何!?」
伊奈野の耳元に唸り声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声ではあったため誰か知らない人が奇声を発しているというわけではなさそうだが、それでも知っていおる相手が変な声を出していればそれはそれで心配するわけで、
「大丈夫!?瑠季ちゃん!」
「あっ、お嬢様……………オ、オホホッ。ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。少し取り乱してしまいました」
「少し?」
「……………かなり取り乱しましたわ」
伊奈野が駆けつけてみれば、伊奈野の父親の手伝いで炊事を行なっていたのだろう瑠季がスマホ片手に震えていた。どうやら手伝いの途中の手が空いた時間に何かを確認していたようだが、それで驚いたのだろうと推測できる。
とりあえず怪我などはないようで伊奈野は一安心。
見栄を張る瑠季に苦笑しつつ話を聞いてみれば、
「聞いてくださいましお嬢様!私が探してたNPCが暴れているみたいなんですの」
「暴れてる?」
「そうなんですわ。初期のスポーン地点で何かをしているそうなんですの。大規模な魔術か何かを使っているようですわ」
「へぇ~?」
瑠季が追っていたNPCが彼女の手を離せない時に目撃されてしまった。しかも、何か大きなことをしでかしているというわけだ。
それは悔しさで叫びたくなるのも理解できるだろう。
その悔しさは起きたイベントが大きければ大きいほど強くなるものであり、
「しかも!そのNPCの迎えに他の重要キャラっぽいのが来て一瞬で攫って行ってしまわれたのですわ!おかげで何の情報も得られず終わってしまったようですし」
「そっか~。情報がないと今後調べるのもできないもんね」
「そうなのですわ。役職やら名前やらが分かれば私たちもそれを基に聞き込みとかできるのですけど……………現場を目撃できないばかりかその後の動きも上手くできないなんてきつすぎますわぁ」
打つ手なしだと瑠季は落ち込む。
どんよりとした雰囲気になってしまったため、伊奈野は励ますことも難しいと考え話題の転換を試みて、
「そういえば私、魔王って呼ばれてる子に会ったんだけど何か知ってる?」
「え?魔王、ですの?……………ど、どこであったんですのそんなの!?ちょっとその話詳しく教えてくださいまし!!」
「う、うん。良いけど」
瑠季は伊奈野に詰め寄るようにして話を聞き出そうとしてきた。予想以上の食いつきに驚き、頬を引きつらせる。
勇者という英雄がいるのだからそれの対極にありそうな魔王という存在も重要なのではないかと考えたわけだが、この瑠季の様子を見るにその予想は正しかったらしい。まだ少ししか一緒に入られていないがそれでも分かることは多くあるため、
「そうだね。まず、結構厨二病っぽいかな。言葉遣いとか雰囲気とか含めて」
「あ~。でもそういう雰囲気のキャラだと思えば必ずしもそうとは言い切れないかもしれませんし……………いや、単純にそういうロールプレイを楽しんでるだけのプレイヤーの可能性も?」
「それはないと思うよ?コールドスリープ装置みたいなのに封印されてたし」
「あぁ~。なるほど。それは確かに……………へぁ?コールドスリープ装置ぃ?」
「そうそう。なんかそこだけSFっぽいよね」
「え、えぇ?そんなの聞いたことがありませんけど……………いや、でも、見たならあるんですわよねぇ。いつの間にあのゲームは近未来ロボティクスSFにジャンルが変わったんでしょう」
瑠季は頭を抱えて困惑する。
それもそうだろう。明らかに今までゲームで見てきたものとは世界観が違い過ぎる装置の存在を告げられたのだから。
伊奈野はNPCであることの証明、というか証拠を上げるために口にしたつもりのようだが、残念ながらそれは余計に瑠季の疑いを深めることになった。そんな装置を作るのは、プレイヤーなのではないか、と。
とはいってもまだ瑠季も持っている情報が少なすぎるため断定しづらく、追加で話を聞こうとしたのだが、
「瑠季ちゃん。悪いけど手伝ってもらえるかな?」
「あっ、旦那様。少々お待ちくださいまし!すぐに向かいますわ!……………すみません、お嬢様。またあとでお話を聞かせていただいてもよろしくて?」
「うん。もちろん構わないよ。私も部屋戻って勉強しようかな」
瑠季は休憩中だっただけで、まだ手伝いの途中。
仕事に戻って欲しいと頼まれれば断ることもできず泣く泣く伊奈野から離れることになるのだった。魔王という存在のモヤモヤを抱えながら。
「というか、お嬢様って勉強しかしてないみたいなことを言っていたのにどうしてそんなのと知り合っているんですの……………いや、会ったとしか言っていなかったような気もしますわね。ということは、知り合ったわけではない?」
伊奈野の普段の行動が非常に気になるのであった。
だがそうして瑠季が悩んでいることなど露知らず、伊奈野の方は気楽な様子でいつも通りに、
「現実だと数時間しか経ってないはずなのにこっちで勉強するのが凄い不思議に感じる……………やっぱり感覚としてはゲーム内の延長されてる時間も体験した時間に含んでるのかな」
なんて言いながら机に向かっていた。
伊奈野もかなりの時間、それこそ休憩は挟んだもののゲーム内時間では1日分近くゲームに入り浸っていたため、現実で勉強をすることが久しぶりな気がするのだ。
VR内での勉強もほぼリアルには近いようには感じているのだが、それでも感触やら何やらがやはり少し現実とは違う。だからこそ微妙に違和感を感じているのだ。
とはいってもそれで勉強に支障をきたすことはないが。
違いは何だろうかなど疑問を抱えながら勉強をしたところで、勉強の方にかなり集中は向けられるし邪念が挟まるということには当てはまらない。それどころかあまりにも考えがそちらに傾かないため数秒すれば忘れるのではないかというほどである。
ただ数秒後、幸いなのかは分からないがその考えは消滅の危機を回避することに成功して、
「……………あっ。そういえば現実だと『サイコキネシス』って使えないんだった」
伊奈野は次のページがいつまでたっても開かなかったために、自身の頭がかなりゲームに染め上げられていることを実感した。ゲーム内ではずっと『サイコキネシス』によって自動的に次のページに進むようになっていたので、すっかりそれに慣れてしまっていたのである。
なんだか、自分の手で次のページを広げるというのは普段しているにもかかわらず新鮮に感じた。
「便利なものに慣れすぎちゃってたねぇ。いけないなぁ」
伊奈野は自身の行動を反省する。
このままでは、現実の大事な時にもゲーム内でしかできない動きをしてしまいそうだと感じたのだ。
例えば、転移とか。
「変な人が寄ってきた時に「牽制魔弾繰り返し!」とか「龍落とし!」とか「寒冷の瞳」とか言わないようにしないと。あと、ペットとかを見かけたときにアイテムボックスからお菓子を出すとかも避けないと。ついでに現実逃避したくなった時にログアウトボタンを探すのもかな?……………やったことない気がするけど」