和歌山からパンダがいなくなる、だと!?
マターが魔王のことを調べ始めて、その手は図書館の外へと広がっていった。
各地の街にフィールドにダンジョンに。手がかりがありそうな場所はとことん調べていく。一切の抜かりはない。
お陰でほんの少しではあるが新しい情報を得ることもできていた。もちろん、魔王以外の情報は大量に手に入っている。
ただそうしているとさすがに動きが大きすぎるため、不審に思ったり何かあると考えたりする人間も出てきて、
「………………情報をまとめる限り、あのアンデッドたちは何かを探っているようですわね」
「そうでござるなぁ。ただ肝心の何を探っているのかがさっぱりでござる」
「準英雄関連。それは間違いない………ニャ~」
日本サーバのプレイヤーではトップクラス。それこそ世界にも通用する実力を持つギルド、『余威與都』もまたマターの配下を使った動きに気が付いていた。
すでにその動きに関する情報をかなり掴んでおり、狙いが準英雄に関するものだというのは掴めていた。
ただ、現在はそれ以上が手に入らず悩んでいる状況。
「ギルマスの知り合いとか頼れないでござるか?」
「私の知り合いですの?頼りになるようなものがおりまして?」
「ほら。普段はゲームしてるわけじゃないっていう人…………ニャ~」
「あ、あぁ~。あの方ですのね。確かに私たちが持ってないような情報を掴んでいるかもしれませんけど…………あまり今の時期は余計なことで迷惑かけたくないんですわよねぇ。一応後で聞いては見ますけど」
「う~ん。そういわれるとこれ以上はこっちも何も言えないでござる。年度末は忙しい時期でござるからなぁ」
「仕事も追い込みだし学校もテストがあるし…………ニャ~」
今以上の情報を得るために頼る相手として挙げられたのが、ギルドのトップである通称『悪役令嬢』の知り合い。何でもイベントで上位に食い込んだことがあるとかで独自のつながりなり情報なりを持っているのではないかと予想されているのだ。
とはいえ、今は忙しい時期。この決済やらノルマ達成のための追い込みやら予算消化やらテスト勉強やら受験対策やらたいていの人が何かしらに追われているこの時期に、何か情報を集めてもらうというのはかなり気が引ける。
とはいえそれくらいしか手がないのも確かであり、あれば教えてもらう程度のつもりで、
「…………と言うことなんですわ。お嬢様。何か信憑性が低くても構いませんのでうわさなど聞いたことがあれば教えていただきたいのですけど」
「ん~。そういわれても私今ほとんどゲームのシナリオ部分とかには触れてないんだけど…………あっ、そういえば関係があるかは分からないけど図書館でよく一緒にいる子が何か調べてたよ。それに関係することかは分からないけど、最近忙しそうにしてるし」
「図書館の知り合い、ですの?…………ではそちらの方面で調べてみますわ。情報提供ありがとうございますわ~」
「いやいや。私にわかることならまた聞いてね。受験の事とかなら応えられるよ!」
「あぁ。はい。お嬢様が勉強に詳しいのはとっくの昔から存じ上げておりますわ」
幸か不幸か情報を手に入れることに成功した。
成功してしまったのだ。
これによってトップギルドの1つである余威與都の目は図書館へと向けられて、
「ふ~ん?あなたたちも図書館に興味があるわけ?」
「こちらを出し抜いて、というわけですか?」
「良いですよ?宣戦布告であれば受けて立ちましょう。お姉様を奪おうとする者は何人たりとも許しません。お姉様の師匠の前に、あなたたちを打ち倒して見せます!!」
「いやいやいやいや!待ってくださいまし!私たちの狙いは賢者ではないですから!別のものですから!そちらと争う気はこれっぽっちもございませんわよ!?」
図書館を調べるためそちらに精通している(?)集団に話を持って行けば、一瞬にして一触即発の雰囲気に。
賢者と呼ばれる英雄を「お姉様」と呼び慕う自称「妹」たちは、その肝心のお姉様がよくいるとされる図書館に他のプレイヤーが興味を持つなんて許せるわけがないのだ。特に、英雄とのつながりを求めているだろうトップギルドの余威與都などには。
周囲から一斉に敵意を向けられ、焦り否定する『悪役令嬢』。
言葉通り、本当に彼女たちに賢者へ何かする気はない。妹たちの邪魔だってする気は一切ないのだ。
「…………本当に?」
「信用できない」
「図書館にお姉様以上のものがある、と?それはお姉様への侮辱じゃない?」
「興味があると言ったら攻撃されるのに、ないと言ったらないと言ったで問題発言扱いになるんですの!?本当にあなたたち面倒くさいですわね!頭が痛いですわ」
理不尽な妹たちに頭を抱える。
この妹たちがただ面倒なだけならまだトップギルドのギルドマスターである『悪役令嬢』はどうにかできるのだが、残念ながら彼女であっても今回の相手は一筋縄ではいかない。
なまじ攻略が非常に難しいとされる図書館に突入を繰り返し常に必要な能力を伸ばしているため、通常のいわゆる攻略班よりも強い連中がゴロゴロいるのだ。そこまでの相手が10人以上となると、どうにかできないこともないだろうが相当手こずることになる。
しかも、たとえ激闘の末勝利を手にしたとしても、
「ここは私たちのハウス。何度キルされてもリスポーン直後にまた戦える」
「図書館には通用しなかったけど、いくつも煮詰めた戦略と戦術があるんだよねぇ。悪役令嬢のお友達にはできないような高度な策略っていう物を見せてあげるよ」
「日本トップの実力に届くなら図書館にだってある程度通用するはず…………って、日本最強はお姉様の師匠だったね。ごめんごめん間違えた」
妹たちはゾンビ戦法が使える。
何度も短時間にキルされていればどんどんとデスペナは重くなるのだが、彼女たちはそれを恐れない。
自分がどれだけの損害を受けようと、目的を達成できるのならばかまわないという覚悟の決まりきった厄介な集団なのである。
そんな集団から獲物を見る目で見られてしまえば悪役令嬢は焦る。どう考えたっていい結果にはならないのだから。
だがらこそ弁明を重ねるつもりだったし妹たちもその未来を予想していたのだが、
「…………今、何と言いやがりまして?」
その顔には焦りなどない。
何も感じさせない冷たい瞳が、妹たちを貫いていた。
「…………へ?」
「な、なに?急に雰囲気変えちゃって」
「じ、地雷?もしかして地雷ふんじゃったかんじ?」
「ほ、ほら。お姉様の師匠のこと言っちゃったからじゃない?悪役令嬢、自分が日本一だって思っててその辺気にしてるのかも」
「あぁ~。それは思いっきり煽っちゃったからマズいかもねぇ」
何かしらマズい事を言ってしまったことは妹たちにも分かる。
踏み抜いた地雷だと思われるのは、日本最強であるかどうか。公式戦などでは一応悪役令嬢が日本サーバでトップに立っているものの、実際は出場していないだけで賢者の師匠が1番なのではないかと言う噂があるのだ。
そこを悪役令嬢が相当気にしているのは確かだと思われ、
「…………私の友人にはできない高度な策略、と言いまして?」
思われたとしてもそれが本当かどうかは別の話。
予想に反して悪役令嬢が反応した部分は最強かどうかではなかった。
「え?」
「そ、そこ?」
「友達少ないいじりされて嫌だったとかそんな話かな?確かによく考えてみればあんまりよくなかった気もしなくもないけど…………」
「そ、そんなキレんでもええやん」
悪役令嬢には主人であり友人である大切な存在がいる。
非常に計算高く完璧と言っても良いような作戦を立てられる存在が(もちろん思いついてもそっちを選ばぶかどうかは別の話だが)。それを馬鹿にされれば、悪役令嬢だって頭に来るのだ。
「自信があるんですのね。思いつけないような高度な作戦があるのなら見せてほしいですわ…………」