残念ながら、伊奈野の一次試験はすでに終了している。よって今の伊奈野には、うるさい人が用意したほとんど宗教史な世界史の問題も司書が用意した読解の問題も必要ないのだ。
理系受験者の伊奈野には、二次試験で文系科目が英語くらいしか出てこないのである。
とはいえそんな詳しいことを周囲の者達が知っているはずもなく、
「な、なんで私の問題が捨てられて………」
「何が悪かったのでしょうか。問題も普段読み友がやっている物と同レベルにしたはずですが」
「お、落ち着こう。ね!?問題を読んでいらないって判断したとは思えない速度だったし、たぶん問題の内容以外のところに何かあったんじゃないかな?」
「そうね。悲観するにはまだ早いわ。何か原因があるはずよ。それを探れば解決できるはず…………と言いたいところだし実際そうではあるんだけど、今そんなことをしている時間はないのよねぇ」
作った問題を捨てられた2人は落ち込み、残りの2人がなぐさめ励ます。
ただいつまでもそんなことをしていられるほど時間に余裕があるわけではなく、
「そう、ですね。なら今回の出題は2人に任せるとしましょう」
「私たちは本の回収に移りますか。解析に役立てたらいいのですが」
「悪いわね。そっちは任せるわ。予想外だったから手が止まってたし今やると師匠の勉強が途中で止まっちゃうわよね。ここはいったん私たちが問題を新しくそろえてから回収って流れで良いかしら?」
「それがいいんじゃない?今のペースを見る限り本を回収しちゃうと次の問題が間に合わないと思うなぁ」
落ち込むのもなぐさめるのも本格的にやるのは後回し。
今はとりあえずできることにそれぞれ全力を出すということで決まった。
屈辱さんと魔女さんが問題を作り、司書さんとうるさい人が回収と解析のチャンスをうかがう。
さすがに実力があるうえに経験豊富なためあまり先ほどの事を引きずることなく役割を全うすることができて、
「よし。とりあえずこんなものね」
「こっちもできたよ~」
「では提出は私たちの方でやっておきます」
「そちらは新しい問題の作成を引き続きお願いします」
「了解。健闘を祈るわ」
特に普段何か一緒に作業をするということはないのだが、見事な連携が生まれていた。
特に司書さんとうるさい人の動きは洗練されていて、問題をただ作る2人よりも役割が多いにもかかわらずミスなく動くことに成功していた。
それはもう、完璧なタイミングで伊奈野の本と用意された問題をすり替えられるくらいには。
「ふぅ。とりあえず回収完了しました」
「お疲れ様です。今のところ何もありせんか?」
「はい。かなりの量の魔力をため込んではいるようですが特に問題は…………と思いましたけどそうでもないかもしれないですね。私の魔力もかなり吸い上げられています」
「っ!?それは相当マズいですね。誰でも触れれば魔力を吸いあげられてしまうわけですか。それは呪いの材料に触れていたからだと思っていましたが、予想が外れました」
回収後、本に触れていたうるさい人は本に魔力を吸われていることを感じ取った。
伊奈野の時ほどではないが吸収量はかなりの物。持ち続けていれば数分で全て吸い上げられてしまいそうなほどであり、長いこと持っていることは不可能。
取り扱いは慎重にする必要があるが、自分たちの手から離して調査用の台に乗せなければならなかった。
一応うるさい人がダメでも司書さんならどうかという考えは出たのだが、
「…………なるほど。これをあの時間耐えられる読み友は格が違いますね。いったい今、どれほどの魔力をその身に宿しているのやら」
ただ司書が伊奈野の規格外さを再認識するだけという結果になった。魔力タンクとしての役割で伊奈野を超えることは非常に困難。伊奈野はもう立派な魔力タンクに成長しているのだ。
ではそんな魔力タンクから魔力を吸い取り続けてしかも司書さんからもうるさい人からも追加で魔力を吸収した特殊な本。それがただ魔力を吸い続けるものとはならず、
「何か変化してませんか?これ」
「言われてみると確かに…………何でしょう?属性が付与された雰囲気を感じますね」
新たな変化に気づく2人。
本は魔力を吸い取って貯めただけでなく、その魔力に属性を付けているようだ。呪いの原料が関係しているだけあってやはりその本が帯びる属性というのは闇関係。
かと思われたのだが、
「聖属性、っぽいですね」
「そうですね。私と師匠の影響でしょうか?」
予想とは違う。それこそ真逆と言ってもいい属性。
回復や除霊、結界などに使われることが多い聖属性が本には付与されていた。
主に原因だと考えられるのは教会関係者であるうるさい人。そして、伊奈野。
「読み友は聖属性の魔力を無意識に操っていることが多いですからね。ありえます」
伊奈野は癖で魔力を操作してついでにその魔力に聖属性を付与していることが多い。それを吸収すれば本が聖属性を帯びるのも納得はできるというわけだ。
ただ理由は納得できたとしても解決になるかといわれるとそうではなく、
「正直どうなるか余計に分からなくなりましたね」
「そうですね。ただ魔力を吸い上げるならまだしも、聖属性を帯びるというのが不可解です。呪い関連のものであれば確実に聖属性とは相性が悪いとは思うのですが」
「その相性の悪さでこの本がどうなるのかというのが問題ですよね。悪い効果が抑えられるのか、性質が変化するのか」
どうなるのかさっぱり読めない。
相性が悪い2つをぶつけるということはどんな方向に行くか分からないということだ。これが同等程度のパワーバランスであればお互いに邪魔しあって弱めあう可能性が高いが、今回の場合はどちらが強いかも不明なのである。
材料である上に触れただけである呪いと、聖属性の付与された魔力。どちらが強いかと問われれば聖属性だと答えたくなるところだが、呪いの材料という物の現物を見ていない以上断言はできない。
しかももし聖属性が強かったとしても、
「純粋に癒しの力とか、そういう優しい物にはならないでしょうね」
「でしょうね。結界で人を閉じ込めて死ぬまで監禁とかしそうです」
まともになるとはとても思えない。
そしてそう話していると、まるで「良い意見だ」とでも言わんばかりに本がビクりと動くのだから余計に怖い。
参考にされてしまったら溜まったものではない話だ。
これを危険視したうるさい人は、
「…………もし解析が進まないようでしたら聖女ちゃんを呼んで結界でも張ってもらった方がいいかもしれませんね。もちろん、結界から魔力を吸われないように工夫は必要でしょうけど」
「できるのであればそれが良いかもしれませんね。聖女様の結界ならたとえ暴れられたとしてもしばらくは耐えられるでしょう」
知り合いに頼んで本を閉じ込める結界を張ってもらうということを考えた。
しばらく解析作業を行なってもあまり重要な部分は分からなかったため、実際にその計画は実行されることとなる。
ただ結界に閉じ込められたからと言って異変が起きるわけでもない。
「閉じ込められたうえに魔力の吸収量も減ってますし不満が出るかと思いましたが、そうでもないみたいですね」
「わざわざ聖女ちゃんに結界を張ってもらうまでの事ではなかったでしょうか?」
閉じ込める策を考えた2人もそこまでする必要はなかったかもしれないと思えるほどの静かさである。
そのまま結界越しの解析も行われつつ時間は経過して、
「それじゃあ私は帰りますね…………って、あれ?本がない?」
「ああ。実は途中で私たちが作った問題も解いてもらってたんです。勝手にすみません」
「えっ!?そうだったんですか!?…………言われてみると確かにちょっと違う部分はありましたね。でも、レベル高くて全然わからんかったです。すごいですね」
伊奈野が勉強を終わらせて帰る時間となる。魔女さんや屈辱さんは伊奈野に褒められてまんざらでもない様子だ。
逆にうるさい人や司書さんは寂しげな表情。
だが伊奈野はそれに気づくことなくログアウトのための転移を選択して、
次の瞬間、ガタガタガタガタッ!と激しい音が室内に響き渡る。
「っ!?ほ、本が暴れてますね」
「急に!?いったい何が!?」