骸さんと炎さんに相談し、色々と解決の糸口が見えてきた気がする伊奈野。
実際の現場を見ていない２人からの意見であるためあくまでも気がする程度ではあるが、
「よし！それじゃあ行こうかな！！」
それでもやれると思うか思わないかは重要な違いである。やれると思わなければできることもできなくなる。
だからこそこの伊奈野のやる気はいい結果を導く物であり、翌日のログイン後すぐに、
「おは「そこの対策をお願いします！」
「こっちを調べてください！何かわかりそうです」
「ちょっと待って！先にこっちを！…………って、あれ？」
「動きが止まったわね…………いったいどうしたのかしら？」
気合十分、覚悟を決めて挨拶と共に返却を求めようとしたのだが、それは挨拶の段階で失敗した。図書館のいつもの部屋は非常に騒がしく、伊奈野の言葉は簡単にかき消されてしまったのである。
《称号『英雄たちには空気』を獲得しました》
そんな珍しく無視する側ではなく無視される側になった伊奈野の目には、慌ただしく動く普段のメンバーと相も変わらず結界に閉じ込められたままの本が映っている。
残念ながら解放されたということはなさそうだ。
ただ、伊奈野にはあまりその本が結界に閉じ込めなければならない状況のようには見えない。いつも通りの本にしか見えなかった。
やはり結界に閉じ込められている理由はよく分からない。
そうして無視されたまま首をかしげていると、
「あっ、ご主人様！来てたんだ！」
「おや。これはおはようございます。慌ただしくして申し訳ありません」
「すみません気づかなくて。今スペースを空けますので少々お待ちください」
本が落ち着いたこともあって、さすがに周囲も気づき出す。
他の３人が本の監視と観察に当たる中、司書はそこら中に散らかった資料を少しだけ回収して机の周りに最低限伊奈野が勉強できるだけのスペースを作り始める。
依然片づけるようにと魔女さんに言っていたらしい司書さんがいてこの状況なのだから、相当な事態なのであろうことは伊奈野にも理解できた。だからこそ余計に、今この何もしていない本を結界で覆った上に数人で監視していることが非常に不気味に思えた。
（ドッキリ…………とかではないよね。ドッキリだとしても手が込み過ぎだし、正直受験生の勉強道具を奪うなんて冗談のラインは超えてるし。だいたい動画に撮って公開するとかでもないんだからここまでする必要はないでしょ）
一瞬からかわれているのではないかという考えも浮かぶが、そのあまりの手の込みようから違うだろうと判断する。
となると結局もう何が何だか分からず、とりあえず伊奈野には質問をして状況を知るという選択肢くらいしか取れなかった。
まず聞くこととしては、
「あの？結局私の手元にその本は返ってきそうなんでしょうか？」
これである。
手元に戻ってくるなら、昨日骸さん達に相談して計画したことが使えるということでこの質問を選んだ。
この質問にＹＥＳと答えが返ってくれば、もう悩みなんてなく問題は解決となる可能性が高いわけだが、
「すみません。少し、いや、かなりまだ厳しいです。あと数日でお返しできるように努力はしますのでお待ちいただければ」
当然そう簡単にはいかない。
本を伊奈野の手元に戻すことは難しいようだ。伊奈野としても断れてしまうと、無理矢理奪い返すという選択もできないため選択肢が減ったのは間違いない。
だが、だからといってここでめげるほどでもない。
骸さん達と話し合ったおかげでこういった時のサブプランを考えられていて、
「じゃあ、少しだけページを見せていただくことはできませんか？」
伊奈野の望みとしては本を回収することができないならば、せめてどこまでやったのか確認したい。
中身が書き換わる可能性が払しょくできない以上、伊奈野としては達成したい切実な願いである。
さすがに伊奈野としても回収は無理だとしても軽く覗くくらいなら許されるだろうと考えていて、
「もちろん構いませんよ。私たちとしても本が落ち着いた状態であるならば問題ないと思いますし」
実際その許可も下りた。
伊奈野が来たことによって本が動かなくなったため。ここで色々と伊奈野に協力してもらって調べたいこともある。伊奈野が自分から行動を起こしてくれるのは調べる側にとってみても悪くないことであるはずなのだ。
「ただ…………」
「ん？何かあるんですか？」
「結界を壊さずにどう覗くのか。というのが問題なんですよね。この結界は私たちが作ったものではありませんし」
「な、なるほど」
一筋縄ではいかないようだ。
本を囲っている結界は非常に強力な物。破壊は難しいのだ。というか、本を閉じ込めておきたい者達としては破壊されては困るのだ。
だからこそ伊奈野には、その結界を破壊せずに本を開く必要がある。
「壁の透過かぁ。私の専門分野ではないですね」
困難な壁にぶつかった伊奈野の頭に浮かんでくるのは、ちらっと誰かの教科書か何かを覗いたときに観たものの記憶。壁を３種類くらいの線が通過していっている絵の記憶だった。壁を通過すると言われて思い浮かぶのがそれなのである。
記憶が正しければそれは物理の教科書に書いてあったものであり、
「放射線、だったかな」
壁を通過していたのは放射線。詳しく言えばアルファ線やらベータ線やらガンマ線やらの話なのだが、専門で勉強しているわけではない伊奈野にはあまりよくわからない。
「生物じゃなくて物理を専攻しておくべきだったかな」
物理を選択しておくべきだった、というここだけでしかしないだろう後悔に伊奈野は苛まれる。
その知識があれば結界をすり抜けて本を開くことができるかは確かでないが、何かヒントになる物が得られたかもしれないという可能性を考えるだけでその意味のない後悔は大きくなっていく。
一応そうはしながらも、
「『サイコキネシス』…………やっぱりだめですね」
結界を超えて干渉ができないかは諦めず試してみる。触れずに物を動かすということで『サイコキネシス』を使ってみたりするのだが、なかなか高性能な結界なようで中まで能力が届くことはない。
ハッキリ言ってしまえば、手づまりな状況である。
「ハァ。上手くいかないものですね」
あれだけ骸さん達と話し合ったのに結局は失敗に終わるのかと伊奈野は肩を落とす。
この失敗は最後に残された希望として期待していただけに心へ重くのしかかった。
どうしたら解決できるものかとため息をつき肝心の結界へと触れてみて、
スルッ
「……………………あれ？」
触れてみたはずだった。
だが予想外なことに、伊奈野の手は結界で止まることなく素通りしてそのまま本へと届く。
何が起きたのかと目をぱちくりさせながら固まる伊奈野。心なしか、手が届いた本の方も驚いているように見えた（もちろん動いてないので誰が見るかにはよるが）。
《称号『聖女の守りも何のその』を獲得しました》
もちろんこの結果に驚くのは伊奈野や本だけではなく、
「え？結界すり抜けた！？」
「どういうことですか！？あれ、物理的な干渉もすべて防ぐようになっていたはずですが」
「…………おかしくはないかもしれませんね。この図書館へ以前転移してきた時も転移防止用のものもすり抜けてきましたし。読み友が防御系無視の能力を持っているのなら納得できます」
「そういえば、王城から転移した時も転移防止をすり抜けたんだっけ？あり得るかも」
周囲の者達も同じ。
ただこちらは驚くだけでなく、考察も同時に始めている。
とにかく何にせよ結界をすり抜けて本に触ることができたのだから伊奈野の目的は達成したも同然であり、
「何かされる前にページ確認しよ」
作者は主人公の持ってる知識に加えて３種類の放射線が磁力か何かで曲がるのも知ってます
作者の勝ちです（？）
