罠だと断定できる証拠はない。
しかし状況が明らかにそうだと示しているようにしか思えなかった。
骸さん達もその見え透いた罠にかかりに行くかどうかというのは悩みどころなわけである。もし罠にかかって邪神撃退の後に囲まれ袋叩きにされるようであれば、無事に帰れる保証はない。可能性はほぼ0なわけである。
英雄から直接仕入れた情報であるため精度の高さは理解しているのだが、それに従うこともできないという状況なわけだ。
ただ、逆張りをして情報が正確な物であった時にも困ったことにはなるため結局は50%の確率にかけるしかないわけで、
「いっそのこと参加しないとかダメなんですか?」
『難しいな。女神から参加は強制されているのだ。抗うことも可能かもしれんが、そうした場合どこに不都合が出るか分かったものではない。それにそもそも、余としては邪神の撃退には動きたいのだ。もし参加せずに防衛線を突破されてしまえばこの世界はひどいことになってしまうからな。それでは本末転倒だ』
「うぅん。そうなると結局運に頼らざるを得なくなるわけですか。難しいですね」
さすがの伊奈野でも解決策など思いつかない。運頼みにするしかないと思ってしまうわけだ。
50%は敵が使う時には成功するが自分でやる時は信用できないものなのであるため、余計に不安になる状況と言っていいだろう。
「というか、罠だった場合の事を考えると50%でも何でもない気がしますね。どちらを選んでも罠だったら対策がされているとかありえそう」
『む?余は別に50%など言った覚えはないが………確かにダンジョンマスターの言い分は確かであろうな。罠であるならどちらを選んでも地獄を見る羽目になるだろう。50%という数字を無理やり当てはめるのであれば罠であるかどうかという可能性の部分かもしれんが、これも明確に半々だとは言えんしな。どちらも考えられるし同じくらいあり得る気はするが、できれば罠であるという英雄たちの知能が十分残っている可能性を信じたいため微妙に罠である可能性の方が高いことも間違いないぞ』
「ですよね。一体50%なんていう数字はどこから来たんでしょう?私にもわかりませんね。ただ、分かったとしても意味がある物かどうか…………しかし、結構考えてみてますけどやっぱり難しいですね。この問題が3択で、選んだものとは違うハズレの選択肢を伝えられるとか言うものだったらある程度自信を持てたんですけど」
なんとなく聴き覚えがあるかもしれない問題が頭をよぎる。
初めて名前を聞いた人は猿が木から落ちる問題だと思うかもしれない、感覚的には理解を拒むような問題である。
あまり受験に出てきた覚えはないが確率と言えばこれといった認識であるため思わず口から出たのだが、
「え?選択肢が3つになればいいんですか?それなら勝手に選択肢こっちで作りますけど」
「それじゃあダメなんですよねぇ。最初から3択なら良いんですけど途中で選択肢を増やすと違うというか…………確率って難しいですよね」
炎さんの質問に何とも言えない顔になる。
受験の確率問題でそうした選択肢を増やすことの影響を考えさせられることはあまりないが、伊奈野も確率系は難しくするのは簡単な部類の分野だと思っている。炎さんが疑問に思うことを1つ1つ片づけていたら間違いなく自分の知識と知能だけでは足りなくなる予感がしていた。
『ふむ。余も確率の事を考えていたら脳がパンクしそうだ。話をいったん変えるとしよう…………まあ、余に脳はないのだがな。カカカッ!』
「話題を変えるのは良いですけど、大事なところって他に何かありますか?話を聞いた限り、1番大事なのがどちらに参加するかっていう部分だったように思えたんですけど」
『他にもないわけではないぞ。例えば、最初から余たちが参加するべきかどうかというのも重要な点の1つであるな』
「最初から?参加するかどうか、ですか」
伊奈野は首をかしげる。
骸さんがかなり邪神を脅威としてとらえていることは分かっているため、最初から参加しないことなどあり得るのかと疑問に思ったわけだ。それこそ、事前に相当な準備をして取り組むものかと思っていたのだ。
そんな伊奈野の考えは間違っているわけではなく、
『もちろん、余としても最初から参加したくはあるのだがな。あまり最初の段階から参加しても周囲にいる味方から余計なちょっかいをかけられてしまうかもしれんのだ。序盤なら余力もあって手が空いている者も多いだろうからな。余計なことをする連中は一定数いるだろう』
「なるほど。確かに考えられるかもしれません。ただ、最初から準備をしておかないっていうのもそれはそれで問題になるのでは?」
伊奈野とてこのサーバのプレイヤーたちが余計なことをするというのは容易に想像できた。
しかし、骸さんの警戒の強さから考えると、あまり万全の態勢を調えていないというのも後悔につながりそうだと思えたのだ。
実際その考えは間違いではないのだが、
『何も、準備という物は戦場だけで行なわれるものではない。事前に準備などある程度はできるものであるぞ。それこそ、邪魔されずに準備しておいた方がいい物も沢山あるからな」
「そうなんですか?」
伊奈野も骸さんが何をするのか知っているわけではないため、素直に同意もできない。
しかし伊奈野の同意は得られずとも、骸さんは結果を示すだけであった。
数日後、骸さんの力が邪神に牙をむくこととなる。
が、問題はその牙の向き方。
邪神とて、骸さんの存在は認識していた。死体を操れる厄介な存在など、認識していない方がありえないのだ。
だが、同時に認識しているからこそ油断をしていた。
骸さんは、王族。国を統治する家のものなのだ。決して、死体と言えど国民をむやみに汚すようなことはしない。実際、前回邪神が侵攻した際には骸さんが行なう戦い方というのは良くも悪くも王道の戦い方だったのだ。前衛と後衛を配置し、前衛に後衛を守らせつつチクチク攻撃するようなものである。
しかし、しかしだ。
(違う!明らかに違うではないか!いったいこの戦い方は何だ!別人があいつと同じ技を使っているとでもいうのか!)
邪神がこう思うほど、その戦い方は大きく変化していた。
配下を大切に扱っているなんて言う感想は一切出ないような、非道な行い。自爆をさせることはもちろん、配下数体を使って拘束を行ない邪神の動きを鈍らせ、味方ごと強力な攻撃で薙ぎ払う。以前の面影を一切感じさせないような手段の数々が見られていた。
邪神は本人なのかと疑っているが、それを行なっているのは本物の骸さんであり、
「先王もやはりどこかおかしいな。頭のねじが外れているとまではいわないが、判断基準が常人とは異なる」
「同意するよぉ。外から来た人間は国民ではないから好きに使っても問題ないなんて、私だったらそんなことは思えないかもなぁ」
「呪術師の場合は国民でも外の人間でも同じように人体実験にだって使うだろう」
「いやだなぁ。根拠のない風評被害だよぉ…………そんなことより私たちも仕事をしないかぁい?」
「ふっ。下手なごまかしだな。だが、良いだろう。自爆の連発で先王の配下も減ってきた。そろそろ俺たちも動くか」