結界を破り解き放たれてしまった怪物。
決してそんなことをするつもりはなかったのだが無理矢理本の角アタックをさせられ邪神に喧嘩を売る形となってしまったそれは、
「す、すげぇ!本が全部避けてる!?」
「邪神も容赦ないのに、あそこまで対処できるものなのか!?」
「邪神の手が空いたぞ!今のうちに攻めるんだ!」
絶賛全力回避中であった。
なまじ性能が高いだけで邪神の攻撃にもある程度対応できて、それが余計に邪神の怒りを買った。
避け続けるそれに、余裕を崩して見せると意気込んだ邪神は更に攻撃を分厚くしてくる。数も質も圧倒的なそれは、着実に本を追い込む形となっていた。
だが、まだ決定打には欠けている。
どれだけ本気で仕留めようとしても捕えようとすれば簡単に包囲を破壊され、溜めが必要な攻撃は事前に察知されて回避される。だからと言って数で攻めてみても多少の被弾ではどうにもならず、逆にその後のピンピンした様子がその程度の攻撃しかできないのかという煽りにすら見えるほどであった。
(おのれぇ!あのダンジョンのある世界にも力を割かねばならぬのに、ここでも苦戦するのか!どちらでも構わん!確実につぶして一方に集中しなければ!)
「うわっ!?また邪神の攻撃が激しくなったぞ!?」
「に、逃げろ!当たったらただじゃすまないぞ!」
「とりあえず本のあたりからはいったん退避!本がある程度邪神の気を引いてくれているし、俺たちは別のところから攻めるぞ!」
本のあまりの厄介さに邪神は頭を抱えた。ただでさえ現在伊奈野のダンジョンがあるサーバで押し返されてしまいそうな状況にあるのだから、他で大きく苦戦するというのは何が何でも避けたいところなのだ。
もしそちらに力を回すことになれば、そのぶん押し返されている方に回せる力が減ってしまうのだから。
だからこそ、押し返されている方かこちらか。どちらかの決着を早々につけてしまいたい。そんな気持ちも相まって、余計に本に対する攻撃は激しさを増すことになっていた。
どちらかと言えば、ダンジョンのあるサーバよりもこちらの方が楽に対処できそうに思えたのだから。
「さ、さすがにそろそろあの本もまずいんじゃないか?」
「結構強そうな攻撃が連発されてるし、破壊されちゃってるかも」
「助けに行った方がいいのか?…………いや、ちょととまて、よく見ろ!あの本、反撃してるぞ!」
邪神にとって不幸だったのは、本を脅威とみなして焦ってしまったことだろう。
もしここでもう少し落ち着いて観察できていたのならば気がつけたはずだ。本が、最初以降邪神本体に対してほとんど攻撃をしてきていないということに。
まず、本はそもそも伊奈野の威圧でビビって動けなくなっていたことからわかるように、強い者にはとことん弱い存在なのだ。相手が邪神なんて言うとてつもない相手になれば、とてもではないがたてつくことなんてできないようなメンタルをしているのである。
しかし、伊奈野が強制的に攻撃させたことによって邪神とは敵対してしまった。これだけでも顔面蒼白ものだというのに、さらにはこの状況を作った存在であるとともに頼みの綱であった伊奈野はいなくなってしまい、邪神には自分だけが狙われる始末。
どうにかできないものかとできるだけ交戦の意思を見せず相手が落ち着いてくれるのを待っていたのだが、一向に邪神の攻撃は収まる様子を見せないどころかさらに激しくなる始末。
ここまで追い詰められてしまうと、本が本格的に戦わざるを得なくなるのも仕方ないのない事なのであった。
「師匠、きっとあれは分かっててやったのよね」
「そうでしょうね。まさか、邪神とあの本の両方を同時に解決に持って行けるような策を考えていたとは」
「聞いてるとあの本がとても不憫に思えてくるんだが?」
他のサーバの状況などは分かっていない物のそんな本の動きから大体の事情を察することができるのがいつもの図書館のメンツである。今まで散々結界越しにではあるが観察し調査を続けてきたため、それなりに理解度は高いのだ。だからこそ、伊奈野の使った手段の恐ろしさを実感することもできた。
話を聞いていたあまり伊奈野の事を知らない準英雄はドン引きである。こうして伊奈野の知らないところで伊奈野はとんでもなくヤベー奴となるのだった。
そして、その伊奈野に恐怖する準英雄はというと加えて疑問に思うことがあるようで、
「だ、だが、そこまで追い込んで本当に大丈夫なのか?結局、あの本は強いんだからもっと助けて生き残れるようにしておいた方がいいんじゃないか?」
伊奈野の本の扱いが不可解なのだ。
せっかく追い詰めて本を戦わざるを得ない状況にまでしたというのに、ここで放置していれば本が邪神にやられかねないのだ。それは、非常にもったいなく思える。
だが、
「それは、本を使いたいと思った場合の話じゃない。師匠は、本を使って邪神をどうにかしようなんて微塵も思ってないのよ。というか、逆じゃないかしら?」
「ど、どういう意味だ?」
「師匠は、本を処分する方が目的なのよ。どういった能力を持っているのかもわかっていないし、下手に自分で処分するくらいなら女神から力を授かっていない邪神を利用したほうがいいと判断したんでしょう。邪神を利用すれば、本来発動するはずのスキルを使えなくできたりするし」
「じゃ、じゃあ、邪神を追い込んでいるのはどうでもいいってことなのか!?」
「恐らくそうだと思うわ。あくまでも邪神を苦戦させているのは副次的な効果。正直、師匠にとってはあってもなくても良い事だったんじゃないかしら?ただ、働いてくれれば働いてくれる分だけ楽にはなるし、それも全く規定してなかったわけではないでしょうけど」
「消滅は確定してて、そのうえで生き残るためにあの本が頑張れば頑張るほど俺たちが楽になっていく…………その人は鬼か何かか?あまりにも本に対して厳しすぎるだろ!?」
伊奈野の使った手は、本にとって何1つとして救いはない。
そのうえで、せめて少しでも良い結果を得ようと本が頑張れば頑張るほど邪神を追い詰められるというとんでもないシステムとなっているのだ。準英雄の1人が伊奈野に人の心がないのではないかと疑うことも仕方がない事なのかもしれない。
《称号『邪神を利用せし者』を獲得しました》
本が注意を引いてくれているお陰で参加前に比べるとかなり安全に攻撃ができるようになっている中、数人の事情を聞いたものは本へと同情すら向けながら、
「あぁ~。なんていうことだ。本にまた攻撃がかすったぞ」
「そっちは危ないぞ!…………言わんこっちゃない。直撃じゃないか」
「スペックは高いけど、経験不足が否めないなぁ。誘導に簡単に引っかかる。教えてやれないのが歯がゆいなぁ」
本が少しずつ傷ついて行く様子を眺めていた。
否、眺める事しかできないでいた。
誰1人として、助けに行く人間はいない。その本に同情するものは、同情すると同時にその本が危険だということもよく理解しているのだから。どれだけ辛い状況に立たされていて助けてやりたいとしても、人類の敵になりかねない存在を助けるなんて言うことはできないのだ。
「こんな選択を俺たちにさせるとは…………もうなんか賢者様の師匠とまともに戦いたくない自分がいる」
「俺もだ。戦意を木っ端みじんにされる未来しか見えない」
「そんな相手、勝てるわけないんだよなぁ」
《上位者に勝利したため職業専用シナリオ『覇道』が進展しました。現在の勝利数は22です》
《上位者に勝利したため職業専用シナリオ『覇道』が進展しました。現在の勝利数は23です》
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