騒がしい周囲。どうやら海外プレイヤーを排斥するような動きが出ているようだった。
NPCである警備兵たちもこの国の側についているため排斥に協力しており、海外プレイヤーが一切入ってこなくなるまでこの騒がしさはどうにもならなさそうな雰囲気である。
「そこにもいたぞおおおぉぉぉぉ!!!!!」
「殺せぇぇぇ!!!」
「ちょうどリス地に近い。リスキルが楽にできるぞ!!」
そんな光景に唖然とする伊奈野。だが、あまり止まってはいられない。
数人のプレイヤーが伊奈野に気が付き、排除しようと近づいてきた。
当然碌に戦えない(と思っている)伊奈野は、
「ここで魔弾使ってもあんまり意味ないだろうし……仕方ない。ログアウト」
ログアウトを選択する。
ゲームの仕様上一度ログアウトすると10分くらいログインできなくなるのだが、背に腹は代えられない。伊奈野は攻撃が届く前にログアウトし、一時退却を行なった。
「こっちで勉強するか~」
とりあえずログイン可能になるまで現実の方で勉強を。
勉強をしていればすぐに10分くらい経つわけで、
「ログイン……からの即『偽装』!」
伊奈野が認識しているスキルの1つ。『偽装』
普段はダンジョンコアを黒い本に見せるということに使っているスキルだが、今回は自分へと使い、
「まあ、問題なさそうかな」
数人のプレイヤーは伊奈野を見た。しかし、誰もこちらへ攻撃をしてくることはない。
なぜなら、伊奈野は現在その国の人間のような見た目に偽装しているのだから。
現在スキルでできることは見た目を変更することくらいなのだが、それでも基本的に見た目で海外プレイヤーを判断しているこの国のプレイヤーやNPCたちは気がつかない。
「じゃあちょっと失礼しまぁす」
伊奈野はこそこそと目立たないように動きながら移動して墓場へと向かう。
腹いせに何かしようかとも考えたのだが、今は面倒なのでやめることにする、それよりも勉強が優先だ。
「ダンジョン作って入って…………いつも通りのメニューで召喚!」
伊奈野の前に現れていくテーブルやイス。そして床や壁も変化し、普段伊奈野が作っている通りの組み合わせだ。
そのまま伊奈野は勉強に集中していく。
だから気づかなかった。いつも自分の下に転移してくるストーカーのような存在が、今日は近くにいないことを。
伊奈野がダンジョンで勉強をし始めたころ。
相変わらず海外プレイヤーと現地プレイヤー&NPCの戦いは続いていた。
当然ながら、現地プレイヤー&NPCの方が数が多いため有利である。ほとんどの海外プレイヤーはキルされていた。
しかし、
「効かぬわその程度ぉぉぉ!!!!」
世の中にはいろいろな人間がいる。金が好きすぎる人間もいれば、嫌いなのに金に愛されている人間。戦闘狂もいれば人との関わりを好むものもいる。人間がいれば、その数だけその人間の特徴というものがあるのだ。
ではそんな人間の中に、人との戦闘を好む狂人がいてもおかしくはないだろう。
「な、なんだあいつ!?」
「あいつプレイヤー最強って言われてるフランスのやつじゃないか?」
「なんでこんなところにあいつがいるんだよ!」
それはそこに戦いがあるからである。ということは当然誰も言わないが、争いを起こせば争いを余計にかき乱す存在が現れるのは世の常なのだ。
こうして強いプレイヤーには適当に引っ掻き回されて、それ以外の海外プレイヤーはリスキルを繰り返し、大勢の命が失われるのは間違いない。
だからこそ、
「んお?魔法陣か?」
「こ、この魔法陣、もしや………」
「ど、どういうことだ?賢者はここの担当じゃないはずだろ!?」
「それ以前に、賢者はまだこれを使えないはずだ!」
彼らの足元に現れる巨大な魔法陣。
そして、多くのものが動画サイトなどで1度は見た、巨大な手。
「おいおい。プレイヤー最強とは呼ばれてるが、ゲーム最強に勝つ自信はないぞ?」
暴れていたプレイヤーも、そのプレッシャーに押されて動きを止める。
圧倒的なその存在は、日本サーバで新人救済イベントを破壊したりいくつかの国のサーバの初心者エリアを使えなくしたりした究極の怪物である。
未だ1件も討伐事例のないそれが突然現れれば、
「「「「ギャアアアァァァァァァァ!!!!!?????」」」」
虐殺が行われる。
それはもう今までリスキルしていた者達が逆にリスキルされ始め、何度リスポーンしても一瞬でキルされる始末だ、
そしてリスキルされるのは、暴れていたプレイヤーも同じ。プレイヤー最強と呼ばれていたその存在も、手も足も出ずに敗北することになるのだった。
「チッ。今回は出直すか………」
「む、無理だ勝てない!リスポーン地点をここに設定している者たちはログアウトし、グアアァァァ!!!????」
怪物は死者が手放した生命力を吸収し、強化されていく。
最初から対処できないほどだというのに、さらにその凶悪さを増していくのだ。
いったい誰がこんな惨事を引き起こしたのだと多くのものが荒れ狂う中、1冊の黒い本がひっそりと浮かんでいた。
虐殺を前にページ数を増やしていくその存在に、誰も気づくことはない。