アップデート当日は瑠季と共に勉強をしながら過ごし。和やかに1日を終わらせた。
そして翌日早速使えるようになってログインしようとした伊奈野は、気づく。
「あれ。また使えるようになってる」
普段負荷がかかっている日本サーバが、通常通り使えるようになっていた。伊奈野は不思議に感じつつ、イベントでも起こっているのかと考えながらログインする。
だが、ログイン後目に入ってくるのは、
「ん?結構人が多い。予想外だったなぁ…………」
人、人、人、そして人。大量のプレイヤーが周辺をウロウロとしていた。伊奈野のいる初期リスポーン地点の近くはかなりの混雑状況である。
伊奈野が日本サーバに負荷がない状態で入ることができたのは、空いているからではなかったのだ。単純に、前回の強化でも足りないほど重くなったので、さらに日本サーバが強化されただけなのである。
ただ、第2の街ができただけに結局大きなサーバへの負荷が予想されてはいるが。
(身動きとりづらいし、さすがにこの状態で話しかけてくるような人もいないよね。さっさと転移しちゃお)
伊奈野は混雑から抜け出すために、即座に転移を使う。さすがにあの状況の中で何か頼みごとをされても何もできる気はしなかった。
そして、そんな彼女が転移した先はいつも通りの図書館であり、
「おはようございます」
「「あっ。師匠おはようございます」」
伊奈野が挨拶をすれば、即座に弟子である魔女っぽい恰好の魔女さんと聖職者っぽい恰好のうるさい人から挨拶が返ってくる。
いつもならここでもう1つ落ち着いた挨拶が返ってくるはずなのだが、
「あれ?司書さん?」
「あっ。お、おはようございます………くっ!」
少しつらそうな声。その声の主は、この図書館の司書さん。
伊奈野の読み友でありよく現代文の問題などを読んで感想を話したりする間柄の相手で、普段は落ち着いた様子を出している存在なのだが、
「あれ?その腕……」
「…………すみません。一度どうしても興味が出てしまいまして」
「そうですか。重症ですね」
伊奈野の視線の先。そこにいる司書さんは左腕をだらんと下げ、それを右腕で押さえていた。垂れ下がった左腕には包帯がまかれており、何故かその隙間から見える皮膚は真っ黒に染まっている。
このゲームのシナリオなどを理解していれば、これは邪神による攻撃を受けた影響で等という考察が行なわれるのかもしれないが、伊奈野にはそんな知識もなければ考察するほどの興味もないので、
(つ、ついに司書さんの厨二が加速してしまったああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!包帯を巻いた腕を押さえるとか完全に重症じゃん!しかも黒っぽいし。何か封印してるのかな!?それとも邪王炎殺黒〇波なのかなぁ!!???)
色々とそれまでにあった誤解も相まって、完全に司書さんが厨二を悪化させてこじらせたと受け取る。
だがしかし、ここで触れても一切引いた様子や馬鹿にする様子を見せないのが伊奈野のやさしさであり厨二を悪い物とは考えない心の表れで、
「はい。司書さん。これいつもの本です」
「あっ。ありがとうございます」
伊奈野は普段と何も変わらない様子で黒い本を取り出し、司書さんへと渡す。
黒い腕に包帯を巻いてさらにその上に金の文字でタイトルの書かれた黒い本を持つと、完全にそういう人にしか見えない。伊奈野は全く心の中のあれこれを表に出さないようにしながら、
「司書さんはそのままでもいいと思いますよ。自分の思いを無理に抑制しないでくださいね」
「っ!?あ、ありがとうございます!」
伊奈野は声をかける。
厨二のままで良いのだ、と。厨二を無理に抑える必要はないのだ、と。その心から深淵やら秘められし力があふれてくるというのなら、その考えを抑制する必要はないのだ、と。
そして司書さんへ言いたいことを言えば、そのまま机と向かう。
それから見たことを忘れようとするかのように、現実逃避の手段にでもするかのように、勉強へと一瞬で意識を切り替えて集中しだした。
残された3人は、
「………全部見抜かれていたんでしょうか」
「さぁ。どうかしらね。でも、司書に異常なほどの知識欲があることは見抜いていたんじゃないかしら?そしてそれを、ただ自分で言葉を紡ぐだけでは止められないということも」
「私もそう思いますね。最初からある程度見抜いていなければ、そのままで良いなどという言葉は出ないでしょう。最初から見抜いていて、想定通りである程度許容できる範囲でなければ知識欲に貪欲で良いなどという言葉は出ないはずです」
「そうかも、知れないですね。さすがは私の読み友。格が違いますね………」
司書は少し遠い目をしながら、一度窓の外を眺める。
そして伊奈野へ目を向け、それからゆっくりと自身の手元へ目線を落としていく。
そこには、伊奈野から渡された黒い本がある。
それに対して何とも言えない感情を表すような表情を浮かべて、司書はその表紙を黒くなった手でぎこちなくなでる。
何気なくそうしたいと思ってした行動だったが、次の瞬間、
「んっ!?な、何を!?」
「「司書!?」」
突然黒い本が動き出す。
それはまるで弱った司書の左腕を狙うかのように大きくページを開き、
ついに裏切りなのかぁ!(ワクワクドキドキw