ガバっとページを開き、黒い本が司書さんの左腕へと飛びつく。突然のことに周囲の者達も反応できず、伊奈野も気づくことはなく、黒い本は司書さんの腕を挟み込み、
「何やってるのよ!?」
「司書!いま回復と支援をします!」
慌てて魔法の詠唱を始める魔女さんと、司書さんに回復魔法とバフをかけ始めるうるさい人。黒い本を攻撃し、司書さんを守ろうとする様子がうかがえた。
だが、
「うっ!…………ん?痛みがない?」
司書さんは挟まれたことにより痛みは感じたものの、その後に襲ってくると予想されたそれ以上の痛みが来ないため首を傾げた。
視線を手元に戻してみれば、
「な、治ってる………」
包帯がまかれた中に隠れている、黒くなっていた腕。邪神により『穢れ』というものを受けていた左手が、元の状態に戻っていたのだ。
それを見れば伊奈野の弟子2人も動きを止め、
「え?ど、どういうこと?今攻撃を受けたはずじゃ………」
「『穢れ』が祓われるとは驚きですね」
突然のことに目を丸くしている。
『穢れ』と呼ばれるものは強力な物であり、そう簡単に治るものではなかったはずなのだ。しかしそれが、いつの間にかすっかり治ってしまっている。
そして、その結果はまるで、
「その本が、治したっていうの?」
「予想外ですが、そうだと考えるしかありませんね」
司書さんを治したのは、黒い本による影響なのではないか。今の攻撃を3人にはそうとしか思えなかった。
とはいえ、何をされたのか見ただけで分かる物でもないので、
「少し調べます…………あぁ。本当に司書から『穢れ』がなくなっていますね」
「そういうこと?ちなみにこっちの本の方も問題ないわ。少し力は強くなっているみたいだけど、封印にほころびとかは出ていないわ」
「外からの力が流れ込んだのに封印に影響がないのですか?おかしいですね」
不思議だが、司書さんから『穢れ』が完全に消え去っているのは確かなようだった。そして、その『穢れ』を吸収したものだと思われるが黒い本は力を増やした程度で封印には問題がないようである。
意味が分からないとばかりに3人は首をかしげる。
「とりあえず、この本が『穢れ』を吸い取ったのは間違いないのよね?」
「そうですね。恐らく間違いないかと」
「ということは今のところこの本を激しく警戒する必要はないということかしら………」
魔女さんは黒い本へ視線を向ける。しかし黒い本の方は一切その視線を気にした様子もなく、増えた力をなじませるようにしながらページを増やしていく。
そんな様子からは残念ながら情報が得られることもなく。しかしながら推測できることは1つあるわけで、
「もしかして師匠は、全てを予想していたのかしら?」
「師匠が予想を?なぜそのようなことに?」
「ほら。師匠は司書が『穢れ』を受けることを予想してたんじゃないかって話をしていたじゃない。なら、その先の解決策も同時に考えててもおかしくないんじゃないかしら」
「「っ!?」」
そんなわけはない。
伊奈野は邪神のことなど何1つ知らないし、ただの厨二病的な何かだとしか思っていない。だが、3人の中の伊奈野は色々と誤解を受ける要素を多く持っている人間となっており、
「この間の勇者の件も含めて、きっと師匠はいろいろなことを予想しているんだと思うわ」
「な、なるほど」
「全ては読み友の掌の上だったという話ですか…………ありえますね」
英雄も邪神も、全ては伊奈野の想定通りに動いている。そんな気さえした。
自然と3人は無言になり、その視線を伊奈野の方へと移す、伊奈野は特にその視線を気にするようなそぶりも見せず、ただただ問題を解き続ける。
《称号『祓いし者』を獲得しました》
当然新しい称号に気づきもしないまま。
数十分後。
「あっ。司書さん包帯取ったんですね」
「ええ。そうなんです。この本のおかげで」
「その本の?」
伊奈野は疑問を覚えた。
何故厨二臭の強い本を読んで厨二が解消されたのかよく分からない。が、その話を掘り下げようとも思わなかったので3人と適当に雑談をしていく。
そして10分間の休憩が終わるというところで、
「そうそう、別に私は気にしませんのでいつでも好きにやってもらって構いませんよ」
「え?」
言いたいことだけ告げて伊奈野は勉強を再開する。伊奈野は普通の姿に戻すことに対して気を遣われたと感じ、自由にしていいと伝えたのだ。
ただ、ここで言葉に振り回されるのが3人であり、
「好きにして良いって、もしかしてまたあっちの勢力に行ってもいいという話でしょうか?」
「どうかしら?まあでも今の感じ、そんな雰囲気があったわよね」
「穢れはいつでも取り払うから、好きにしていいということなのかもしれませんね。もしかすると、師匠としても邪神勢力の内情を知れる存在が欲しいとか」
「ああ。なるほど。諜報員になって欲しいという話ですか。それはまた面白いことを考えますね」
誤解を加速させた。
司書が諜報活動をする日も近いのかもしれない。
言葉の真意を知るただ1人の存在は、その会話を一切気にとめることもないまま勉強を進めている。
どうやら今日も、勉強日和なようだった。
予想通り過ぎる展開だったみたいですね。悔しい