ヒロインが転入して来て1ヶ月が経った。
あの一件以来私達には近付いて来なくなったヒロインだったが、相変わらず精力的に攻略対象者達に近付いている。
ただマリオン様にはすっかり嫌われてしまったようで王太子殿下と将来の宰相と幼馴染の間を日替わりで行ったり来たりしている。
闇落ちすると裏社会のボスになる幼馴染以外の攻略対象者にはヒロインよりも爵位の高い婚約者がいるのだが、めげないというのか根性が凄いと言えばいいのか。
誰に文句を言われても、攻略対象者達に露骨に嫌な顔をされても全く気にせずガンガン攻めるヒロイン。
本来のゲームのルートを辿っている様子も、イベントを起こしてる様子もなく、とにかくグイグイガンガン猛進してる姿は「必死か!」と言いたくなる程で、その姿からはあのゲームの中で見た可愛さなんて消え失せていて正直見苦しい。
ミューゼ様ルートが消えた事でやけを起こしているんだろうか?
今日は王太子殿下の日のようで、殿下がこの上なく迷惑そうな顔をしているのに腕にしがみつくようにくっ付いている。
「リリン嬢…すまないが少し離れてくれないか?」
「えー!そんな冷たい事言わないでください」
眉間に皺を寄せつつ困ったように眉を下げて必死に腕を外そうとしている殿下が気の毒に見える。
好感度さえ上がっていればそろそろ2人の間に甘酸っぱい空気が流れ始める頃合なはずなのにそんな雰囲気は微塵もなく、ひっつき虫と化しているヒロインと困惑する殿下の奇妙なスチルの完成である。
あの子は何がしたいんでしょうね?
*
ミューゼ様と2人きりで中庭でランチを食べている所にアリザ・ザーボ様がやって来た。
「折り入ってお願いがありまして…」
何やら頼みがあるらしいのだが、余程言い辛い事なのか中々切り出して来ない。
「不敬だと思われるかもしれないのですが…」
「どうぞ仰ってください」
言い出しやすい空気を作ろうと優しく声を掛けた。
顔は悪役令嬢顔だけども(こればかりは仕方がない)。
「お2人をモデルに、小説を書かせて頂いてもよろしいでしょうか?!」
「はぁ?…え?小説?」
「はい!駄目でしょうか?」
詳しく聞いてみると、何とアリザ様は小説を書いている作家先生だった。
これまでに3冊本を出していて、その3冊は私でも知っている本であり、オリーヴが愛読している本でもあった。
一度だけ読んだ事があったのだが、The王道と言える甘い恋愛小説で、オリーヴのお勧めは『隻眼の騎士と深窓の姫』というタイトルの、タイトル通り隻眼の騎士と姫の恋愛物で、「騎士が姫を守る場面が素敵なの」とオリーヴが興奮気味に小説の話をしていたのを覚えている。
「何故私達を?」
「学園でのお2人がとても素敵で、お2人をモデルにどうしても小説を書きたくなってしまって」
「どうする?ミューゼ」
「俺は構わない」
嫌がるかと思っていたがミューゼ様はOKのようだ。
「そうね。モデルっていうだけで別に私達の実話でもないのだし」
「実話でも構わん」
「はぁぁ?!」
正気か?!ご乱心か、ミューゼ様?!
「で、では、少しだけお2人の馴れ初め等をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「馴れ初めか…聞いても面白味はないと思うが別に構わんぞ」
「馴れ初めねぇ…顔合わせした時はお互い印象は最悪だったかしらねぇ」
「ん?俺は一目惚れだったぞ」
「えぇぇ?!」
「まぁ!そうなんですね!」
私は目が点に、アリザ様は目がキラキラになっていた。
一目惚れ?!ミューゼ様が私に一目惚れ?!何その話!初耳ですが?!
「そ、その話、詳しく聞かせて!」
聞き捨てならない爆弾発言に前のめりで食い付いたのは言うまでもない。
「室外で髪色がルビーのように煌めいて美しく、表情をクルクルと変える優しげな瞳もとても可愛いと感じて一目惚れした」
「優しげな瞳?!悪役令嬢顔じゃなくて?!」
「フェリーの何処が悪役令嬢顔なんだ?こんなに愛らしく、美しい女は他に知らない」
愛おしげに目を細めて、アリザ様がいるのに当然のように私の頬を撫でながら見つめてくるミューゼ様にこちらが困惑してしまう。
「はぁ♡本当に素敵♡」
そんな私達をアリザ様はうっとりと眺めていた。
その後、何日かに分けて取材的な事を受けた私達。
卒業式の少し前に発売された『その氷を溶かすのは…』と題された、それまで女性視点が主流だった恋愛小説としては異例の男性視点での小説は、目新しさも然る事ながら話自体も素敵だと大ヒットする事になるのはまた別の話。
そして当然私達がモデルになっている事もバレバレだったのだが、ミューゼ様が満足気に「悪くない」と言っていたのはここだけの話。