家のみんなにお土産を!という事で使用人の皆にクッキーやチョコ等の日持ちする物を買い、クリス様にはクリス様が好きだというクランベリーパイ(これも大きかった)を、セナ様には芸術品みたいな薔薇の花(桃で出来ているらしい)が載ったタルトを買って校内に戻った。
今日は終わるまで帰る事が出来ないので、休憩室となっている空き教室で2人でまったりと過ごしていた。
お腹がいっぱいになると人は眠くなるもので、私はついウトウトとしてしまった。
「ハッ!食べてすぐ寝たら牛になる!」
意識を失いかけてハッと覚醒した私は、つい前世で親に言われていた言葉を口にしてしまった。
「クククッ…面白い事を言う。フェリーのように可憐な牛ならば何頭でも手厚く飼育するぞ」
「牛にはなりたくありませんよ」
「少し眠るといい。俺が傍にいる」
妊娠してから特になのだが、私はすぐ眠くなる。
ソファーベッド?と思う程にゆったりとしたソファーでミューゼ様に抱き締められていると、また瞼が重くなってきた。
寝ちゃダメ!牛になる!
そう思うのに睡魔が容赦なく襲いかかり、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
「おやすみ」
眠りに落ちる直前にミューゼ様の優しい声が聞こえた気がした。
*
目が覚めると私はミューゼ様にすっぽりと抱き締められていた。
ここは休憩室。
個室にはなっていないので当然他の人も利用する場所である。
「起きたか?」
甘い声が頭上からして、顔を上げるとミューゼ様の美麗ドアップ!
何度も見ている顔だが、寝起きに見るその顔は何度見ても慣れない。
心臓に悪過ぎる!止まりそうだよ、心臓!
止まりそうになってもその直後に有り得ない程にバックンバックン動くんだけどね、私の心臓。
「ごめんなさい、寝ちゃったね」
「フェリーの寝顔を見ている時間もまた幸せだ」
ふと周囲に目をやると、何とも居心地悪そうに、こちらを見ないようにしつつも気になるのかチラチラと見ている人達が数名。
何かごめんなさい!!
*
新年祭の最後は校庭でキャンプファイヤーである。
外はすっかりと色を変えオレンジ色に染まっていた。
雪はいつの間にか止んでいて、これならキャンプファイヤーも問題なく出来るだろう。
でも何故キャンプファイヤーなのか?!
皆でキャンプファイヤーを囲んでひたすらに火が燃える様子を眺めるだけの、何とも微妙な催し。
キャンプファイヤーの火を眺めながら告白してOKが貰えると幸せになれるとかいう前世でありがちなジンクス的な物もなく、キャンプファイヤーの回りでマイムマイム的な物を踊るとかもなく、ただひたすらに高く積まれた木が燃え尽きるのを眺めるだけの、ある種精神統一的なこのキャンプファイヤーは学園創立からずっと続いている新年祭のメインイベントらしいのだが、私的にはいらないと思う。
暖炉の火を眺めていると心が安らぐとか前世で聞いた事があるが、このキャンプファイヤーは火柱位に炎が上がるから安らぐ以前の話だ。
炎の近くにいると崩れた木から跳ねた火が飛んで来て服に引火したり火傷をしたりする為、これ以上近付くな的にロープで立ち入り禁止ゾーンが示されていて、その外側に椅子が並び、各々好きな場所に座って炎を眺めるのだが、本当にこれ、やる意味あるんだろうか?
参加するもしないもOKなのに大半の人達がキャンプファイヤーを見に来るのは何故?
「キャンプファイヤー見に行く?」
「あれを見る意味が分からん」
禿同!!
という事で私達は人気が少なくなった校内をのんびりと歩いたり、また屋台で食べ物を買って夕飯代わりに食べたりして時間を潰す事にした。
薄暗くなり明かりが灯された校内は何時もとは雰囲気を変え、足音だけが妙に響いて少し怖い。
「ちょっと怖いわ」
「俺がいる」
ミューゼ様と手を繋いで歩く、それだけで安心するのだから不思議だ。
この人ならば絶対に守ってくれるって確信があるからなのか、今までしっかり守ってもらって来たから故の信頼感なのか…多分両方だな。
休憩室には私達以外誰もいなくて、ミューゼ様と2人で窓辺に座りながら燃え盛るキャンプファイヤーを見下ろしながら屋台で買った物を食べていた。
でも流石にずっとキャンプファイヤーを見ていたら飽きてくる。
「本当に何故あの炎をずっと見ていられるんだ?」
ミューゼ様は私と同じ感覚を持っているようだ。ホッ。
これで「何故キャンプファイヤーを見ない?!見るべきだ!」と言われたら心で泣いてたと思う。
10分位ならば見ていられるが、夕方から夜の9時頃まで燃え続けるキャンプファイヤーを数時間じーっと見続けるなんて私からしたら拷問である。
食べ物を食べ終わり、キャンプファイヤーが終わるのを待っている間、ミューゼ様が「足や腰は疲れていないか?」と言い出し、強引にマッサージを始めた。
顕になった足を揉みほぐすようにマッサージされているのは気持ちがいいんだけど、こんな事をさせてる罪悪感と足を晒している羞恥心がタッグを組んで「これって淑女としてどうなのよ?!」と良心に訴えかけてくる。
「ミューゼ…もう大丈夫だから」
「遠慮はいらない。こんなにも足が浮腫んでしまっているじゃないか」
妊娠してから浮腫みやすくなった私。
マッサージやストレッチを行うと改善されるからなのか、ミューゼ様はお腹のマッサージ以外もプロ並みの腕になっている。
「これで大分楽になっただろう?」
マッサージしてもらった足は少し張った感じがあったのがなくなり、軽くなっていた。
何故この人はこんなにも良くしてくれるのだろうか?
私、こんなにも愛してもらえるような事をした記憶がないのだけど?
「ミューゼ?ミューゼはどうして私にこんなに尽くしてくれるの?」
「尽くす?夫として当然の事をしているだけだが?」
「私、ミューゼにここまで尽くしてもらえる価値なんてある?」
「価値しかない。俺にとってフェリーは俺の世界を変えてくれた唯一だ。フェリーと出会えたから俺は楽しいと、幸せだと、愛おしいのだという感情を知った。フェリーと出会っていなかったら俺はきっと人として欠落したままで一生を終えたと思う。フェリーがいたから俺は人として生きていられるんだ」
何だか壮大すぎる話になってませんか?!
私、本当に何かしましたっけ??
出会って結構すぐに喧嘩腰で言いたい事言って、それから段々と仲良くなった記憶しかないんだけど?
ゲーム内でヒロインが氷の貴公子の心を溶かしたような事、何一つした記憶がないんだけど?
ゲーム内ではヒロインは氷の貴公子と呼ばれて誰にでも冷たいミューゼ様の心に寄り添い(独り言のような弱音を聞いたり孤独な心に本気でぶつかったり色々と)、その心を優しく溶かしていく事でミューゼ様は徐々に表情を取り戻していき(そこまでが長い!新年祭で初笑顔という長さよ!)自分がヒロインに惹かれている事にも気付く感じだったのだが、私、特別ミューゼ様の心に寄り添った事もなければ、出会った当初は別としてミューゼ様が表情を現さなかった時なんてほぼ知らないから不思議で仕方がないのだ。
何がミューゼ様の琴線に触れたのか?
考えてみても全く心当たりがなさすぎる。
「分からないって顔をしているな。分からなくてもいいんだ。フェリーが俺の傍にいるだけで俺は幸せでいられる。ありのままのフェリーでこれからも俺の傍にいてくれればそれで…」
後ろから抱き締められて、甘えるように肩に顔を埋めるミューゼ様。
「私はずっと傍にいます。いさせてください」
「あぁ、何時までも2人一緒だ」
「子供が生まれたら3人で一緒ですね」
「そうだな。でももっともっと増えるかもしれないぞ」
「ミューゼは何人位子供が欲しいですか?」
「フェリーが望むなら何人でも」
首筋にチュッとキスをされ、教室に2人の影が伸びていた。