──親友の結婚式に行く事が出来なかった。
私には親友が2人いる。
1人は元侯爵令嬢、現公爵夫人であるフェリー・ランベスト。
もう1人は伯爵令嬢であるスザンナ・ライエンス。
私の名前はオリーヴ・ヨゼフ。ヨゼフ侯爵家の一人娘だ。
私達の出会いは子供の頃だった。
お母様達の茶会に付いて行った際に出会ったのだが、最初はスザンナに苦手意識を持っていた。
スザンナは今もそうだが当時からズバズバと物を言う子で、逆に私は思っている事を言葉にする事がとても苦手で、考えを纏めてから口を開かなければ普通に話も出来ないような子供だった。
初対面で「大人しいのね」と言われ、その後スザンナが興味のある話をとんでもない勢いで話され、「この子とは合わない」と思ったのだが、そこにフェリーが加わると場の空気がふんわりと柔らかくなり、スザンナが沢山話していても苦に感じなくなり、そのうち2人も私の表情や雰囲気から私の気持ちを汲み取ってくれるようになり、私達は仲良くなった。
苦手意識があったスザンナだったが、他のご令嬢達に比べて裏表が全くないので実はとても付き合いやすい子なのだと分かったし、フェリーは見た目こそ気が強そうな印象があったが実際には優しくて可愛い女の子で、しかも聞き上手で、私はこの2人がすっかり好きになった。
今では大親友と言える間柄だし、私にはこの2人しか友達と呼べる人はいない。
私の大好きな小説の話も嫌な顔をしないで聞いてくれるし、逆に何も話さなくても一緒にいてくれる。
世界で一番大好きな友達である。
婚約者のマリク・ワグワイマよりも断然好きだ。
フェリーの結婚式を私はそれはそれは楽しみにしていた。
子供が生まれて体調の事や育児疲れを考えると遊びに行くのは気が引けて、フェリーの息子を生で見たい気持ちが強かったけどなかなか行く事が出来ずにいたから、結婚式でもしかしたら親子3人で入場するかもしれないと聞いて「絶対に行く!」と決めていたのに、婚約者マリクのせいで行けなくなった。
マリクは海を渡った先にあるガラム国の侯爵家の三男で、我がヨゼフ家が行っている貿易業の取引相手の息子であった。
お父様に連れられて行ったガラム国でマリクと出会い、マリクが私に一目惚れをしたとか何とかでいつの間にか婚約が決まっていた。
マリクが私のパートナーとしてフェリーの結婚式に出るべく船に乗ったのが2ヶ月前(早過ぎる!)。
船で1週間もあれば到着するはずが、乗っていたはずの船にマリクはおらず、その前の便にもその後到着したどの便にも乗っておらず行方不明となってしまった。
あちらの家も捜索を始めたが、我が家でも捜索が開始され、やっと見付かったと知らせが届いたのがフェリーの結婚式の半月前。
しかも見付かった場所が最悪で、あちらの家では迎えに行けないと言われてしまい私が迎えに行く事になった。
マリクが発見されたのはガラム国とは冷戦関係にあるトッカンバム王国だった。
船旅の間に酔っ払って甲板に出たマリクは海に落ちてしまいトッカンバムの田舎の砂浜に打ち上げられてしまったらしい。
幸い大きな怪我はなかったそうだが、出身国を聞かれて馬鹿正直に「ガラム国」と答えたマリクはスパイの嫌疑をかけられて拘束されてしまい、今になってやっと釈放される事となりガラム国の彼の家に報せが来たというのだ。
嫌疑をかけられたとはいえ国際問題にも発展しかねない為手荒な真似はされなかったのがせめてもの救いだと思うが、婚約者がヨゼフ侯爵令嬢だと知ったトッカンバムから「身元引受け人にはヨゼフ侯爵家の者を指名する」と言われてしまい、お父様は現在ガラム国へと行ってしまっていた為に私が迎えに行く事となったのだ。
トッカンバムと我が家は「ダーナ」というマメ科の食物(粉にして菓子等にすると美味しい)の貿易で繋がりがあり、我が家の者ならば信用出来るとの判断だったようだが、私としては迷惑な話だ。
トッカンバムまで船で片道10日。
どう頑張ってもフェリーの結婚式には間に合いそうにない。
フェリーに手紙で事情を説明するとすぐ様返答が来て「婚約者様が見付かって良かったわね。こちらの事は気にしないでちょうだい。オリーヴが来ないのは寂しいけれど事情が事情だもの、仕方ないわ。船旅がどうか無事でありますように。帰って来たら必ず顔を見せてね」と少し丸めの文字が並んでいた。
フェリーは私が船に乗ると言うといつだって心配して「戻ったら絶対顔を見せてね!」と言う。
船の旅は時に嵐に遭遇したり海賊に襲われる事もある為に安全とは言い切れない。
それを分かっているからフェリーはとても心配してくれるのだ。
スザンナは特に何も言わないが、私が無事に帰って来ると必ず私の大好きなお菓子と小説を持って訪ねてくる。
*
船に乗って10日、トッカンバムの港町ロロムに着いた私は、トッカンバムの王宮騎士団の団長に案内されてマリクの元へと向かった。
当初マリクは貴族用ではなく一般牢に入れられていたそうだが、今は貴族用の牢に入れられているらしい。
「まさかヨゼフ侯爵家のご令嬢が婚約者だとは露知らず…」
私が婚約者だともっと早くに分かっていたらスパイの嫌疑すら掛けられなかった可能性があったらしい。
何故言わなかった!!マリクの馬鹿!!
我が家の名はトッカンバムではかなり有名で、その上信頼がとても厚いのでさっさと名を出せば良かったのに、「オリーヴに迷惑を掛けたくなかった」と変な気遣いをしたせいでフェリーの結婚式に出られなくなったではないか!!
「オリーヴっ!!」
牢の柵越しに涙目のマリクを見た私は「あんた!何やってんのよ?!あんたのせいでフェリーの結婚式に出られなかったじゃない!どうしてくれんのよ!」と胸倉を掴んでいた。
私は興奮するとちょっと残念な人になってしまう。
「ご、ごめん、オリーヴ…でも君の家の名前を出して君や君のご家族に迷惑を掛けてはいけないと思って…」
「さっさと名を出せば良かったのよ!あんたの迷惑なんて今に始まった事じゃないでしょ?!今まで散々迷惑掛けてきてるじゃない!今更なのよ!」
マリクは少々考えが足りない部分が多くて、良かれと思ってした事でとんでもない事態を引き起こす事が度々あった。
例えば我が家の商会に送る荷物の搬入を手伝おうとした結果別な船に積んでしまい一部の品が期日までに届かなかったり(後に届いたが)、私に褒めて欲しかったとかで貿易業の勉強をする為に短期留学した結果その国特有の流行病を患って生死をさ迷ったり、サプライズで我が家を訪れようとした結果身分証を忘れて不法入国を疑われて拘束されかけたり。
何故こんなのを婿に迎えようと思っているのかお父様の考えは分からない。
人は良いのだが単純で馬鹿なのだ。
何故もう少し考えない?少し考えてみれば分かるはずの事が何故分からない?
「はぁ…もういいわ、早く出なさいよ」
「ごめん、ごめんよ、オリーヴ」
こんな馬鹿だけどまぁ私も馬鹿だと思う。
こんなやつなのに嫌いになれないのだ。
馬鹿な子程可愛いとはよく言ったもんだと思う。その通りなのだ。
私はフェリーの旦那様であるミューゼ様のような完璧な男はどうも苦手で、逆にマリクみたいな何処か抜けている男の方が素でいられる。
「この埋め合わせは必ずしてもらうからね」
「うぅっ、オリーヴ!本当にごめんね!」
「もういいから、泣くんじゃないわよ、みっともない」
「ねぇ?折角だからトッカンバムの町を観光して行かない?」
「調子に乗らないの!」
「ごめんなさい」
結局その後マリクとトッカンバムの町を観光して帰路についたのだが、フェリーに似合いそうな髪留めとスザンナが好きそうな織物を見付けたので良しとしよう。