両軍がそれぞれの思い描いた戦術の元、陣形は構築された。
闇深い夜だというのに、レイア、ダレクの2人が打ち上げる光により、それなりに視界は確保されていた。
「この闇の中では、奴め得意の目眩ましも使えまい。味方の視界も潰れてしまうでな。
全軍、突入せよ!」
ヒヨリミ子爵が剣を振り下ろした。
「いいか! 絶対にまともに受けるなよ。受け流して左右に展開し包囲しろ。
先端は最後尾が潰してくれるから、気にすることなく前に進み、削り取れ! 突撃っ!」
対するダレクも同時に剣を振り下ろした。
こうして、大地に馬蹄の響きを轟かせながら両雄の対決は始まった。
ダレクの率いる軍勢は、正面から敵軍を受け止めることなく、外縁部を削りながら突き進む。
逆にヒヨリミ子爵軍は、柔らかいバターにナイフを入れたように、ダレクの軍を切り裂き、前へ進む。
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▼:辺境騎士団第六軍 (ダレク)
△:ヒヨリミ子爵軍
辺境騎士団第六軍の左翼を率い、ダレクは先頭を駆け抜ける。
一方の右翼は、ダレクがかつて救い、サザンゲート血戦でも生き残った元ヒヨリミ領の元農民たち、幾多の戦場をダレクと共に駆けた最精鋭だ。
彼らはダレクを崇拝しており、かつ、かつての遺恨もあって最も危険な先頭を勇猛果敢に駆け抜ける。
突き進む鋒矢陣の鏃、その最も分厚い部分に守られたヒヨリミ子爵は、敵将のあさはかさを笑った。
「奴ら、たわいもないわ。あれで分厚い壁を作ったつもりか!
敵の抵抗は脆い! まもなく突破できる。突き崩せっ!」
だが、鏃の外縁部分は、次から次へと現れる新手に消耗し疲労困憊であった。
それでもダレクの率いる縦陣を切り裂き、もう少しで突破ができる、そう思われた時だった。
「ぐわぁっ」
「げっ!」
「がっ!」
鏃の先端部分で、敵陣を切り裂いていた騎兵たちが、次々と短い悲鳴を上げて落馬した。
密集体系で突撃していたため、後続も巻き込まれ、鏃は崩壊し大混乱となった。
「貴方たち、そのまま大地に伏してクレアさんに詫びなさいっ!」
ダレク率いる軍勢の最後尾には、タクヒールの妻の一人であり、重力魔法士のヨルティアが漆黒の黒髪を靡かせ騎乗から重力魔法を振るっていた。
彼女は激怒していた。
同じ妻で仲間の、そして彼女が姉のように慕っているクレアをヒヨリミ軍は傷つけた。
実際、彼女は命を落としかけるまでの深手を負わされていた。
そして、ヒヨリミ子爵の領民への非道な振舞いも許せなかった。
その怒りを、容赦なく戦場で敵兵たちにぶつけていた。
※
エロールがダレクに面会した際、ヨルティアも見張り役として同行していた。
そしてゲイルが彼女の秘密を、うっかりダレクに漏らした事を知り覚悟を決めた。
ダレクに対し、自身も戦闘に参加したい旨を強く希望した。
当初はダレクも弟の妻である彼女を、危険な戦闘に出すことを大いに渋った。
だが一歩も引かないヨルティアに対し、困り果てた彼は一計を案じ、彼女に条件を提示した。
その力が自分を倒せるぐらいなら、戦闘への参加を許可すると。自身と対決しその力を見定めると。
そうなると今度は、逆にヨルティアがそれを渋った。
「主君の兄君に対し、無礼な振る舞いなど致しかねますっ!」
そう言う彼女に対して、ダレクも一歩も引かなかった。
ダレク自身、過去に団長の指示で魔法士との戦闘訓練も積んでいた。
確かに、距離を置いての対決であれば魔法士に分がある。
ただ、接近して懐にもぐり込み、近接戦闘ともなれば剣士に軍配が上がるため、ダレクはそれなりに自信があった。
「遠慮は無用だよ。もし俺を倒せないようじゃ前線に出せないし、そんな覚悟じゃ到底無理かな」
彼の言葉にヨルティアは決意した。
こうして彼女は、剣聖を大地に跪かせた、正確には無様に大地にへばり付かせた、唯一の人物となった。
彼女の魔法に手も足も出なかったダレクは、改めてその力に驚嘆し、そして彼女の力を活用した戦術をいくつか考案していた。
※
ヒヨリミ軍の先鋒、突き出した鏃部分の騎兵たちが、一斉に落馬し、大地にへばりつく。
馬たちも、4本の脚で立っていることができず、次々と横倒しになり、まるで見えない何かに押さえつけられるように、倒れていく。
「じゅっ、重力ぅぅっ!」
ヒヨリミ子爵は悲鳴を上げた。
彼も知っていたのだ。
自身が持つ闇の力の対極に位置する魔法を。
闇に堕ちた者たちにとって、光魔法よりも恐ろしい、既に滅び去ったとされた重力魔法のことを。
彼は直ちに、なりふり構わずその場を逃げ出そうとした。
だが、既にダレクによって彼らは完全に包囲されており、全く逃げ場がなかった。
「お願いだっ、やめてくれっ! 嫌だっ、堕ちたくないっ! ぐあぁぁぁぁぁぁぁ……!」
これが彼の最後の言葉となった。
かくして、逃亡を図ったヒヨリミ子爵軍は全滅し、その多くが大地にへばりつき捕縛されていった。
首魁であったヒヨリミ子爵は、無様に大地にへばりつき、身動きひとつできない状態で捕縛された。
だが、ヨルティアの重力魔法が解けた後でも、彼は戻ってくることはなかった。
闇の底に落ちた彼は、既に心神喪失状態となっていた。
目は焦点を失い、半開きの口元からは涎を垂れ流し、うわ言のように何か言葉を繰り返していた。
彼の意識は、闇の者たちが恐れる闇の煉獄、その深く暗い井戸の底に沈んでいた。
彼は闇の重さに引きずられ、二度と這い上がること叶わない場所から、幾度となく絶叫し、助けを求めていた。
だが、その言葉も悲鳴も、彼自身の身体は二度と発することがなく、彼は生きる屍となった。
※
戦いが終わり、自ら父を手にかけ責任を取らせようとしたエロールを制し、ダレクは正気を失ったヒヨリミ子爵を投獄し、今は処刑しないことを告げた。
「事情は分かるが、子が親を手にかけるのは忍びない。
王都に護送し、然るべき場所で罪を問い、裁きを受けてもらう。
卿は謀反人の父を自ら捕縛した者となり、その功を以て家名存続を願うのが良いのではないか?
卿を慕って、正道に返った兵たちの行く末も見守る必要があるだろう?
卿を慕う領民たちはどうする?
今まだ領内に残り苦しんでいる領民を誰が助ける?
まだすることが多く残っているだろう?
決して早まることのないようにな」
そう優しくエロールを諭した。
彼は、張り詰めた糸が切れたように、大地に崩れ、ダレクの足に縋り付いて泣き始めた。
「どうして?
どうして父を討たせてくれないのですかっ!
どうして死なせてくれないのですか?
私に生き恥を晒し、謀反者の烙印を押されたまま、生き永らえろと仰るのですか?」
「ああ、卿に貴族の誇りがあるなら、最後まで領民を守ってやれ。最後まで兵を守ってやれ。
死んで詫びる? 責任を取るだと?
それでは何も解決せんわ!
柄でもなく、無理して恰好つけるんじゃねぇ!
打たれ強い、憎まれ口のエロールはどこに行った!
無様でもいいから、足掻いて、足掻きまくって生き抜くことにこそ無理をしろっ!
それができればお前を、これからも王国を守る、誇りを持った友として、俺は変わらぬ友誼を約束しよう」
「どうして、どうして……
私はずっと貴方たちが羨ましかった。ずっと貴方たちが憎かった。
それでも……、こんな私と友誼が結べるのですか?」
その後もエロールは思いの丈を吐き出すように言葉を続けた。
ダレクはそんな彼の言葉を暫く黙って聞いていた。
「正直、お前と再会した時は俺も自分の目を疑った。
覚悟を決め、まるで新雪のように真っ白で潔いお前を、思わず恰好良いと思ったよ。
順調な時なら、人は誰でも格好を付けることができるさ。
人は逆境に立って初めて、その人の本質が見えてくる……、俺はそう考えているからな。
だからこそ、今のお前は信じれる、そう思った。
嫉妬? そんなもの俺も散々味わったよ。
子供のころから馬鹿みたいに出来過ぎてて、敵わない弟がいたからな。
お互い泥にまみれて、それでも無理をして、目いっぱい恰好付ければいいんじゃないか?」
エロールはひとしきり泣いたあと、顔を上げた。
「ふん、ダレク卿は無理難題を仰いますね……
私はずっと貴方達に嫉妬し、目標ともしていました。
生き延びた私に、足元を掬われても知りませんよ?」
「ああ、喜んで受けて立ってやるよ。
憎まれ口が出るようになって、やっとお前らしくなったと安心したよ。これからもよろしくな。
さっきまでのお前じゃあ、格好いいを通り過ぎ、殊勝過ぎて正直、気味が悪かったからな」
「はははっ、酷い仰りようですね。
本当に……、貴方という人は……」
そう言うとエロールは、改めてダレクの前に跪いた。
「これより私は、生きることが許される限り、貴方に借りを返すまで、貴方の配下となりましょう。
なので、私を失望させないでくださいよ」
「ふん、今は……、勝手にするといいさ。
まぁ折角の仰せなので、エロール卿に敢えて命じる。
これより帰参した兵を率いて、ヒヨリミ領に戻り、治安の回復と領民の救護に尽くせ。
俺への忠誠は置いといて、先ずは領民を守ることに専念せよ。辺境伯には俺からも口添えしておく。
戦後のことは、俺にも分からんが、決して悪いようにはしないさ。俺は決してお前を見捨てない。
だから安心して、領民への思いを果たせ!
兵達に、犯した罪を償う機会を与えろ!」
「ありがたく、拝命致します。ダレク殿に感謝を……
心より感謝を捧げます。ありがとうございます」
そう答えると、エロールは深く頭を下げた。
そして、次に顔を上げた時には、心の中にあった張り詰めた空気が晴れたような、自然な笑顔を浮かべていた。
こうしてダレクは、生涯の友と呼べる仲間を、この先訪れるであろう幾多の窮地を、共に戦い共に歩む仲間を得ることになった。
こうして、テイグーンとエストール領は、最大の危機を脱した。
そして、エロールもまた、ダレクによって救われた。2重の意味で……
この方面に侵攻したヒヨリミ子爵軍1,000名は、約500余名がエロールの呼びかけで彼の元に集まり、子爵と共に逃亡を図った者を含めた300余名が捕縛された。
そして200名は最後まで降伏を拒否し、圧倒的多数の軍勢に取り囲まれ、討ち果たされた。
※
新関門での戦いに勝利し、弟の領地を救ったダレクには、まだ勝利の余韻を味わう余裕はなかった。
彼は新関門の兵力を再編成し、一部を魔境側関門の守備に、一部を新関門の防衛にあたらせた。
そして辺境騎士団第六軍全軍を率い、フランの町郊外で父、ソリス男爵率いる軍勢と合流した。
合流後、テイグーンから派遣されていた200騎をフランの町と周辺地区の防衛に残すと、父子は総勢700騎を率い、今なお苦戦し奮闘する味方の救援に走った。
彼らはコーネル男爵領に侵入した敵軍に対し、騎馬の機動力をいかして街道を迂回、彼らの背後から急襲した。
「おおっ!義兄上かたじけない。
者共っ、反撃はいまぞっ。我らも攻勢に転じて呼応するぞ!」
待ち望んだ援軍の到着に、コーネル男爵率いる守備兵も、防衛する陣地から一気に駆け出した。
予想外の、そして大きく数に勝る敵軍の到来に、侵攻した反乱軍は前後から挟撃を受け壊滅した。
更にダレクたちは、すぐさま転戦する。
ゴーマン子爵領に侵攻し、領境で睨みあっていた反乱軍に対し、彼らの側背から襲い掛かった。
「援軍だとっ? ありがたい。
我らが領地を犯した者ども、一気に蹴散らすのは今デアル!
全軍、これより敵軍に対し突撃っ!」
援軍の到着に、ゴーマン子爵率いる軍勢は一丸となって反撃に転じた。
侵攻軍は算を乱して潰走したが、両軍は怒涛の勢いで侵攻軍に追いすがり、侵攻した子爵軍の殆どを討ち果たし、逃げた子爵の立て籠もる館を包囲した。
大群の包囲に怯え、夜陰に紛れ逃亡を図った子爵とその家族を捕縛すると、彼らはその領地を完全に制圧して幾つかの情報を得た。
その結果、この時点で反乱に加わった貴族たちの情報と、大まかではあるが、彼らの目論見を掴むに至った。
勿論、その情報の中には、帝国第一皇子から下された、本物の親書も含まれていた。
それらの情報をもとに、騎兵だけで構成された、ソリス子爵、ゴーマン子爵、コーネル男爵、辺境騎士団第六軍の部隊、総勢1,000騎は、当主不在のカイル王国南西部を駆け回り、次々と制圧、平定していった。
この状況の急変を、ハストブルグ辺境伯領に侵攻し、帝国の侵攻を待ちわびていたゴーヨク伯爵ほか、領地を空けて反乱軍に加わっていた、旗下の貴族たちは知る由もなかった。
戦局は大きく変化し、一気に最終局面を迎えることになる。
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次回は【ブルグ郊外戦① 遅れて来た者たち】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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