学園長のうって変わった態度に、俺は少し身構えた。
先程は王家の秘事すら、まるで世間話のように、軽く話していたのに……
余程危険なことなのだろうか?
「以前、儂が何故、其方が重力魔法士を抱えておることに驚いたか、理由が分かるかの?」
学園長の視線は刺すように厳しく、俺を見つめる。
「王国でも稀有な、滅びに瀕した魔法属性だから、そう思っておりましたが……、違うのですか?」
「それは正解でもあり、正解でもない。
滅びに瀕した、ではなく滅ぼされてしまった。それが、この国の表には出ない歴史の真実じゃ。
其方はいつか学園の授業で闇の氏族のその後を質問しておったな?
かつて、闇の氏族は魔境に住まう12氏族を取りまとめていた、いや、支配していた。
だが、それを初代カイル王に奪われてしまった。
その後は一部の者を除き、彼らの多くが姿を消した。この国の歴史、その表舞台よりな」
「表の歴史……、ですか?」
「そうじゃ。かろうじて今の我らには、この言葉だけが伝わっておる。
『光は闇に抗し、重力は闇を制す』とな。
この国の歴史の中で、光を司る氏族、重力を司る氏族は既に正当な血統を失っておる。
12氏族の中でも、この2氏族の系統は形骸化し、両公爵家でも血統魔法にそれらの魔法は現れん。
使えるのは、途中で婚姻を結んだ他の氏族の血統魔法のみじゃ」
確かに……、兄の光魔法も非常に珍しいと聞いたことがあるし、12氏族のうち、特に光と闇、重力の3氏族は、表舞台に出て来ないと聞いたことがある。
「ここからは儂の推測じゃが、正当な後継者は全て、永き歴史の中、闇によって葬られたと考えている。
そうして、この国では闇に抗い、闇を制する者が、歴史の中で失われていったと」
「では……」
「先年にあった帝国の侵攻、そして此度の反乱、これら全てに裏で糸を引く者がおるのではないか?
ずっと儂はそれを考えておった。
たかがいち子爵の謀略にしては規模が大きすぎるでな。
第一子弟騎士団の不可解な動きもそうじゃ。そして、ヒヨリミ元子爵の血統魔法は闇じゃ。
最も得心がいかなかったのは、ゴーヨク元伯爵の動きじゃな。
あ奴は強欲なだけの小心者、本来なら身の周りの甘い汁を啜るしか能のない小悪党よ。
派閥の領袖に袖にされたからとはいえ、余りにも動きが大胆過ぎて不自然じゃった。
本来、奴にはそこまでの能力も、そして度胸もない」
「では、ゴーヨク元伯爵の裏に、ヒヨリミ元子爵がいた。そういう事ですか?」
「形式的にはそうじゃな。
調べてみたところ、其方を貶めるためにゴーヨクの下でヒヨリミが動いておった。
そこで恐らくゴーヨクは取り込まれた。第一子弟騎士団のようにな。
だが……、ここまでずっと、用意周到に動いておった闇の氏族が、こうも簡単に矢面に立つのか?
それも大いなる疑問でな。
今王国に存在する、闇の血統魔法を持つ貴族の祖先は、建国時に闇の氏族と袂を分かった者たちの末裔。
だが、他にそういった貴族が動いた形跡はない。
であれば、黒幕が他にいるのではないか?
それらがヒヨリミを操っていたのでは?
それを儂は考えておる」
「では今後は、闇魔法士たちに目を光らせる必要があると?」
「そこまではまだ儂もわからん。
だが、ここに忘れてはならん大事なことがある。
ヒヨリミの最後の様子を、其方も見ておったでろう?
あれの心は既に崩壊し、人として生きる屍も同然じゃった。
奴がそうなる原因となった戦場には、光である其方の兄と、重力である其方の妻がおった。
このことが、伝承と何か関係があるやも知れん。
光と重力の魔法に当てられて、ヒヨリミがああなった。そう考えるのも妥当だろう。
だが全ての闇魔法士がそうなる訳でもないこと、それは其方も承知のことではないか?」
「はい、我が配下にも闇魔法士がおります。
彼は領内で訓練を行った際、光と重力の魔法を浴びておりますが、何の異常もありませんでした」
「そうじゃな、奴の次男、カッパー男爵も同様じゃ。
彼も其方の兄と共に戦っておったからな。
この辺り、儂の方でも引き続き調べておくが、其方も今日の話、しかと心に留めておくようにな。
今後の王国の大事となる話ゆえ、警戒を怠らぬよう注意して欲しい。
儂も分かったことがあれば、其方にも知らせるゆえ、これからも定期的に、学園には顔を出してくれると嬉しいの」
「はい? いえ、失礼しました。
私は秋に進級する……、いや長期欠席なので進級できるか分かりませんが、少なくともあと2年はこちらに居る立場ですが?」
「ほっほっほ、先に伝えるのを忘れておったわ。
其方はこの秋から、特待生となり、それには授業の出席義務も、試験もない。
来たい時に学園に来て、参加したいと思う授業に自由に参加する権利を持ち、3年経てば、自動的に卒業することになる。
今回の戦役で得た新しい領地や兵の差配など、当主として内政面で腕を振るう事も多かろう?
国防の要ともなる其方を、この王都に呼びつけ足止めすることには、内心忸怩たる思いもあったでな」
いや、その話、最初から教えて欲しかったです。
というか、その点はずっと疑問に感じていたし。
「其方を取り巻く一連の陰謀に関しては、当面の危機は去った、そう儂は考えておる。
我らのような協力者も、各方面に得られたことだし、其方を呼び寄せた目的は達せられたと思っておる。
空高く舞い上がる翼を持つ若鷹に、足枷を付け大地に留めるような愚策は、もう必要なかろう?
今後其方にとって学園とは、
其方が身分や立場を超えた友を得る場、
将来の配下たる者を発掘する場、
其方の疑問に対し謎解きを行う場、
そんな価値を提供する器として、その役割を変えればよいことよ」
「そのような事をお考えていただいてたとは知らず、疑心暗鬼に陥った結果、これまでの数々の非礼、大変失礼いたしました」
「ほっほっほ、よいよい。
儂は其方ら兄弟が考えておる通り、狸爺じゃからの」
俺は、爵位上の特別な存在だけでなく、学園でも特別な存在となってしまったようだ。
だがこれで、好きな時に自由に領地に戻ることも、彼方で内政に専念することもできる。
「さて、一通り話がまとまった所じゃが……、
秋になれば、其方の兄の妻となる者は卒業するが、今度は其方の妻となる者が入学してくるようじゃの?
更に、翌年には其方の妹が参ることも決まっておる。
彼女たちが王都に来ても、肝心の其方が学園に不在では、2人とも寂しい思いをするであろうな?」
ちっ! やはり狸爺だ。
自由にしてよい、そう言いつつも、引き留める算段はしっかり済ませていやがる。
「やはり……、学園長には敵いませんね。今、改めてそう思いましたよ」
「其方と話しておると、この逼塞した王国にも明るい未来が見えそうでの。
今後も変わらぬ友誼を結びたいと思っておる。
無理のない範囲で、狸爺の相手もしてくれると嬉しい限りじゃ」
そう言って学園長は愉快気に笑った。
このあと、学園長とは幾つか打合せを行った。
というのも、俺以外にも学園に通う者たちもいる。
メアリーとサシャは、今回の戦いでは敢えて従軍させていなかった。
彼女たちは継続して3年間の勉学に就くことになっている。
シグルとカーラも同様だ。
彼らも今回は従軍させていない。
子弟騎士団には、ハストブルグ辺境伯領、ゴーマン子爵領(当時)の生徒は参加していなかったからだ。
彼らも、未来の辺境騎士団支部で指揮を担う者として、継続して通ってもらう。
彼女たちには、学園で学ぶかたわら、将来の文官や武官候補者として有望な者がいれば、発掘、推薦してもらう任務を新たに与えようと思っている。
「ところで、魔法戦闘育成課程じゃが……
正直に言って、今回の其方たちの活躍と論功行賞の結果を見て、申し込みが殺到しておるんじゃ。
復権派から引き取った40名を含め、この秋からの課程では、既に受講者が300名を超え、教師共が悲鳴を上げておるわ。
そこで、儂から其方に頼みがある」
来たっ! 今度は何を?
俺が思わず身構えたのは言うまでもない。
「いやいや、其方の足枷にしようとは思っておらん。
魔法士を戦力として見た場合、其方の抱える魔法士たちと、その他大勢では力の差が有り過ぎる。
いや、覚悟の差、とも言うべきかな。
学園が用意した教師ですら、まともに教えることができる内容はないじゃろうな。
その為、同じ輪の中で学んでも、優秀な者たちには単なる時間の無駄にしかならんだろう。
対策として新たに、魔法戦闘育成課程の上位に魔法戦術研究科を設けようと思っておる。
これには教師はおらん。課に属する者たちが戦術を研究し切磋琢磨を行うことを目的としておる。
これは、一定の基準以上の技量を持ち、かつ勅令魔法士である者のみが所属できる、特別な科となろう」
「なるほど、基礎課程を学ぶ者、勅令魔法士ではない者と、勅令魔法士で覚悟と能力のある者を分ける。
以前にご提案させていただいた内容ですね?」
「その通りじゃ。この課程は半年じゃが、希望者は1年まで在籍できる。
また、他の過程との並行履修を認め、単位の振り替えや講座の調整など、学園として様々な便宜を図る。
こうすれば、其方が抱える、まだ領地におる魔法士たちや、既に文官系を履修をしている者についても、今後かかる負担が少なくなろう?
あと、当面公開された26名以外は王国として秘匿対象として扱い、こちらに来ることは不要としたい。
重力魔法士の件もあるでな。
これは、儂と其方だけの内々の取り決めとする」
「ご配慮ありがとうございます。
実戦能力のある者に、魔法戦闘育成課程は飛び級を認め、初年度からでも、半年の魔法戦術研究科への入学を認める。そう理解してよろしいでしょうか?」
これなら、既に公開されている26名も、俺が王都にいる間に交代でこちらに呼ぶことができる。
こちらに居る10人のうち、未履修の者は7人。テイグーンに残っている者は16人。
今年度の前期に7名、以降は半年単位で5名程度を交代で来させれば名目は立つ。
「其方の言うとおりじゃ。そして魔法戦術研究科に教官は居らぬが、王都騎士団との合同演習などを通じて、実践的な訓練を積み重ねることになる。
他にも、1~2か月の遠征演習といった形で、其方の領地に生徒を派遣し、魔物の掃討や建設作業の従事など、実戦訓練として自由に使ってもらっても構わん。
むしろそっちの方が、身になるかも知れんしな。
そして、この訓練内容などを考案し、魔法士自身が現場で指導する業務を、学園と王都騎士団から魔境伯に発注したい。その対価を、2年間で半年あたり金貨500枚、通算2,000枚として。
まぁ、2年経ち、其方が卒業する頃には我らも独力でできるよう、人材も育つであろう。
このお願い、請けてもらえると非常にありがたいのだか……、どうじゃな?」
うん、訓練メニューは団長と考えるとして、魔法士たちは主に教官役か……
次の災厄、そして止めの災厄までは3年と4年。
全体の戦力が上がれば、俺たちへの負担も減る。
俺も以前よりは自由に領地に行き来できるし、ここは妥協しておくか。
そんな計算を巡らせ、俺は決断した。
「承知いたしました。その件、お受けさせていただきます」
こうして、俺たちは新しい体制で学園生活の2年目を迎えることになった。
結局、なんやかんやで学園には片足を置くことにはなったが……
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次回は【学園生活2年目】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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