テイグーンを目指し馬を走らせ、新関門までもうすぐという場所、遠くに新関門が見渡せる丘に差し掛かった時、目の前に広がる光景に俺は絶句した。
「これはっ……、何だ? この様子は」
新関門の周囲には、いくつもの開拓地の造成工事が行われ、そこには数千人にも及ぶ人々が、汗を流し働いていた。
俺自身が全く予想もしなかった規模の光景が広がっていた。
「あれって……、全部新規入植地の工事関係者ですよね?」
隣でアンも目を丸くしていた。
暫く丘の上で呆然とその工事の様子を眺めていると、俺たちの到着を聞いたのか、エランが騎馬で慌てて駆け寄ってきた。
「タクヒールさま、お帰りなさいませっ!
ご到着はもう少し後、そう聞いていたのでお迎えもできず大変失礼しました」
「気にしなくていいよ。それよりエラン、この規模の工事って、いったいどうなっているのか報告をお願い。
工事人足だけなら、せいぜい500人から600人しかいないと思ってたけど……」
「あ、ですよね。ミザリーさんの指示で、この入植地を最優先で作っているんです。
人足の方たちは今は800人ほどですが、収穫が終わったテイグーンの開拓村、第一開拓地区から第五開拓地区の皆さんも手伝ってくれています。
あとは、街の皆さん、辺境騎士団支部、駐留軍、傭兵団、ヒヨリミ領や帝国、皇王国の移住者たちも。
実数は、クレアさんなら把握していると思いますが、多分……、3,000人は超えていますよ」
エランはそう言って笑った。
※
後から聞いた話によると、夏に王都で俺たちと打ち合わせを行い、テイグーンに戻ったあと、ミザリーが内政に覚醒したらしい。
当初は、実施すべき課題の多さに頭を抱えていた彼女も、鬼師匠の叱咤激励に目を覚まし、帰領までには大まかな開発計画を作成、途中エストまで同道していた家宰に、計画内容の相談を行っていたらしい。
彼女は自らの計画に家宰からの助言や提案も反映し、テイグーンに戻ると矢継ぎ早に施策を発表、持てる力を総動員しているとのことだ。
◆旧ヒヨリミ領の対処
エラン、ライラ、マスルールの3人の地魔法士と、辺境騎士団に預けられたコーネル子爵領の地魔法士2名、5名体制で魔境側出口に土壁を築き一帯を封鎖。
並行して辺境騎士団とイストリア皇王国から移住したロングボウ兵を動員し、旧ヒヨリミ領に侵入した魔物の一斉討伐を実施。
◆新規入植地の開発
水魔法士のアイラに、新関門周辺の地下水脈の調査を指示し、井戸などの水源を各所で確保。
時空魔法士のバルトとカウルに、領地内外から大量の食糧と建築資材の収集を指示。
王都で募集した建築職人をカール親方に預け、住居の建設にはユニット工法を採用し、建設準備の推進。
準備を進めている間に、旧ヒヨリミ領での工事を完了した地魔法士を呼び戻し、基礎工事の手配。
それらを、無駄なく効率的に準備を進めた上で、基礎工事が終わると、全ての人員をこの新規入植地の工事に振り向けたらしい。
因みに、カール親方を工業開発部門担当行政官として任命し、資金と人材を与え、工業品製造部門の拡大と新規雇用を推し進めているそうだ。
更にテイグーンの街やそれぞれの開拓村には、行政府より布告を出し、工事への助力を求めたらしい。
工事をいち早く進めるには人手は絶対的に必要で、更に難民たちへの仕事を創出することも行なっていた。
「俺たちは以前、領主様に入植地を世話してもらいました。だからこそ手伝うなんて当たり前でさぁ」
「うちの娘を疫病から救っていただいたんです。こんなことでもしないと娘に顔向けできませんぜ」
「疫病では何の役にも立てませんでした。ここでお役にたたないと、褒賞の金貨に申し訳が立たねぇ」
「私たちは工事ではお役に立てないかも知れませんが、食事などのお世話など作業は色々できます。
自分たちの住処を作っていただいているのに、何もしない訳にはいきません」
「ここに来て、領主様のありがたみが初めて分かりました。是非お手伝いさせて下さい」
領民や難民たちは、次々に名乗りを上げ、それぞれができる手伝いをするため、各自が手弁当で参加しているらしい。
その為、彼ら全ての窓口、クレア率いる受付所の人員は目の回るような忙しさらしい。
※
俺たちを先導したエランは、多くの人々が働く建設現場を前にして呟いた。
「こんな動員ができるのも、タクヒールさまが考案した受付所の仕組みがあるからですね。
改めて、その仕組みとクレア姉さんの手腕の凄さを実感しましたよ」
「そうだね、彼女だけじゃない。エランを含め、みんな、凄いことだよ!
実際俺も、ここまで進めてくれているとは、思ってもみなかったからね」
実際、この様子を見て……
これなら、あんなに急いで駆け戻る必要もなかったんじゃね?
そう思ったことは心にそっとしまっておいた。
『領地というものは、領主がいなくても順調に回って当然。領主が陣頭に立ち、内政に駆け回っているようではまだまだじゃの』
かつて、ハストブルグ辺境伯にそう言われたことを思い出しながら、俺たちは邪魔にならないよう工事現場を見学し、行政府へと向かった。
これまで急いでいた歩みを落とし、ゆっくりと。
※
「何だ、これは?」
テイグーンの街に入ると、俺は再び目を丸くした。
町の第三区画、南街区の賃貸住居一帯は、大規模な改築工事が推し進められている最中だった。
これまで、賃貸住宅でもその多くは一戸建てだった。
今それらが、二階建ての集合住宅へと建て替え工事が進められていた。
その様子を横に見ながら、行政府に入った。
「タクヒールさま、お迎えにも上がれず、大変失礼しました」
そう言ったミザリーは、執務室で書類の山に埋もれていた。多くの文官たちとともに。
少しだけ、やつれた雰囲気の彼女を見て、すごく心が痛んだのは言うまでもない。
「いいよ、予め出迎えは不要と言っていたし、エランにも、到着を知らせる使いは出さないよう、敢えて伝えていたからね。
みんなは今の仕事を優先で。
でもミザリー、師匠を凌ぐ活躍振りに正直驚いたよ。本当に、ありがとう」
「いえいえ、色々先走った結果、万事事後報告となったこと、申し訳ありません。
早速これより、担当各位からご報告させていただく場を設けたいと思っていますが、お時間をいただいてもよろしいですか?」
「大丈夫、時間のあるときで。目の前の仕事を優先して欲しいからね」
「いいえ、私たちの最優先事項は、タクヒールさまへの報告と、ご判断を仰ぐことです。
既に使いを各所に出しておりますので、間もなく全員が揃うと思います。なので、どうぞ此方へ」
……、皆に気を使わせてしまっていた。
過去、せいぜい中間管理職レベルのサラリーマンだった俺には、未だにこのVIP待遇は慣れていない。
程なくして、全ての魔法士、行政担当者、主要メンバーが揃い、全体報告会が行われた。
※
「先ずは皆の活躍の礼と、色々任せきりだったことを詫びたい。
俺が不在の間に、ここまで準備と対応を進めてくれたこと、本当に感謝している。
そして、疫病対応と反乱軍討伐で活躍してくれた後にも関わらず、休む間もなく奔走させて申し訳ない」
「いえいえ、とんでもありません。
貧民街で、日々の暮らしにも困っていた僕が、進むべき道を示していただき、仕事をいただいて、こんなにも楽しくお仕事できる日々を送れているのです。
不満などある筈がないですよ。
きっと皆も同じ気持ちだと思います」
今回は、いつになくエランが口火を切り、集まった面々も同様に頷いていた。
「今回、ヒヨリミ領からの難民たちを見て、改めて思ったことがあります。
我々は非常に恵まれた生活を送っているのだと。
そして日々それを感謝せねばならないということを。
これからも、何があっても、ここに住まう人々の暮らしを守っていかねばならないことを」
クリストフがしみじみと言った。
以前ミザリーから聞いたが、彼はヒヨリミ元子爵に対し、相当怒っていたそうだ。
元々彼は辺境の村の出身だが、その村はヒヨリミ領に近く、以前から村人同士でも交流もあったらしい。
「新参者の私が言うのもなんですが、忙しいなんて文句言うやつは、ウチの工房なら親方にぶん殴られるか、蹴り飛ばされていますよ。
仕事がもらえるありがたさを知らない奴は、仕事がない辛さを知らない奴です。
だがこの街は仕事で溢れている。こんな良い街、他にはありませんよ」
新たに、工業開発部門責任者として登用され、初めてこの場に参加したカール親方が、挨拶がてら一発かました。
彼の言葉で、ミザリー配下の行政担当官たちが、少し青ざめていた。
「みんな、ありがとう。
今度こそ皆に約束したい。春の合同最上位大会を乗り切ったら、交代で休暇を皆が取れるようにしたい。
領内でゆっくりしたり、里帰りをしたり、王都見物を希望する者がいれば新しい王都の居館に招きたい。
なので、もう少しだけ皆の力を貸して欲しい。
ではミザリー、この先の議事について進行を頼みたい」
「はい、承知しました。
先ずは今後の魔境伯領の全体方針について、行政府案をタクヒールさまにお伝えするとともに、皆さまにも共有したいと思います」
こうして、覚醒モードに入ったミザリーの提案が、発表されることとなった。
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次回は【テイグーン三次開発②】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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