テイグーンの山々も、柔らかい春の日差しを浴び、山嶺を白く彩っていた雪も解けはじめ、各所で小さな流れを作り大地を潤し始めた。
その頃には、俺たちも再び領地に戻り、この後の大きなイベントに備え、準備に奔走していた。
「なんじゃこれっ！」
そんな俺も、予想を遥かに越えた来賓リストに、思わず声を上げてしまった。
ある程度、予想はしていたが、まさか、ここまでになるとは思ってもいなかった。
家宰であるミザリーを始め、関係各位が各所に聞き取りを行って集計したリストには、予想外の名前が記載されていた。
主要者だけでも、こんな感じであった。
国王陛下夫妻
クライン公爵（狸爺）
ハミッシュ辺境伯
モーデル伯爵
ゴウラス伯爵（騎士団長）
ホフマン軍団長
シュルツ軍団長
他、侯爵家２、伯爵家３、子爵家４、男爵家３（バウナー男爵を含む）
ってか、学園長まで来るとは……
王都騎士団、陛下の護衛があるとは言え、全ての軍団長が来て良いんですか？
ハミッシュ辺境伯は、バウナー男爵と、皇王国戦の軍議で司会をつとめた子爵を伴って来場される予定らしい。
落ち着いたとはいえ、東の守り……、大丈夫なんでしょうか？
ってか、元復権派で味方になったモーデル伯爵も名前が載っているし……
それ以外にも、一度も会ったことのない、侯爵家や伯爵家、子爵家の名前が幾つかあった。
そのうち１侯爵家、２伯爵家、１子爵家については、それぞれのご令嬢には学園で会っている。
ハチミツに関わる件で……
この４家、まさかハチミツ狙いで参加なのか？
そして競技に参加する側も増えてしまっていた。
ハストブルグ辺境伯
ソリス魔境伯
ゴーマン伯爵
ソリス伯爵
キリアス子爵選抜（３男爵家代表含む）
コーネル子爵
辺境騎士団第六軍、第七軍選抜
王都騎士団第三軍選抜
全８団体って、これってどうなんよ？
ぶっちゃけ、大きく作った今の会場でも収まらないじゃん。
一般観覧できるスペースって、全くなくなるよね？
テイグーンの、まだ空いている一角に広大な臨時試合会場を作るとして……
会場に合わせた内装などの準備
ＶＩＰ用の馬車発着場や控室、食事スペース
各街から競技会場への馬車定期運航便の用意
一般参加者向けの食事エリアの準備と出店者の募集
あと、テイグーンの街の宿は、全部抑える必要があるよね。
うん、また、ブラック労働天国の始まりだ。
開催まであと一か月ちょっと、やるしかないか？
みんな、ごめん。
当初俺は、皆にどう伝えようか真剣に悩んでいた。
「ふふっ、いつものことです。
タクヒールさまが、我々の予想を超えた、多くの方々を惹きつけている証拠です」
ミザリーはむしろ誇らしげに答えた。
「これまでの事に比べれば、まだ楽なもんですよ。
従事する人手も、以前に比べ格段に多いのですから。早速競技場建設に取り掛かりましょう」
クリストフも全く動じていなかった。
「そうですね。領民たちもみな、陛下をお迎えするために張り切っています。
きっと彼らも、喜んで手を貸してくれるでしょう」
クレアもむしろ予想通り、そんな様子で答えた。
「テイグーンの街には、増築されてまだ入居者のいない集合住宅があります。
そちらも活用できると思います」
新たに、主要メンバーに加わったカーリーンも胸を張った。
「これだけの方々がお越しになれば、宿、物販、飲食店などへの経済効果も計り知れません。
皆が商機を見出し、この一帯が益々豊かになると思います。
臨時の露店販売地区の割り振りや、以前に作成した規定を改訂して配布する準備を進めましょう」
ヨルティアは経済面での効果、それに、新規領民たちへの稼ぎ口の機会と捉えていた。
「食料などの物資の手配は既に済ませてあります。
逆に一旦備蓄を一掃し、新たに食料備蓄を改めるための、良い機会になると思いますよ」
バルトにとっても想定内、いやよい機会だとばかりに笑っていた。
「ははは、僕の言いたいこと、全部言われちゃいました。
でも、競技場作りは任せてください。前回の経験をいかしてそれなりのものが作れると思います」
エランは苦笑して言った。
「恐らく、随伴する兵力は1,000名を超えるでしょうな。
辺境騎士団、駐留軍の宿舎を空け700名、練兵場に臨時の宿営地を設け更に増やすことも可能です。
我らは、傭兵団屯所に200名、第四区画の収容施設に500名、宿場町と放牧村で200名、魔境側関門で200名、ガイアの街には最大1,200名の兵が駐留可能です。まぁ2,000名程度の兵の受け入れなら問題ないでしょう」
団長も余裕顔だった。敢えて宿場町の400人分のスペースは予備として残しておいている。
「街中の射撃場を自警団や警備兵の詰め所として活用しましょう。
あそこなら屋根もあるし、休憩の場所としても使えます」
ゲイルも笑って提案してきた。射撃場は本来、そういった用途を考慮して作られている。
「競技場の備品や内装はお任せください。
各工房や、縫製所を総動員して、競技終了後に転用可能な備品を用意しますよ。
あと、試作品のクロスボウを取り付ける馬具ですが、この機会にお披露目するのはどうですか？」
カール工房長の言葉に俺ははっとなった。
そうかっ！
色々な商品、特に工芸品や石鹸、消毒液、そして砂糖やハチミツもこの機会に見本市を出し、来賓たちに展示販売や予約受付ができるのではないか？
行楽気分で来ていれば、自ずと財布の紐も緩くなるし、競争意識も働くかも？
「みんな、せっかくだし、特産品の見本市をやっちゃおうか？
会場は宿場町の競技場を利用して、試合の合間に展示販売を行うんだ。
主に参加貴族や商人を対象にしてね。
ハチミツだけは貴族限定の場所を作って、そこで数量と商品の購入量を限定して販売しよう」
そう、ハチミツに関しては商人を介さず直売したい。
なので、流通には絶対に載せない。
それ以外は、必要に応じて流通に載せても良いと思った。
「武具に関しては、競技の合間にデモンストレーションを行いたいけど、団長、お願いできますか？」
「勿論です！ どのような演目にしますか？」
「エストールボウはまだ出しませんが、限定品の新型のクロスボウは出しても良いと思っています。
旧来品との射程や威力の違いが分かるように。
あと馬具は、突撃の過程で馬上から射撃を行い、その後すかさず切りかかるとかどうですか？
クロスボウの取り回しが格段に向上することが、うまく伝われば良いと思います」
「承知しました。当日無様を晒さないように、みっちりしごいておきますよ」
団長はいつもの、鬼の笑顔で笑った。
それにしても、４年目は悲鳴を上げていた皆が、余裕で対応してくれている。
ひとり悩んでいた俺は、ちょっとだけ置いてきぼりになった気分になった。
まぁ、ちょっとだけね。
「クレア、今回の規模になると、受付所が大変なことになるけど対策は大丈夫かな？」
「はい、今後のことも考えて、元ヒヨリミ領の方から100名、皇王国の方から100名、帝国移住者から20名と、テイグーンの学校を卒業した子たちを30名、合計250名を新規で採用しています。
女性が中心ですが、彼女たちは今後、ガイア、イシュタル、アイギスの街で活躍してもらうべく、育成を進めてきましたので、今回は十分な人手が確保できています」
「クレア、ありがとう。
あとアン、接遇要員について報告をお願い」
「はい、今回陛下はお忍びではなく、公式訪問となるそうです。そのため、王都からメイドや料理人も同行されるとのことで、こちらでその要員の準備は無用とお仰せ遣っています。
念のため、ソリス伯爵家からはクリスさまが、ゴーマン伯爵家からはユーカさまが、そしてハストブルグ辺境伯家からはフローラさまが、それぞれの家中で、信の置けるメイドを応援として派遣いただくことになっていますので、人員的には十分かと」
そう、一番気にしなくてはならない、国王陛下ご夫妻の身の回りのお世話も、今回は解放された。
なので、母やクリシア、フローラさまやユーカさんも、ある程度自由になる。
もちろん、おもてなし要員としては、活躍は期待しているが。
こうして、依然、覚醒モードのミザリーが、全ての準備はできている。そう豪語したとおり、順調に受け入れ態勢は整いつつあった。
そうして、開催20日前には、エストから父と母、妹のクリシアと、伯爵家家宰夫婦が人員を連れて到着した。
翌日には、ゴーマン伯爵とユーカさん一行が、その翌日には兄とフローラさま一行が到着し、受け入れ態勢は全て整った。
競技会場も、急造とは思えない立派なものが完成し、各担当は役割に応じて予行演習を繰り返した。
全ての準備は整った！
あとは連覇目指して、試合本番を勝ち抜くのみだ。
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次回は【最上位大会②国王陛下の到着】を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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