ダレクが初陣として出陣、戦功を飾るに至ったのには理由があった。
時を遡ること数か月……
その日も男爵家の中庭でダレクとタクヒール、アンの三人で剣の修練を行っていた。
ダレクは剣の腕を上げ【達人】の階位まで進んでいる。
タクヒールはまだ【修行中】のままであった……
そのため、ダレクの相手は同じく【達人】まで階位を進めているアンが専ら対応していた。
「はぁ、俺の魔法って……使えないよなぁ」
修練が終わり、ダレクがため息交じりに愚痴をこぼした。
「光じゃ攻撃にもならないし、せいぜい目眩ましが関の山、剣技を修める者として、それもなぁ……
光を飛ばし、相手にぶつけても何のダメージも与えられないし……」
ダレクは自身の光魔法について、悩んでいたようだ。
「兄さん、ちょっと待って!光を飛ばせるの?」
「ああ、飛ばすだけだけどな。こんな感じで……」
ダレクはそう言うと、少し前方に眩い光の球を出現させ、辺りは一瞬、目も眩む明るい光に包まれた。
「それ凄い! 明日ヴァイスさんの所で相談しよう!」
弟の喜んでいる意味が分からないダレクは、半信半疑で彼の弟の言うことを聞くことにした。
翌日、彼らは父親に対して、
「兄の固有魔法の活用について、ヴァイスさんに相談しに行ってきます」
その話を伝えてからいつもの修練に向かった。
「今日はヴァイスさんのご意見が聞きたくて……」
開口一番、タクヒールはヴァイス団長に彼の考えを伝えた。
そして、ヴァイス団長の前でダレクが光魔法を発動し、前方に設置した矢の的辺りに飛ばした。
的を設置した辺り一帯が、眩しい光に飲み込まれる。
「ほう…」
短く、考えるように呟いたヴァイス団長にタクヒールは補足した。
「これを疾走する馬の前に出すとどうなりますか?」
「んなっ!」
ヴァイス団長は一瞬驚いたあと、不敵な顔つきになったという。
「……、ダレクさまの光魔法は、戦術面で凄い兵器になると思います!」
「兄さま、そういうことです。兄さまの魔法は戦局を変える、凄い魔法スキルです」
その日からダレクは、より遠く、望んだ位置に光を飛ばせるよう日々激しい修練を積んでいた。
この世界、魔法士は希少で貴重だ。
貴重でもともと身分の高い者が多い魔法士を、戦場に連れ出すことなどまずない。
戦場で、突撃してくる騎馬の前面に晒す、そんな事を考える貴族はまずいない、そう言っても過言ではない。
ダレクのように固有スキルで魔法を使えるもの、それはすなわち貴族の当主か、直系の一族に連なる者。
辺境の一部貴族を除き、そういった身分の者が最前線に出てくることも、まず無い。
なので、魔法士が戦場で活躍することは、一部の例外を除き、ほとんどない。
そのため、こういった作戦も、ほぼ取られないだろう。
タクヒールはそう考えていた。
初見殺し、それで十分だ。
用心されれば2度目はない、でも1度で十分。
ただでさえ、魔法士が少ないグリフォニア帝国では、そんな対策、考える筈がないと確信していた。
出征が決まった時、彼らの両親も当初はダレクの初陣に強く反対していた。
「まだ早い!」
それが理由だった。
同席していたヴァイス団長も彼らの主張を支えた。
敵の鉄騎兵団相手には、ダレクが絶対必要なこと、光魔法の有用性について根気よく。
ヴァイス自身が考案した戦術も併せて披露しつつ。
結果、ヴァイス団長の戦術が、今回の戦いで極めて有効だと判断され、男爵もしぶしぶ了承した。
母であるクリスはずっと反対だったが……、最後は息子の真摯な願いに折れた。
そのような経緯で、ダレクはタクヒールが知る【前回の歴史】より早く初陣し、今回の戦でソリス男爵軍に従軍している。
※
~小高い丘の上で~
「では一手目、行きましょう。右2番です」
「全軍、遠距離制圧射撃用意!狙いは右2番、合図と共に発射!。発射後直ちに次弾装填。連続発射用意」
ヴァイス団長の合図と共に、父の号令が響き渡った。
400名の兵士全員がエストールボウを斜めに構える。
目標は各自が予めエリアごとに試射済で、区域ごとに番号を振っており、兵たちも即座に理解する。
人馬が入り乱れ、地獄絵図となった戦場で、突進を止め、呆然としていた鉄騎兵団に、突如400本の矢の雨が降り注ぐ。
高威力の矢は、鎧の上から貫通し鉄騎兵団を射抜く。
矢に射抜かれて落馬する者。騎馬に矢が当たり暴れた騎馬から転落する者。
鉄騎兵団は再び混乱に包まれた。
「矢だとっ! この距離でっ? この威力は何だっ!」
狼狽する鉄騎兵団の上から、更にもう一射された矢が降り注ぐ。
「敵の矢を警戒しつつ、一旦射程外に退避っ!」
本来は踏みにじり、餌食にする予定の敵から、こうも一方的な攻撃を受け、このままでは損害が無視できなくなる。
だが、矢の降り注ぐ範囲から移動しようにも、これまでに倒れた人馬が邪魔で思うように動けない。
彼らは格好の標的となってしまっている。
慌てて射程から脱出する迄に、更にもう一射、彼らは都合1,200本の矢の掃射を受けることになってしまった。
鉄騎兵団のなかで、戦闘可能なものは既に1000騎を下回っていた。
「このまま、おめおめと引き下がれるものかっ!」
そう叫んだ者も、何本もの矢傷を受けていた。
「敵はたかが600、あの忌々しい矢を放っている奴らを皆殺しにしろっ!」
やっと射程外に移動し、統制を取り戻したゴート鉄騎兵団の、隊長らしき人物が叫んだ。
数は減っても、600名程度の相手であれば、十分に蹂躙できる。
このまま、一方的にやられっぱなしでは、おめおめと引き返すわけにもいかない。
せめて敵最右翼を踏みつぶし、留飲を下げるつもりだった。
~小高い丘の上で~
「敵は体制を立て直し、向かってくるようだな」
「では3段撃ちをお見舞いしましょう」
「全員!所定の組み合わせに!三段射撃用意!」
ヴァイス団長の提案通り、父の指示が飛ぶと、ソリス男爵軍の兵士たちは3名1組になり、隊列を整えた。
「各自、先頭の集団を狙えばよい、構え!
……、撃てっ!」
「続けて第二射、構え!
……、撃てっ!」
「第三射、構え!
……、撃てっ!」
3人一組になり、3人の中で最も射撃のうまい1名が、3人分のエストールボウを使い、ソリス男爵の号令のもと、次々と矢を放つ。
その間に残りの2人が、弦を引き絞り、矢を装填し準備する。
100本以上の矢が、間断のない攻撃で、丘に向かって突撃するゴート鉄騎兵団に襲いかかる。
射手の正確な狙いと、予想外の威力の矢は、次々と彼らを射落とす。
「こんなに早く、この威力、有り得んっ!」
先ほど突撃を指示した、ゴート鉄騎兵団の隊長は苦渋に満ちた顔で呟いた。
自身にも、愛馬にも、既に何本かの矢が突き刺さり、今もそれぞれの命を削っている。
「敵のこもる丘は目の前だ!命を振り絞り、味方の無念を晴らす時ぞっ!」
やっとのことで敵陣に迫り、鉄騎兵団の隊長は味方を鼓舞した。
彼に付き従う味方の騎馬は、既に600騎程度まで減っていた。
※
「では、我らもそろそろ出撃します」
「団長、よろしく頼む!」
ソリス男爵と短い挨拶を交わした、ヴァイス団長は自身の騎馬に跨った。
「騎乗! 装填要員はコーネル男爵兵に交代っ!」
ソリス男爵の命が飛ぶ。
200名の騎馬兵が騎乗すると、それまでの三人一組で対応していた兵士たちは体制を変更した。
騎兵以外の全てがエストールボウを持ち、彼らの後ろには装填手としてコーネル男爵兵が付いた。
200名の射手と200名の装填手、それらが400台のエストールボウを運用する。
「各隊、自由斉射開始、一人でも多く叩き落せっ!」
頃合いを見て、ソリス男爵は射撃命令を出した。
敵の鉄騎兵たちが、やっとの思いでたどり着いた丘の周りにも、騎馬の侵入を防ぐ塹壕が至る所に設置されていた。
進路を失い馬の脚が止まる瞬間、200本の矢が間断なく、正確な射撃を加えてきた。
強烈な威力の、かつ間断のない正確な射撃に、鉄騎兵団の騎士たちは次々と落馬していく。
全身を矢に貫かれ、息絶えるものも多い。
深手を負い、後退しようと馬首を巡らせた瞬間に、背中を射抜かれて倒れる者もいる。
丘の上に陣を構えている敵陣まで、たどり着き、刃を交わせたものは一人もいなかった。
「ソリス騎馬隊、これより敵の後背を衝く、我に続けっ!」
ヴァイス団長の号令で、200騎の集団が丘の側方から駆け下りた時、ゴート鉄騎兵団は400騎を下回るまで数を減らしていた。
本来であれば、400騎の鉄騎兵団に対し、半数の200騎、敵うはずもない。
だが、鉄騎兵団は丘の上からの矢に追われ、満身創痍の者も多く、本来の力を発揮できていない。
加えてヴァイス団長は、味方の射線の邪魔にならないよう考えつつ、敵の退路を断つべく巧妙に馬を走らせている。
退路を塞がれた、これが彼らの戦意を挫いた。
最後まで味方を叱咤、激励していた鉄騎兵団の隊長は、弓箭兵の正確な狙撃により大地に沈んでいた。
【一匹の獅子に率いられた羊の群れは、一匹の羊に率いられた獅子の群れに勝る】
過去の征服王、皇帝、空想の未来の戦記で用いられた格言は、ここに再現された。
本来、俄か作りの、ソリス男爵軍騎馬隊は、個々の戦力では鉄騎兵団に敵うはずもない。
それが、至る所で敵を翻弄し、戦力を削り取っていく。
最後まで集団として抵抗していた鉄騎兵団の部隊が崩れると、ゴート鉄騎兵団の面々は攻撃を諦め、馬首を巡らせた。
そして、ヴァイス団長がわざと開けた、包囲陣の一角から壊走していった。
この日、ゴート辺境伯が誇る鉄騎兵団は戦力の9割近くを失う大損害を受け……、壊滅した。
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