夏になり間もなく俺は学園を卒業することになる。
考えてみると、召集令状が来てからというもの、あっという間に日々が過ぎた気がする。
この日は、所用のため珍しく王都に出てきた兄と共に、学園で狸爺に面会することになっていた。
「タクヒール、すまんな。
毎度のこととはいえ、狸爺に面会して頼み事をするのは、ちょっと気が重たくてな」
「ふふふ、そうなんですか?
3年前に初めて学園長を紹介してくれた時は、なんか余裕で対応してるようで、ずっと羨ましかったんですけどね。
まぁ、俺も未だに苦手なのは一緒です。だから今回も、最強の盾に同行をお願いしましたので……」
「まぁっ! 最強の盾って、酷いですわ……」
「あ、ごめんユーカさん!
盾じゃなくて、狸撃退用の最終兵器……」
「……」
「タクヒール、フォローになってないぞ!」
兄は密かにそう言って、俺をこづいた。
いや……、なら、どうしろと?
実際、学園長はユーカさんの前だと、好々爺さながらに、めちゃくちゃ甘い。
なので、特に一人で来いと言われない限り、狸爺と会うときはいつも彼女を伴っていた。
俺にとっては、いつも通りの流れだから、あまり深く考えていなかったのだけれど……
暫く歩き、俺たち3人は学園長の執務室へと足を踏み入れた。
今は学園長としての職務だけでなく、復権派の辞任に伴い、もう一つの業務を兼務している。
以前と打って変わり、日々それなりに忙しそうだった。
「ほう、其方ら兄弟が揃って来るとは、何やら企んでおるようじゃな?」
開口一番、そう言って学園長は笑った。
「閣下、ご無沙汰しております。
この度、外務卿にも就任されたこと、誠におめでとうございます」
「私は、まもなく卒業なのでお世話になったため、ご挨拶に参りました。
今はお忙しいなかと思い、たまたま兄が訪問する機会に同行させていただきました」
「閣下、私は今回……、閣下に何かお願いをしたい方々に、盾として連れて来られたみたいです」
「!!!」
俺と兄さんの血の気が引いた。
ヤバい! ユーカさん怒ってる。
「ユ、ユーカさん、それは……」
「知りませんっ!」
「バカかお前はっ! だから女心を全くわかってない。いつもそう言ってるだろっ!」
「ふぉっふぉっふぉっ。
口は災いの元、そういうことじゃな。魔境伯はまたひとつ、学園で学びを深めたということかの。
良薬口に苦し、よい機会じゃ」
「いや、それは……」
「ほれ、また引っかかったの。
其方の兄と妻を見るが良いわ。何を言っているか分からず、ポカーンとしておろう。
3年前と同じで、いやいや、懐かしいのう。
今の言葉は、初代カイル王が王族にのみ、戒めとして遺した言葉のひとつじゃな」
そっか……
動揺してる時にまたやられた。
ここまでくれば、学園長も確信犯なのだろう。
俺は慌てて場を取り繕った。
「醜態をお見せし、失礼いたしました。
今回は、国境守備を担う魔境伯として、お願いに上がりました」
「ふむ、儂にできることかの?」
「はい、この秋で私も学園を卒業し、魔法士たちの訓練や遠征を担う二年の契約も終わります。
ですが今後、魔法戦闘育成課程の生徒を、魔境内での拠点構築にお借りしたく考えています。
今日はそのお願いに上がりました」
「私からも補足させていただきます。
地魔法士を中心とした派遣部隊の指揮や護衛、一切を辺境騎士団の我らが責任をもって対応します。
魔境伯や配下の魔法士たち、コーネル子爵旗下の地魔法士たちは、既に別件があり動員が掛けられません。それゆえ、学園の魔法士たちの力を借りたく、お願いに参上いたしました」
「よかろう。国境の安泰あっての王国、そしてこの学園じゃからの。
魔境伯からの正式な依頼とあれば、それはもう王国の責務となろう。派遣を認める」
意外とあっさり話が決まり、俺と兄は安堵のため息をついていた。
学園長の次の言葉までは……
「これも丁度良い機会じゃて。実は儂からも魔境伯に話とお願いがあっての」
……、ですよね?
なんかあっさり引き受けてくれたのには、当然理由がありますよね。
「ここからは学園長ではなく、王国の外務卿として話を進めるが……、よろしいか?」
「承知しました、閣下」
仕方ない。職責を以て依頼した以上、相手も職責を以て依頼されれば、話を聞くしかない。
「この王国の国境、南と東は常に脅威に晒されておるが、残る西と北はどうじゃな?
これはユーカ殿に聞いてみようかの?」
「はい、私の拙い知識ですが……
北の国境線には、国境を流れる川以外、何も遮るものがなく、防衛という面ではかなり脆弱です。
ただ、脅威という面では低い、そう考えます。
北の国、ピエット通商連合は小国同士が経済的な結び付きでできた、寄り合い国家です。
それぞれ一国の戦力は低く、しかも商人たちの力が強いため、挙国一致で攻めてくることは難しい、そう考えられていると思いますが」
「そうじゃな、それが正しい現状認識じゃろう。
して、西はどうじゃな?」
「西は、南や東と同様に山脈に挟まれた狭い国境しか、通じる道がないと聞いております。
そして、その先にあるフェアラート公国は、代々王家や上級貴族との交わりも深く、ここ数百年の間に王家を始め、上級貴族の令嬢方が嫁いでいるため、非常に関わりの深い国だと聞いています」
「その通りじゃ。そして今、その西がキナ臭い。
ソリス子爵、現在魔境が現存しているのは、どこじゃな?」
「はい、カイル王国では、南部と東部の辺境一帯、それに連なる大山脈が現存する魔境です。
国外では唯一、フェアラート公国に魔境があると聞き及んでいます」
「そうじゃな。
まぁ200年ほど前までは、今のグリフォニア帝国の北西部にも、今は消え去った魔境があったがな。
今や魔境は、カイル王国とフェアラート公国にしか存在しておらん。
かの国には、今もなお広大な魔境があり、魔物が生息しておる。そしてこの国と同じ教会がある。
魔境伯にはそれが、どういうことか分かるか?」
「魔法士ですか……」
「かの国がなぜ好んで、王族や上級貴族の子女を妻にと望むと思う?
友好の絆を深めたい、そう思うのは勝手じゃが、彼らが欲しいのは、より純粋な魔の民の血統じゃ。
そう考えても不思議ではあるまい。
かの国では、王族も貴族も、世子となれるのは魔法士のみ。これが数百年続いた伝統じゃった。
じゃが今回、永きに渡って続いた慣例を破り、魔法士でない者が王位を継いだ」
「国が割れている、ということですね?」
「その通りじゃな。
新国王は即位前、優秀じゃが魔法士としての適性がなく、王位を望める立場ではなかった。
所が隣国で、魔法を使えぬ貴族の一人が、剣聖と呼ばれる剣の腕を振るい、配下の魔法士たちを見事に使いこなした結果、南と東、二か国の侵攻をそれぞれ撃退し、大規模な内乱まで平らげた。
その話を聞き大いに勇気づけられた結果、慣例を破り反対を押し切って、実に数百年振りに魔法士でない者が玉座を得た」
「学園長、それって……」
「ああ、お主ら2人の話が、ごっちゃになっとるわ。
同じソリス、しかも2人とも当時は男爵じゃった。そんな者が2人もいようとは誰も思うまいて」
「クライン閣下、それが弟と私に何の関係があるのでしょうか?」
「ああ、大有りじゃの。
新国王は、その英雄に是非会いたいと、正式に国を通じで招待状を出して来たからの」
はぁっ? 何だそれっ!
俺は思わず言葉に出しそうになったのを、何とか堪えた。
「過去200年以上友好関係にあった国同士、今も使者のやり取りは頻繁にある。双方の有力貴族については、それぞれの国王が即位する際、特使として即位式にも立ち会っておるわ。
そのため、形式上は唐突でも不自然でもない。
そして厄介なのは、反対派、新国王とは逆の立場の者たちの中に、あの4人の領袖たちの親類縁者や血縁者がおるということじゃ。
彼らの家はここ何世代にも渡って、王国の最有力貴族として、その子女を隣国に嫁がせておる」
復権派……
おとなしくなったと思ったら、こんな事でも災いするのか。
思わず心の中で舌打ちした。
「私と兄は、どうすればよろしいのでしょうか?」
「招待を受けるも受けぬも、何の因果関係もない其方らに強要はできぬ、そう陛下は仰っておる。
じゃが……、ことは外交に関わることじゃ。
この先、かの国が乱れ、帝国の侵攻時に二正面作戦を取らせぬためにも、魔境伯にご足労願いたい。
これは、陛下の御意ではない。儂が外務卿の職責により、そう願っていることじゃ」
歴史改変に関するバタフライ効果が、そこまで及んでいるのか?
それともこれも、歴史の悪意の一環なのだろうか?
「ソリス魔境伯、王国の臣として行かせていただきます」
「すまん、大事な時に。
この国は、もうこれ以上敵を増やすことはできん。どうか許して欲しい」
そういって学園長は、深く、そして長く頭を下げた。
また、やむをえない事情とはいえ、領地を離れることになりそうだ。
なんか毎回、領地を離れるたびに嫌なフラグが発動する気がするし、今回も不安で仕方ないが……
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次回は『外交特使』を投稿予定です。
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