王国西側の防衛戦に関し一通り視察を終えると、予定通り俺たち一行は王都に戻った。
魔法騎士団を軍団長として統括し、自ら前線(公的には南部戦線)に出る覚悟を示した王族、クラリス殿下の人気は凄まじく、王都の民が大歓声で彼女を迎えた。
「王族たる範を示し、自ら軍団を率いる可憐な? 王女様か……、政治的には凄い効果だな。
中身が脳筋王女だとバレてないのが幸いだが……」
思わず俺がそう呟いてしまうぐらい、王都の民の騒ぎ振りは予想以上のものだった。
そして、領民たちの歓呼も冷めやらぬ中、早速第六回の定例会議が開催された。
今回はいつもの参加者に加えて、国王陛下、クラリス王女、ハストブルグ辺境伯、ハミッシュ辺境伯が参加している。
議事進行はいつも通り狸爺、外務卿のクライン公爵だ。
「さて、今回で6回目を迎えたわけじゃが、定例会もこれで最後となろう。各位には現状と夏までの見込みを報告していただきたい。
先ずは、東からお願いするかの。ハミッシュ殿」
「はっ! 先ずは防衛体制の報告に先立ち、皆様にお伝えさせていただきたいことがございます。
先日、イストリア皇王国より使者が参り、途方もないことを言って参りました」
『休戦協定下にあるにも関わらず、我が国の捕虜を劣悪な環境下で、強制労働に就けるとは言語道断!
即刻全ての捕虜を返還すべきである。
それが成されない場合、カイル王国の非人道的な処遇と非友好的な対応は近隣各国の知るところとなろう』
「使者はこのように申して来ております。
我々としては、休戦協定に明記された約定に則って対応しているに過ぎない、そう突き放しましたが、これも先方では、開戦に向けた段階を踏んでいるひとつ、そう推察されます」
「ふむ、現在残された捕虜はみなロングボウ兵、数は1,000名じゃったかの?
で、肝心の彼らの様子はどうなのじゃ?」
「そうですな。彼らも3年以上我らの手の内で過ごし、我々も魔境伯の『マツヤマ方式』に倣って捕虜を優遇して対処して参りました。
ほぼ全てと言って差し支えない数の捕虜が王国への帰化を望んでおります。
我らも彼らを、戦力としたいのは山々ですが……
かつての同胞に矢を向けることには、彼らも戸惑いましょう。扱いに困っているのも事実です」
「相手が同胞でなければどうじゃな?
領民としての権利と、王国防備の義務、そして一時金を与えて解放するというのは?」
「そうですな、本来は彼らを戦力として囲っておきたいのが正直な気持ちですが、少しでも兵として活用できる道を探るべきと思われます。
幸い、魔境伯領には彼らの同胞が多く住まい、対するのは帝国兵です。この際、東側においては火種と成りかねない彼らを、南で活用してもらえればと思っています」
「!!!」
「ほっほっほ、そうじゃな。魔境伯の話では、帝国との戦は右翼が要となろう。王都騎士団を派遣できぬ代わりと言ってはなんだが、魔境伯よ、新たに1,000名の兵を受け入れる余裕はあるかの?」
「……、はい、もちろんです。戦時に於いてはこの上なくありがたいお話ですが、平時となるといささか頭の痛い話でもありますね。
まぁ、現状としては、そんな事も言ってられる場合ではないのですが……」
「背に腹は代えられん、そういうところじゃな?
我らはこれまで、魔境伯に無理難題を押し付け、彼の活躍のお陰で今日がある、そうと言っても過言ではなかろう。
陛下、ここは王国として支援すべきかと」
狸爺から促され、陛下はゆっくりと話始めた。
「そうだな。当面の彼らの俸給、そして従軍に当たっての一時金の配布、諸々の装備品などの戦時対応、戦後の暮らし向きなどは王国が面倒を見るとしよう。
魔境伯はその辺りの負担を考慮せず、戦力として彼らを活用せよ。
軍務卿、その代わりと言っては何だが、ハミッシュに新たな戦力を補充するというのはどうじゃな?」
「御意、ハミッシュ辺境伯の与力以外、王国東部貴族より抽出した兵を、辺境伯に預ける形で兵力の補填を図るというのはどうでしょうか?
南の辺境騎士団の例に倣って」
「おおっ、それは名案じゃ。して、軍務卿、いかほど出せそうかの?」
「我が配下は北に向けますゆえ、その他貴族から抽出するとして、今年に限り3,000名、平時は1,000名を常備軍として、国境警備に加える形で如何でしょうか?
なお、一たび戦端が開かれればそれに加え、各貴族が旗下の兵4,000名を率い、援軍として馳せ参じまする」
「軍務卿、それは非常にありがたい話です。
我らが再編した兵力5,000名に加え、3,000名が加われば合計8,000! 防衛力が格段に上がった国境の砦に、この数の軍勢が立てこもれば、例え皇王国軍が30,000の軍勢で攻めてこようとも揺るぎません」
「ふむ……、では、東はそれで決まりじゃな。
して、北の抑えじゃが……、軍務卿、どうじゃな?」
「はい、中核となるのは我が配下の3,000名に加え、軍務卿としてお預かりしている5,000名の計8,000名、それに加え、中央の各貴族が主体となる5,000名を配する予定です。
唯一の気掛かりは、コキュースト侯爵の動きです」
「そうじゃな。仮に其方らが北の辺境伯が預かる国境まで進出すれば、前と後ろ、そして足元からも挟撃を、いや包囲される可能性すらあるじゃろうな。
一時的に王国内部に侵入を許すことも止むを得まい。
今となっては北の抑えというより、名目上は東への増援部隊として配置し、奴らの動きを見て要撃する形となるじゃろうな」
「はい、誠に不本意ながら……、ただ幸いにも、後方での要撃ともなれば、防御に有利な地点もあります。
故に、我らが地の利を得ることができます」
「ではそれで決まりじゃな。
軍務卿には負担を掛けるが、どうかお願いしたい。
ゴウラス殿の王都騎士団第一軍が、状況に依っては後詰に入るじゃろう。
そして西じゃが……、先ず皆に伝えたいことがある」
そう言って狸爺は俺の顔を見て笑った。
「フェアラート公国の国王は、誰かの影響か、よほど我らを信頼しているようでな。
先日密使が訪れ、大胆な申し出をなさって来られた。国内の情勢が予断を許さぬ状態となれば、元第二王子の弟御と元第一王女の妹御を、密かにフェアリーを脱出させて我らに預け、その保護を願って来られた」
「な、なんと!」
居合わせた全員が驚きの声を上げた。
もちろん俺も、そのひとりだ。
ってか、それって俺のせいかよ?
軽く睨み返した俺の視線を無視して、狸爺は言葉を続けた。
「儂もな、かの御仁が我らのことをどう評価しておるのか、それは窺い知れぬことじゃが……
この際、後顧の憂いを絶って、ご自身は国を割った内乱を鎮圧される、その覚悟を決められたようじゃ」
一瞬だが誰もが言葉を控え、沈黙した空気が流れた。
言いたいことも多々あるが、それを口にすることも憚られたからだ。
それを見て陛下が言葉を発した。
「余はかの国との友誼を示し、信頼に応えるつもりだ。このこと、他言は無用ぞ」
「お父さま、公国のその申し出は、一国を預かる王として情けない話ではありませんか?
そして少々虫の良すぎる話とも思いますが」
「クラリス、余の気持ちはフェアラート国王と同じだぞ。余とてこの国に万が一のことがあれば、其方と王子をフェアラート公国に託すつもりじゃったからの」
「ですが、お父さま……」
「帝国の例もあるが、兄弟が互いに相手を排除しあう国も多い中、かの王は必死で守ろうとしておる。
万が一彼らが、反乱分子に祭り上げられてしまえば、乱を鎮圧した際、玉座にある者として心を押し殺し、弟や妹を討たねばならなくなるでな」
確かにクラリス殿下の指摘は正しいだろう。
余計な火種は抱えたくない、俺もそう思う。
不平貴族が担ごうとしている神輿が、こちらにあることを知れば、彼らは必ず奪いにやってくるだろう。
だが、そうでなくても帝国との戦いの最中、公国内を掌握した不平貴族が漁夫の利を狙い、復権派がもたらす誘惑に乗る可能性もある。
もう一つの危惧として、不平貴族が神輿を手に入れ、圧倒的に優位となり反乱に成功してしまえば、今度はこの国が更に不利な状況に陥ってしまうのは確実だ。
恐らく双方の国王とも、互いにギリギリの状況の中での決断なのだろう。
「さて殿下、次は殿下自らが御出馬される西の状況じゃが……
現状は魔法騎士団250名に、2,000名の弓箭兵部隊、王都騎士団第三軍の10,000騎であったが、この半年でちと状況が変わりましてな」
「あら、何が変わりましたの?
援軍でも手配いただけるのかしら?」
「王女自らが弓箭兵を率い前線に出られると聞いて、王都の射的場に通う者たちが数倍になりましてな。
そこで腕を磨いて、共に戦わせて欲しいと王都内外から続々と志願して来た者が集まりましてな。
その結果、新たに3,000名も増えましたわい」
やっぱりな……、これもお姫様効果という奴か?
か弱く民に対し慈悲溢れるお姫様が、領民のため自らも前線に出て戦う。
そうなれば民衆はどう動くか、分かり切った話だ。
それが情報封鎖と偽装により、実情のお姫様は全く違ったとしても……、彼らは知る由もない。
「よって先に述べた兵数に加え、その3,000名も帯同させることになった」
ゴーマン伯爵領でもユーカの活躍により、領民の射的場参加が爆発的に増え、彼女と共に戦いたいと、志願してきた女性が後を絶たなかった話もある。
そして戦場においても、ゴーマン兵の士気の上がり方も半端じゃなかったと聞いている。
それが王都の、しかも姫様であればその効果は計り知れない。王都に戻った時のあの人気も、それが原因だったのだろうか?
頭を悩ませつつも、最終的に狸爺が殿下の魔法騎士団親率を認めたのも、これを狙っていたのか?
そう思うと背筋が少し寒くなった。
だが俺も、ちょっと言いたいことがある。
「外務卿、ひとつよろしいですか?
その志願兵、果たして戦力としてものになるのでしょうか?」
「魔境伯の心配はもっともなことじゃの。年明けよりシュルツ殿の第三軍が猛訓練を行い、弓箭兵の動きを仕込んでおるわ。もう少しすれば、それなりに動ける兵士となるじゃろう。心配は無用じゃ。
して魔境伯よ、西の防御ラインはどこに設定するのじゃ?」
「西には押さえておかなければならないことが二つあります。それを踏まえた前提で場所を選定しました。北よりも若干、王国領内に食い込まれますが、これは致し方ないことと考えています」
これは以前狸爺からも頼まれていた、負けないこと、そのリスクを最小限にするためだ。西国境から王都に通じる街道上で、最も防衛に適した場所を選定した。
「一点目は、先ほど軍務卿が北に関してお話されていたことと同様です。
二点目は、敵の魔法兵団に抗するため、こちらに最も都合の良い地形の選定です。
この二点を兼ね備えた場所、西の辺境伯領はもちろん、アクアラート侯爵、イグニスルト侯爵の領地からも安全圏のカイラール寄り、王都より二日の場所、国境との中間地点でもあるクレイラットを防御拠点とします」
「ふむ、川と沼沢地が広がるあの地か……、そうなると国内はいささか動揺するの」
「外務卿のご心配はもっともですが、戦略上の要衝として、何よりも殿下の安全と、負けない算段を整えるためには、この決断は覆せません。
国内の抑えは皆様のご手腕に期待させていただきたいと考えています。
負けないこと、その後、長期間に渡って戦線を膠着させ維持するには、ここしかありません。
最終局面にて、シュルツ軍団長は騎兵を率いて大きく迂回し、敵軍の退路を断った上で、総攻撃をお願いしたいと考えています。
それまで、弓箭兵は基本、陣地にこもって敵に対応するか、逃げる敵の背を討ってもらいます」
「クレイラットと言えば、クレイ伯爵の領地。なるほど、そういう意味もある訳ですな?」
軍務卿の気付きは、俺のもう一つの心配事を的確に指していた。迎撃地点の領主が及び腰ではたまらない。
安心して戦える土地、これも大事な要素だからだ。
この事情は、この場に居るものならだれもが知る、周知の事実だ。
「私はもう少し西側、王国に侵入して来た敵を一気に殲滅できる場所が良いと申し上げたのですが……」
「殿下、なりません!
攻め寄せてくる敵は優に2万を超えるでしょう。
あの地より先は、攻めやすい地はあっても、下手をすると包囲殲滅される可能性もあります。
何度も言いますがここは譲れません」
「くぅっ……」
「ほっほっほ、流石の殿下も、魔境伯には敵わないと見えるな。いやいや、良いことじゃて。
では西は、魔境伯のいう通りにすべきじゃな」
そう、地形の利を活かして守勢に回り、犠牲を極力抑えて、持ち堪えてもらわなければならない。
最悪の場合、しばらく援軍を送れない事態も十分に考えられるのだから。
「で、南はこれまでも議論を重ねてきた。
魔境伯には新手のロングボウ兵1,000名も増えたことじゃし、今更特になかろう?
魔境伯、どうじゃな?」
「はい……、ございません」
信用されているのか、放置されているのか?
ちょっと複雑だな。
まぁ俺の場合、ごく一部にしか伝えていない秘密の対応もある。なので余計な議論は不要ということか……
「ではこの後は、個別の対応に入り定例会議は解散とする。各位は最終決戦に備え、準備に怠りなきよう!
なお魔境伯、この会議ののち、少し個人的に話があるでな。引き続きこの場に残ってもらおう。
後は、この場で報告や共有することが無ければ、散会とする」
なんか、このパターンって……
また、嫌な予感しかしないんですけど。
【お知らせ】
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9月よりしばらくの間、投稿は今までの隔日から三日に一度のペースとなります。
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次回は『涙ながらの依頼』を投稿予定です。
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