カイル王国西部国境にある、フェアラート公国側の関門を奪取し、周辺区域を平定した2日後、俺たちに対して東と西の双方から使者が訪れた。
東は王都の狸爺、クライン総参謀長からであった。
そう言えば……、参謀長って言葉も不思議だよな。戦史物が好きで、ミリオタでもあった俺からすると、何の違和感もないけど。
でもこの言葉は、この国で昔から使われていたらしいし。これももしかして初代カイル王の影響なのか?
なんか、響きは近代の軍事組織だよね……
『魔境伯は西部国境域を平定後、独自の判断で行動をする許可を与える。
これには、フェアラート国王の要請に応じ、公国への援軍として周辺域を平定することも含まれる。
なお、国境付近は確保し続け、王国内への再侵攻を防ぐことを最優先とされたし。
現在カイラールより増援部隊5,000名を、クレイラット及び西部国境の補充要員として派遣しているので、必要に応じて指揮下に入れられたし」
ふむ……、自由な行動と言っている割に、しっかり行動方針を規定してるじゃないですか?
まぁ、毎度のことだけど。
取り急ぎ、俺たちも増援が到着するまでは動けないから、迎撃態勢を整え、陣地構築でもするしかないな。
そう考えたあと、俺はもう一通の書簡に目を通した。
これはサラームの街の元締め、裏の世界にも通じているザハークからの物だった。
『魔境伯閣下にお願いいたします。
現在サラームの街は敗残兵で溢れ、治安は酷く乱れております。敗残兵の数はおよそ1,000名。
解放者として、魔境伯のご来訪を街の住民一同、お待ちしています。
なお、街の城門は我らで内側から開く手筈を整えており、内部から呼応して要所を襲い、敗残兵を攪乱するよう手筈は整えております』
そうか……、彼も中々優秀だな。
諜報と破壊工作、攪乱まで一手に引き受け、それらの準備を独自に整えている。
ハリムの推薦もあったし、戦後には何か役目を与えてみるのも面白そうだ。
裏の世界の事情にも通じているようだし、何故か彼もヨルティアに異常なほど敬意を示しているし。
そんな事を考えながら、関門の公国側に新たに堀を切ったり、出丸を作ったりと、エラン始め地魔法士を中心に工事を進め、バルトやカウルが運搬している通常攻撃用のカタパルトを設置して、関門の防御態勢を再構築していた。
そして翌日の午前、まだ朝も早いうちに、狸爺が言っていた王都からの増援が到着した。
王都からの増援でない者に率いられて……
「殿下、はるばるこのような地まで、『慰問のため』ご足労いただいたことに深く感謝します。
兵たちの士気は、殿下の訪問で最高になりました」
知らせを聞き、出迎えに出た俺は、居並ぶ諸将の前で開口一番にそう言ってのけた。
礼に則り丁重に迎えた俺に対し、クラリス殿下は不機嫌な顔をしてこちらを見ている。
俺が敢えて慰問、そう表現したことが気に入らないのだろう。
殿下の後ろでは、ユーカやカーラ始め殿下直属の護衛たちが、バツの悪そうな顔をしている。
「魔境伯自ら、我ら『増援部隊』の出迎えに感謝します。既にお聞き及びかもしれませんが、クレイラットでの戦後処理はほぼ完了しました。
そのため、クライン公爵の命に従い、こちらに伺いましたわ。
援軍で寄こされた部隊と現地の兵を再編成し、シュルツ軍団長への増援、残留し作業を継続する者、そしてこちらには、魔境伯の力になれるよう、新たな戦いに参戦可能な実戦部隊3,000名を選抜しています」
『ちっ! この戦好きの脳筋娘め、わざわざ置いてきたのに……、あの時素直に引き下がったのは、その後の機会を狙っていたという訳か?
更にこの時間に到着したと言うことは、恐らく未明に途中の宿営地を出発したのだろう。
そこまで急いででも、駆けつけたかったのか?』
俺はそう思ったが、この場でそれを言う訳にもいかない。
「では、先ずは兵たちには食事と十分な休息を。
我らはこれより軍議に入ります」
門前払いをできる筈もなく、一旦彼女を迎え入れ、限られた主要者のみを集め、今後の方針を定める軍議を行うことにした。
招集したのは、ヴァイス魔境騎士団長、ゴルド、ラファール、そして殿下とユーカだ。
そして、着座するやいなや……
「まず、誰かが言わねばならないことなので、敢えて言わせてもらいます。
殿下! 何故クライン公爵の命を無視して、こちらにいらっしゃいましたか?」
「……」
一瞬の驚きのあと、彼女はそっぽを向いた。
俺のカマ掛け通り、きっと彼女には、カイラールへの帰還命令が届いていたのであろう。
「もうここまで来てしまったのは、仕方ありません。不本意ながら我が軍への同道を許可します。
ただし! ここは既に公国であり西部戦線ではありません。なので指揮官は殿下ではなく、反乱軍討伐の任を受けた私です。
殿下の帯同を拒否できる権限が、今の私にあること、それをご理解いただけますか?」
「はい……、承知いたしました」
「では次に、お礼を申し上げます。ここに至る道すがら、ユーカから聞きました。
本来は我らが行わなければならない戦後処理、戦場跡の目を背けたくなる光景を前に、殿下が率先して陣頭に立ち、不眠不休で対応してくださったこと、それにより多くの者が勇気づけられ、迅速に作業が進んだこと、改めて御礼申し上げます」
「私には……、祖国を守るためとはいえ、敵味方を含め多くの命を、惨い戦いで散らせた責任があります。
せめて彼らの亡骸を丁重に葬り、詫びる義務があります。同時に、我が軍で無念に散った者たちのために、この戦の行く末を最後まで見届ける義務も……」
「ほう……」
ヴァイス団長も、彼女の言葉に短く感嘆の言葉を漏らしていた。
ゴルドやラファールなども含め、元は平民であった彼らにとっては、王族、王女殿下など雲の上、そのまた上の存在であり、その彼女の、一般に思われている王族とは思えない真意を、知ることになったからだ。
「そのお気持ちは、敬慕と敬愛に値するものですね。ですので、今回は殿下のご意思を尊重します。
ですが、この先は敵地です。我々は立場を逆にして、思いもよらぬ罠にかかる可能性も十分にあります。
私の指揮権に従い、お命と身の安全を最優先していただくこと、この点はどうかお約束くださいね」
「はい……、承知しました」
「では、これより改めて作戦方針を伝えます。
まず、この関門には1,000名を守備に残します。関門から一歩も出ることなく守りを固めてください。
次に、1,000名は周辺警戒の任に当てます。ここから騎馬で半日先にあるサラームの街からの退路を確保します。
我ら本隊は、騎兵5,000、歩兵1,000名でサラームの街を開放し、ここを橋頭保とします」
「騎兵中心で、防備を固めた街を攻略するとなると、攻城戦になって少々厄介ですな。
街には敵兵以外の者も多くいるでしょうし」
「はい、団長の仰る通りです。ですが、街には城門を開き我らを迎え入れ、各所で破壊工作を行える者たちが既に潜入しています」
俺はここで、ザハークからの書状に書かれていた内容を披露した。
「既にここまで手を打たれていたとは、おみそれしました。流石ですね」
「イエ、オレハ、ナンニモシテイマセン……」
俺は小さく答えた。
これまでもそうだが、俺は結果を知っている、または予測できたからこそ、事前に対策を打てただけだ。
周囲の優秀な皆さんに支えられて。
だが、今を含めてこの先、俺の知らない未来においては、必ずどこかでボロを出すだろう。
いつしか俺は時折、周りの大きすぎる期待、そんなことにも怯えるようになっていた。
「主攻となる騎兵の指揮は団長、お願いできますか?
先ずは大軍に扮して、敵の耳目を集めてください。
細かい段取りは団長にお任せします。
その隙に俺は歩兵を率いて搦め手、街の裏側から攻めます。
ゴルドには関門の防御と、周辺制圧部隊として、2,000名を預けていく。これが俺たちの要だから頼むね」
「応っ!」
「はっ!」
団長に続き答えたあと、ゴルドは恐る恐る手を挙げた。
「ご命令は喜んで承ります。ですが、彼らの指揮について、私は爵位も持たぬ無位無官の平民ですが……」
「殿下、そういうことです。どうかゴルドの後ろ盾となってやってくださいね」
「なっ……」
自身も当然、攻略部隊で参加すると思っていたクラリス殿下は、驚きと不満の声を上げた。
魔境騎士団や王都騎士団第三軍の者たちなら、当然ゴルドを知っており、命令には素直に従うだろう。
だが、留守部隊に彼らはいない。全く縁のない貴族軍や、その他の混成軍だ。
「致し方ありませんわね。総司令官の命令ですもの。その代わりお約束くださるかしら?
サラームの街を攻略後は、私もそちらに参りますよ。それはお約束くださいますよね?」
「……、安全が確認されたのち、ですよ?」
「はい、せっかく異国に来たのに、街を見ずに帰るなんて、勿体ないですわ」
この場は素直に従ってくれて、俺は少し安心した。
ラファールたちの撹乱部隊を先行させ、俺たちはその日の日中にサラーム奪還のため出発した。クラリス殿下とゴルドを守備隊として残して。
そして、夕闇が迫ったころ、サラームの街の郊外まで辿り着くと、本隊と二手に分かれて作戦を開始した。
「これより突破隊形を維持し、防壁内の合図を待つ。
今回先頭は、かつてこの街を訪れて土地勘のある俺たちが務めるので、クレアとヨルティアは俺の左右に。その外側をシグルとカーラに任せる。レイアとシャノンは俺の後ろから離れるなよ。
ブラント、フォルク、最後尾は任せる! シャノンの警戒にいつでも反応できるように」
「はい!」
全員が少しだけ緊張した、それでも微塵の恐れもない声で返事した。
暗闇のなか、俺たちは歩兵部隊の先頭に立ち、ゆっくり進んだ。
剣
攻防攻防
剣剣
索敵攪乱
剣防剣防
鐘(連絡兵)
この隊形、前列の剣の3名が近接戦を対応し、クレアは火魔法による攻撃と炎の壁を展開し、攻防一体となった役割を、ヨルティアは目に見えない重力の壁による防御と、前進の際は重力の壁を展開し、立ちはだかる敵を身動きできなくさせる役目を担う。
夜間攻撃の場合、シャノンは索敵で、敵や矢の攻撃に警鐘を鳴らし、レイアは光による目晦ましを担当する。
後列のブラントとフォルクは、剣での後ろを守るだけでなく、風魔法を展開し矢の攻撃から味方を守る。
この組み合わせが、団長の訓練でも何度も試した結果、少人数で無双できる突入隊形だった。
そして、俺たちが薙ぎ払った後ろを、一般兵が続いていく。
「恐らく先行したラファールたちが、うまく段取りはつけている筈だ。街の人たちには危害が加わらぬよう、気を付けないと……」
「それにしても、余りに無警戒なのが少し気になりますね。本来ならば街の周辺にも常に物見を配置し、警戒しているはずなのに……」
「クレアさんの仰るとおり、篝火だけは盛大ですが、城壁の上から何か賑やかな声も聞こえるんですが」
ヨルティアの言う通り、暗闇の中に潜む俺たちには、時折り賑やかな笑い声のようなものが聞こえていた。
そこにシャノンが俺の脇まで進み出た。
「ご報告します。ヨルティアさんのご指摘とおり、どうやら彼らは……、お酒を飲んでいるようです」
「はぁっ?」
俺はその報告に我が耳を疑い、思わず変な声を上げてしまった。
そこまで士気が乱れているのだろうか?
俺たちは周囲の暗闇の中、煌々と浮かび上がっていたサラームの街を守る城壁を、唖然として見つめていた。
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次回は『サラーム解放』を投稿予定です。
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