論功行賞が全て終わった後、俺と団長、そしてミザリーの三人はそのまま王宮に残るよう言われ、いつも定例会議が行われた一室へと足を運んだ。
そして、そこに居たカイル国王、外務卿たるクライン公爵、内務卿の3人に迎えられた。
「公王よ、わざわざすまぬな。一国の王を呼び出して恐縮じゃが、もうひとつ、大事な話を決めて置かねば、そう思い足を運んでもらった」
「いえ陛下、格段の思し召しにより、身に余る立場の名誉をいただきましたが、私も陛下の臣民のひとり、魔境公にございます。そのおつもりでいただければ」
「ふむ、その言葉に甘えさせてもらい、話を続けるかの。以降は外務卿より話をしてもらうとしよう。
同席する魔境騎士団長ヴァイス子爵、家宰たるソリス男爵、両名とも公王を武と文で支える者として、自由な発言を許可するゆえ、忌憚のない意見を述べるが良かろう」
「はっ!」
「ありがたい仰せ、承知いたしました」
「では早速じゃが、ここからは同じ公爵として、話を進めさせていただこうかの。
これから先、公国と王国で決めねばならんことは山積しておる。今日は先ず、その最初のすり合わせで基本的な事を決めておこうと思っての」
「承知しました。私も同じ思いでした。団長、ミザリーも陛下の仰せもあります。
確認すべきことは遠慮せず発言を」
団長とミザリーが頷くのを見た外務卿は、にこにこしながら用意されたお茶のカップに口をつけていた。
そして、ゆっくりとカップを置くと話し始めた。
「先ずは帝国も注目するヴァイス子爵、軍才ある其方に聞きたい。
帝国内の新領土は広大ではあるが、その分守りに弱い。無防備に腹を晒す形になっていると思うが、万が一の際はいかにして守るつむりじゃな?」
「はっ、今回の交渉の結果得た大地は仰る通り広大で、戦略的な要衝は全てあちらの領地内。
正直これでは守り切れないでしょうな。我らでは軍の数が少なすぎます。
ですが……、要は考え方の問題です」
「ほう?」
「重要なのは旧国境へと繋がる地、事ある時は各地に無防備宣言を出し、そこだけに兵を集中させます。
そして、我らはアイギス同様、いや、それの規模を大きくした要塞線を構築します。
そこさえ確保していれば、機を伺い反転攻勢に出れますからね」
「私からも失礼いたします。
新領土は正直言って広大です。現在の魔境伯領の規模では到底支えきれないでしょう。なので入植計画も現地の産業振興も場所を絞り、いつでも切り離せる前提で計画を作成する予定です。
穿った見方をすれば、賠償という形で私たちに投資し、領地を豊かにさせる過程で、帝国の近隣領は収益を確保し、更に私たちに開発努力をさせた上で、後日成果が出れば奪い取る。
そんな思惑も見え隠れしていますから」
俺も二人の意見には賛成だ。
少なくとも、ジークハルトは帝国への説明で、『そういう予定である』と言い切って、他派の者たちを納得させるだろう。本人にその意思があるかは別にして。
「ほほほ、そうか、そうじゃの。
公王にはしっかりとした参謀が付いていること、改めて安心したわい。ではこの件は任せるとして、王国との国境についてじゃ。こちらも国内の抑えのため、コーネル伯爵を切り離した」
「万が一我らが、王国へ反旗を翻した際には、防衛を担う堤とする、そういうことですね?」
「理解が早くて助かるの。これはあくまでも体面上の話じゃが、子孫代々我らと同じ気持ちの者が、公国を継承するとは限らん。フェアラート公国の例もあるしの」
ん? フェアラート公国が何故ここで引き合いに出されるんだ?
俺はそれが不思議で、不自然に感じた。
「外務卿、どうやら公王はその辺りの事情を知らんだろう。
まぁ、公開されていない秘事ではあるし、無理もなかろう」
俺の疑問顔を見た陛下がフォローしてくれた。
でも……、公開されてない秘事って何だ?
「では、陛下の御意もあるでの、話しておくとするか。
もともとフェアラート公国とカイル王国は、ひとつじゃった。正確には、カイル歴80年、三代目のカイル王の御世に、一部の王族と氏族有力者たちが、新天地を求め公国領に渡ったのじゃ」
その当時から、既に色々あったのか……
なんの理由で?
「その頃になると、北の隣国が滅び、多くの人々がこの国に流入して来た。国が膨張する過程で、氏族の混血に異を唱えた者たちが中心となり、主に火、雷、水、氷の氏族、当時は最も大きな勢力を誇っておった4氏族の一部が、それを良しとせず、結果的に出て行ってしまった形じゃな」
あ! なるほど!
そういうことか。それで公国の魔法士は、非常にアンバランスな構成になっている訳か。
「当時は体面を繕うため、王国側でも分国、即ち公国とすることで、互いに落としどころを付けた。
そういう話じゃ」
「じゃあ公国と言うのは……、王ではないそれに近しい者、公が治める国であると?」
「そういう事じゃな。あちらも国として体裁が整ったのは、300年ほど前のことらしいがの。その後の歴史では、二国で相争うこともあった。そこで話は戻るが同じ公国として、我らも表向きは備えねばならん。
そういうことじゃな」
初めて知った。
そんな成り立ちの経緯があったとは。道理であの四氏族とは、縁が深いわけだ。
では、フェアラート王とカイル王も遠い親戚、そんな感じなのだろう。
かの国にて、魔法第一主義もそこから生まれたということか。
「さて、次の話じゃが、新領地の受領と第一皇子の身柄返還、こちらは年を越したあと、春先までには……、そう考えておいて欲しい。短い猶予しかないが、それに向けて準備を頼む。
また、年内には帰還を希望する兵と、そうでない者のアタリも付けておいてほしい」
「はい、承知しました。この辺り、どうだ、ミザリー」
「はい、帝国兵のうち少なくとも半分近く、それぐらいは帰還を希望することになりましょう。
今のところ、帝国移住者を介して彼らの対応に当たっていますが、特に第一皇子の精鋭、鉄騎兵の多くは帰還を望んでおりません。新しく彼らの主君となるのは、これまでの主の政敵となりますから……」
「ほっほっほ、これで公王は再び、新たな精鋭を手中にする訳じゃな? 結構なことじゃ。
ついでに申せば、クランティフ辺境公よりも言伝があるでの。北部戦線にて、其方の配下の説得に応じ、自主的に投降した者たち、それらは公王に預けると申して居るわ。交渉次第じゃが、呼び寄せる家族と共にな」
「それは有難い話です。戦力も領民も、全く事欠いているのが現状ですし」
「ふむ、余も常々思っておったが、国としてもこれまでの理とは違う、新しきものになりそうじゃな。
きっと面白き国になるであろうな。王国の民に帝国の民、皇王国の民に加え、もうひとつの公国からも移住者の住まう国か……、4国の民が共に暮らす新しき国作り、期待させてもらうぞ」
「はい、陛下。わが地では差別も区別も、一切行いません。まぁ……、住みやすくするため便宜は図ろうと思っていますが、いずれそれらは一つになって溶け合うことでしょう」
「初代カイル王も、人外の民、魔の民、人界の民をひとつとし、新しき国づくりを行われた。
まるで王国の創成期を見るようじゃな」
「微力を尽くします」
「次に其方への賠償金の支払いじゃが、総計164万枚のうち、100万枚は帝国大金貨の50万枚で、50万枚は公国の金貨60万枚で、残り14万枚は王国金貨で支払うものとする。それで了承してくれんかの?」
『げっ! それって両替の手間はこちら負担、そういうことか? 狸爺め、こっちに面倒事を押し付けて来たな』
俺はさらっと言ってのけた狸を、ちょっと睨んだが、向こうは涼しい顔をしている。
「公爵閣下の仰せ、確かに承知いたしました。この場合、我ら魔境公国は、主たる取引先として帝国とフェアラート公国を選ばざるを得ませんが、その点、ご了承いただいたということで、よろしいでしょうか」
ははは、俺が言わずとも、経済や内政では俺の最強の切り札、ミザリーが反撃してくれている。
これは嬉しい誤算だ。
「ふぉっふぉっふぉっ、儂としたことが奥方から手痛いしっぺ返しを受けてしまったな。できれば王国側との取引も、活性化してくれると助かるのじゃが……」
「努力は致します。ですが結果はお約束できかねます。商取引は代金を受け取る側の商人次第ですので……」
狸爺が呆気に取られている顔を見て、俺は吹き出しそうになった。
「まぁ、期待はさせてもらうとしようかの。それにしても公王は果報者じゃの」
そう、ミザリーは一見大人しそうに見える、メガネっ子という表現が似合いそうな美少女顔だ。
まぁメガネはかけてないけど……
だが覚醒した彼女は今や、テイグーンの女王蜂、相手によってはそう恐れられるほど、一刺しできる針を持っている。
「それでは次の話題じゃが……」
狸爺は形勢悪しと思い、話題を変えてきた。
俺は後で、ミザリーが大好きなハチミツを、両手に抱えるほどプレゼントしようと密かに思った。
「新領土の配分じゃが、これは先に内諾を貰った通り、伯爵領相当がひとつ、子爵領相当がここに居るヴァイス子爵を含めて4か所、これだけは確保していただきたい。その他、麾下の貴族については、公王の差配に任せるが、全体の半分以上は公王の直轄としていただきたい」
「はい、それは事前にお約束いたしました通り、現地を見聞した後割り振らせていただきます」
「では最後に、今後の話じゃが、本日以降、男爵以上の叙爵については、公国が推薦した者を王国が認める。面倒くさいじゃろうが、この様な体裁にしてもらえないじゃろうか……」
ん? 蜂に刺された後、狸爺が若干低姿勢になっている気がするが……、気のせいか?
「もちろんです。印綬は王国側に有ります。その点は異存ありません。
ただし、王国が貴族に対し定めた法や戒めのうち、3点、これだけは適用外とさせてください」
そう俺の要望したのは、この3点だ。
ひとつ、権限なし領主に対する定めの無効化
ひとつ、貴族の婚姻統制に関する定めの破棄
ひとつ、騎士爵、準男爵が一代限りの定めの破棄
そう、これは俺にとっていうより、新しく貴族となった仲間たちのためでもある。
特に、今回の論功では非魔法士である者も昇爵したり準貴族となったりしている。彼らを守るためにも、これは欠かせない対応だ。
「そうですね。そういった定め、法についても、基本的に公国は独自の裁量を持つことになります。
その点は陛下もご了承いただいております」
ここで初めて、同席していた内務卿が口を開いた。
そういった制度面、人事は彼の職分なのだろう。
「それでは、その他の詳細は今度定めるとして、大筋はよろしいかの?」
「失礼します。もうひとつ、確認させていただきたい点がございます」
その場を閉めようとしていた狸爺に対し、最後に団長が手を挙げた。
「ウエストライツ公王に於かれては、これまでの辺境伯以上の権限、独自の外交交渉、交戦権、通商自由権、他国との条約締結をお認めいただく、そちらでよろしいでしょうか?
これらは、国としては至極当たり前のことですが」
「そ、そうじゃな。もちろんじゃ。ただ……」
「ただ?」
「交戦権の行使を決断する前に一報をお願いしたいこと、外交上の条約締結に関し、武力に関わることは、締結前に王国にも相談してほしい。我らは云わば、国としては一心同体じゃからの」
「私も公王陛下から、武の部分をお預かりしている身です。
年が明けて後、帝国と結ばれる休戦協定については、ウエストライツ魔境公国はカイル王国の一部として、その条約の対象となりましょう」
そうだった、そうしないとそもそもこの条約が意味をなさなくなる。
その点を明確に線引きしなければならない。
「であれば無礼を承知で申し上げますが、我らはそれにある相互支援に関わる安全保障、これに応じた出兵については、その判断と命令権、更に論功行賞の差配に至るまで、我が主の判断と裁量、帝国側との直接対応を認める。
そう明言、記載いただきたく思います」
これには狸爺も意外な顔をしていた。
団長はあの帝国内にあっても、『政戦両略の天才』と呼ばれた男ですよ。前回の歴史の話だけど……
脳筋の武人や、戦いには強いが戦馬鹿の輩とは、違うんです。
俺はこの世界でも、やっと地位と権限が整いつつあり、本来の能力を発揮しだした団長を、頼もしく見ていた。
「ふむ、帝国が破格の条件で其方を将軍に、そう望んだ理由がよく分かったわ。
余としても其方の懸念、主を慮る気持ち、確かに道理と思われる。
外務卿、そのあたり、公王に配慮した条文を整備せよ。勅命である」
「はっ、確かに」
半面、狸爺は残念そうだ。
どうせ俺たちを、それはそれ、これはこれで良いように使おうと考えていたのであろう。
彼の頭はもちろん、王国ファーストだから。
「ところで最後に公王よ、キリアスの件は其方がクライン公爵に預けた書簡通りに対処したが、それで良いのか?」
「はい陛下、それで構いません」
「では、戦利品については別としようぞ。押収した現有金貨以外で、金塊と旧ローランド王国金貨は、新たに王国金貨に鋳造し直し、全体の三分の一を内々に其方に授ける。三分の一は王家に、残りは外務卿と内務卿、この二人の管理下にする」
「へ、陛下っ!」
「狸爺にそんな慌て顔は似合わんぞ。この秘事を知るのはここに居合わせた者のみ。
特に公王は、論功行賞によって懐事情は多くの者の知るところとなろう」
「ですが……」
狸爺が慌てるのも無理はない。
額が額だからだ。
彼らが残していったものには、グリフォニア帝国金貨、カイル王国金貨、フェアラート公国金貨、イストリア皇王国金貨の他に、今はもう使用できないローランド王国金貨と、金塊があった。
現有通貨はさほど残っていなかったが、すぐには使えない金塊とローランド王国金貨は、相当な量が遺棄されていた。一つ一つに重量があり運ぶのに手間、足がつきやすいとの懸念もあったのだろう。
金塊はおそらく、ヒヨリミ子爵の金山から長い年月を掛けて掠め取っていたと思われる。
「懐事情を逆算し、不逞な考えを持つ者も出ないとは限らん。万を超える兵を抱えるには、今はまだ厳しかろう。そのためのものじゃ。この意味……、分かるな?」
「お心遣い、誠にありがとうございます。謹んで拝領いたします。
我らも基本的には保険とし、迂闊に市場に流し金貨の相場を混乱させることはいたしません。
どうかご安心ください」
こうして、カイル王国とウエストライツ公国の大まかな線引きは定まっていった。
以降、これからの未来のために、それぞれが邁進することになる。
いつもご覧いただきありがとうございます。
次回は『新しい年、新たな歴史』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。
誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。