12月14日に活動報告を更新しました。
書籍化版書き下ろしのちょっとした情報も載せております。
良かったら是非ご覧くださいね。
ゲイルの葬列は、クサナギに留まることなく先へと進んでいった。
彼を荼毘に伏すのはテルミラ、せめて妻や娘たちが見守る中、故郷である旧カイル王国の地で、それがアレクシスの配慮だった。
葬列を見送った後、ユーカはレイモンドに向き直った。
「では、これより私も関所に向かい、受付所のみんなを指揮して参ります」
「ユーカさま、くれぐれもお気を付けて」
「ユーカさま、私は臨時難民キャンプの方に向かい、そちらで受け入れの準備を整えておきますね」
「レイモンドさん、承知しました。クリシアさんもありがとうございます」
そう言ってユーカは、馬に跨るとクサナギを出て行った。
彼らは、二つの理由でイストリア正統教国の民たちを、クサナギではなく以前より帝国側の街道に設けられた関所で迎えることにしていた。
・今のクサナギには、一時的とはいえ街中で一万人を受け入れるのには無理があること
・ゲイルの葬列のあと彼らが街に入り、領民の敵意を受けて万が一のことがあってはならないため
「それこそゲイルさんが命を懸けて守ったことを、台無しにしてしまうわ。
私たちは私たちの戦場を戦い抜くだけよ」
馬上でユーカは、そう呟くと自分自身を叱咤した。
彼女の後にはレイモンドが手配した精鋭が20騎が続いていた。
今回の戦において、クレアは手塩に掛けて育てた魔境公国中の受付所スタッフから、三百名もの人員を招集し応援としてクサナギに送っていた。
そのため、元々クサナギ配属のスタッフを含め、総勢五百名の受付所スタッフのうち二百二十名が関所に集まっていた。
ただ、総力戦かつ南部戦線に遠征軍を派遣したため、受付所の指揮官クラスであったアイラ、クローラそしてライラも今回は従軍している。
故に彼女たちの上に立ち、総指揮を執る者がいなかった。
「お待たせしてごめんなさい、準備はどうかしら?」
「はい、指揮系統となる二十名は全ての情報とこれからの予定は頭に叩き込んでいます。
お客様の到着までに、十名がそれぞれの担当するスタッフにオリエンテーションの内容を伝え、残った十名はユーカさまの周りに配置して、各種伝達や指揮に当たります」
「さすがカミラさん! 完璧だわ。ヨルティアさんが姉さんと呼んで頼りにしていたのも分かるわ。
どうかよろしくお願いします」
そう言うとユーカは彼女の経歴を思い出した。
かつてテイグーンの娼館で『ヨル』を可愛がって何かと面倒を見ていた姉御肌のカミラは、後日ヨルティアの推薦を受けてイシュタルに新設された娼館の責任者となり赴任していた。
その後、良縁に恵まれて夜の世界から足を洗った彼女は、妻として夫に寄り添う傍ら、テルミラで新設された受付所のスタッフとして応募し採用されていた。
受付所で働き始めた彼女は、半年ほどで頭角を現し、今回クレアの指示でテルミラからの派遣部隊を率いてクサナギに来ていた。
『そうね……、女性たちだけで構成される受付所なら、その取り纏めもお手の物よね』
そう考えたユーカは、改めて彼女に微笑むと告げた。
「カミラさん、今回の対応だけど副指揮官として補佐をお願いできますか?」
「えっ? 私はまだ……、受付所に入って一年にも満たない新参者ですが……、良いのでしょうか?」
「ええ、そんなの関係ないわ。上に立てる人は、どこに行っても同じだもの。どうかお願いします」
ユーカは優しく彼女に微笑み、頼りになる右腕を得たことに満足していた。
※
その頃、巫女シオルと共に民たちを率いたラーズは、クサナギへと向かい先を急いでいた。
老人や女子供を含む一行の歩みは遅いが、途中でアレクシスが手配してくれた荷馬車に歩みの遅い者たちを乗せ、進軍の速度を早めていた。
「みんな、クサナギはもうすぐだ! 今夜は仮設とはいえ、ちゃんとした寝床と食事を用意している。
そこまで頑張るんだぞ! 歩けなくなった者、怪我をした者は遠慮なく周りの兵士に声を掛けてくれ」
ラーズは騎馬に乗って何度も隊列を移動しながら、彼らに声を掛けて回っていた。
本来ならば少しでも早く彼らをクサナギに送り届け、随伴する千名を第三軍に復帰させねばならない。
表にこそ出さないが、そんな焦燥感に駆られていた。
『ただでさえ兵の数ではこちらが不利だからな……』
そう思っていた時、彼の眼には母親の手を取り歩みを進める少年の姿が映った。
「おう坊主っ! おっかさんは大丈夫か? 必要なら荷馬車に乗せてもらえるぞ?」
声を掛けられた少年は、母親と思われる女性に何か確認し、黙って頭を下げたものの、特にその申し出もないようだった。
『少しは元気になったか? まぁ……、子供には重すぎる枷を背負っちまったからな……』
ゲイルを刺したあと、自らの罪に気付いた少年は取り乱して錯乱状態になっていた。
斃れたゲイルの遺言を受けたラーズは、その後何度も少年を気遣い落ち着かせるよう努めていた。
彼はゲイルの傍らにいたからこそ、その時の事情は十分に分かっていた。
『あれは不幸な事故だ。そもそも子供の腕で魔物の皮を貫き通すなんて無理な話だ。
同時にのしかかった何人かの体重と勢いがあってこそ、あのような結果を招いたのだからな……』
そう言う意味では、あの時の混乱で誰かは確認できなかったが、同時にゲイルに襲い掛かった者たちの方が罪深い。
だが、その者たちは混乱のなか姿をくらまし、それが誰であったかなど今更確認することはできない。
『子供に罪を負わせて大人たちは雲隠れか……。やり切れんな』
ラーズは少年に対し、あれは不幸な事故だったこと、少年の力では鎧は貫通できなかったことなどを重々言い聞かせ、何かに付けて彼を気遣い声を掛け続けた。
そのお陰もあってか、少年は殆ど言葉を発することがなくなったが、『あの方の家族に詫び、今後は命を懸けて償いたい』とだけ言って、それだけを目的に付いて来ているようにさえ見えた。
そんな中、大人の男性たちのなかにも足を挫いた者、古傷が疼き歩けなくなった者など、何人かより申し出を受けて荷馬車に乗せた者たちもいた。
※
ガタゴトと揺れる荷馬車は、街道に入って整備された道を進むようになって、やっとマシな乗り心地になった。
「ふん、やっとまともになったな。これまでは話そうとしても舌を噛んじまう有様だったが……」
それぞれが真っ当な理由を付け、荷馬車に乗り込んだ男たちのひとりが、低い声で話し始めた。
「ああ、それにしても俺たちはついているな。これも神イシュタールの思し召しだな」
「全くだ。それでこの先、俺たちはどうする?」
「作戦の第一段階は失敗した。ならば第二段階に移るまでだ。
俺たちは奴らの街に入り食料庫に火を掛ける。そうすれば奴らは大量の避難民も抱えているし、それが新たに一万人も増えるんだ。前線に食料を送る余裕などなくなるわ」
「ははは、神の尖兵による進軍は未だに続いているということだ。当人たちも知らぬ間にな」
彼らこそが、アゼルの密命を受けて流民たちの中に紛れ込んだ者たちであった。
低く冷たい笑い声をあげたのは、ガイアの盾が並んでいる中、偽りの家族を無理やり最前列に引き出した男だった。
この男は状況を打破するために、進軍の中で取り入り妻と呼んだ女を仲間とともに大楯に突き出した。
彼女を大怪我させることができれば、人々の憎悪と敵愾心を煽ることが可能と考えていたからだ。
所が事態は、より幸運な方向に転がった。
盾の角に頭をぶつけ昏倒した女を見て偽りの息子が激発し、敵の一人に本来なら所持してはならない筈の武器を持って襲い掛かったからだ。
この好機を逃してはならない!
そう思った彼らは一斉に飛び掛かり、少年を押し倒すと共にその短剣の柄を握り、敵兵に深く突き立てていたのだった。
「ふふふ、あれが敵の指揮官だったとは驚きだったが、もう一度大きな仕事をすべきだろうな。
街に入れば、奴らの指揮官クラスをもう一人血祭にあげるぞ」
「そうだな……、そうなれば今度こそ奴らは怒り狂い、一万人を皆殺しにするだろうよ。そして我らの尖兵共は……、真の意味で神に召されて我らが勝利の糧になるな」
「我らは混乱に乗じて街に火を放ち食料を焼き尽くす。いいな、それまで俺らは教会の説く偽りを吹き込まれて信じた、哀れな流民たちだ。忘れるなよ」
「ああ、我らに闇の氏族の恩寵のあらんことを……、御前を討ち、無念に散ったセルペンス様の仇を討つためにも……」
彼らこそ、かつてアゼルがイストリア皇王国内に根を張り、後任のセルペンスが引き継いだ闇の氏族の生き残りであった。
そんな彼らの謀略をラーズたちは知る由もない。
彼らは保護した流民たちを守り、皮肉にも彼らを引き連れて一路クサナギへと急いでいた。
波乱をもたらす者たちを伴って……。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
第四巻発売記念の投稿も残り一話となりました。
次回からは特別編『もうひとつの戦場②』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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