各軍勢が苦戦を強いられている中、最も早くZ旗に気付いたのは、カイン王国軍と死闘のさ中にあった第一軍、ゴーマン侯爵たちであった。
両軍入り乱れる戦場では、人馬の上げる喧騒に紛れて鐘の音も届きにくい。
最も本陣に近い位置で戦っていたからこそ、いち早くそれに気付いたのはむしろ当然のことであろう。
「報告します! 本陣で鐘が連打されZ旗が上がっております!」
「デ、アルカ……」
部下の報告にゴーマン侯爵はただ短く答えただけだった。
振り返ると蒼穹には四つの三角旗がたなびき、上から二番目にZ旗が雄々しくはためいていた。
「これは……、急ぎ左翼に下命! 敵の攻勢を受け流すよう専念し正面に立ちはだかるな!」
「そ、それでは、突破されますっ!」
部下が驚くのも無理なかった。
これまでは突破されないように努め、必死になって立ちはだかっていたのだから。
故に彼らは、何とかぎりぎりのところで踏み留まっていた……。
「突破させてやれ!」
そう言ってゴーマン侯爵は不敵に笑った。
「??? はっ!」
副官は主君の意図が全く理解できていなかったが、ただ平素は一部の例外(ユーカやタクヒールの前)以外では、絶対に笑顔を見せない主君の笑みを信じるしかなかった。
彼は指示に従い伝令を走らせるととともに、『徹底抗戦』から『受け流せ』の変更を伝える旗を各所に掲げさせた。
これを見た将兵たちも、訝しがりながらもその指示に従った。
※
戦場では頑強に抵抗していたゴーマン侯爵軍も遂に力尽き、カイン王国軍の猛攻に抗し切れず、今まさに引き千切られたかの如く突破を許していた。
「敵陣突破っ! 突破しましたぁっ」
少なからず損害を出しながらも、半ば狂気じみた攻勢により敵陣を突き破ったカイン王国軍の士気は大きく沸き上がり、突破と同時に歓声が上がった。
「これより左方向に反転、奴らをバリスタと挟み撃ちにして殲滅する! 我らの手でこの戦いの勝利を決定付けるのだ!」
「「「「応っ!」」」」
カイン王国の第二王子が剣を掲げて大きく叫ぶと、兵たちも大きく応じた。
敵陣突破により圧倒的に優位な位置を確保した彼らは、この戦いで勝利の立役者となることを確信していた。
緒戦では無様に敗北し、バリスタも全て奪われるという大失態を犯していたため、侵攻軍の中では最も下風に見られる屈辱に、主君ともども耐えてきた。
それゆえ雪辱を晴らすために死兵となって戦い、今その努力が報われようとしていた。
彼らが敵軍の背後を衝いて勝利を決定付けるため、反時計回りに弧を描くよう馬首を巡らせた時だった。
一陣の風と共に凄まじい勢いの矢が彼らを襲った。
「がっ!」
短い悲鳴だけを残して、先頭を駆けていた数十騎が人馬もろとも吹き飛ばされた。
遥か先より飛来した、まるで槍のような強烈な勢いを持った百本の矢に、後列の歩兵たちも鎧もろとも貫かれていた。
「矢だと? 信じられん!」
「どこから飛んできたんだ!」
「こんな威力でか?」
「敵のバリスタに警戒せよ!」
戸惑う彼らに対し、間髪入れずもう一斉射が襲ってきた。
どこからともなく飛来した、強烈な矢の洗礼を浴びた彼らは、反転途中で勢いが止まり立ちすくんでしまった。
※
通常では考えられない射程と弓勢で攻撃を加えたのは、特火兵団が誇る100名の長槍部隊だった。
彼らはロングボウ兵の中でも選び抜かれた精鋭、そこに一点強化の風魔法を得意とする魔法士が支援し放たれたもので、その射程は優に500メルを超える。
「たたみ掛けろ! これより連続斉射用意……、撃てっ!」
特火兵団の副隊長であるグレンは続けざまにもう一射、長槍を放った。
長槍部隊の指揮を彼に任せていたアレクシスは、二射目が放たれる間に騎馬を駆り、一気にカイン王国軍との距離を詰めていた。
彼が率いる1,900名のロングボウ騎兵は、200メルまで距離を詰めると、直ちに射撃体勢に入った。
「これより奴らを殲滅する! 鐘、三打始めっ! 斉射三回!」
長槍の第二射の猛威によって一瞬静まり返った戦場に、澄んだ鐘の音が響き、風魔法に導かれた1,900本もの必殺の矢が放たれた。
「敵の攻撃っ、来ますっ!」
北側の空を黒く染めるように飛来する矢は、正確にカイン王国の将兵たちに降り注いだ。
「何故だぁっ!」
カイン王国第二王子の絶叫が響くなか、猛烈な矢の嵐をまともに受けたカイン王国軍は次々と斃れていった。
「後方の退路……、ありませんっ!」
これは、長槍攻撃から通常攻撃に切り替わったと判断したゴーマン侯爵が、一度開いた陣を再び閉じ、彼らの退路を遮断しつつ左端の部隊を反転させ、半包囲するように動いていたからだ。
逃げ場のない戦場で、彼らは一方的にロングボウの猛威に晒された。
「俺は……、俺は、新たな領土を獲得した栄誉により、あの無能な兄を廃して新王に戴冠……」
それは二度目の一斉射撃を受け、その損害の大きさに呆然となったカイン王国第二王子の発した、最後の言葉だった。
無謀な突撃でゴーマン侯爵軍の精鋭を押し破り敵陣を突破した彼らは、長槍部隊の攻撃で攻勢の限界点を迎えると、今度はアレクシスの行った僅か三連射で致命的な損害を受けて……、壊滅した。
※
カイン王国軍が、もはや軍として機能しなくなった状況を見たアレクシスは、直ちに次の行動に移っていた。
「残兵の対応は第一軍に任せ、我らは中央のゴーマン侯爵の側まで前進! 反撃により敵のバリスタを無力化する!」
アレクシスの指示に従い、ロングボウ騎兵たちはゴーマン侯爵軍の後方に並ぶと、隊列を整えて直ちに風魔法で飛距離を延伸させた長射程射撃を開始した。
「長槍を使用せずバリスタを破壊できますかな?」
長槍部隊の指揮を終えたグレンもアレクシスに合流し、駒を並べて話しかけた。
「言いたいことは分かります。あくまでもこれは長射程の制圧射撃ですからね。
ですがバリスタを移動させるのには人馬の力が不可欠です。それに加え、装填手や射手が逃げ出せば、無力化したに等しいでしょう。それに、我らは次があるため先を急ぎますし」
「長射程を誇る相手には長射程の制圧射撃を、ですな? これで奴らはもう、迂闊には前進できなくなるでしょうな」
彼らの言葉通り、移動式バリスタの機動力を支えていた敵軍の人馬は、一斉射で二千本もの矢を放つ彼らの攻撃を受け、算を乱して後退していった。
三百基ものバリスタを前線に遺棄して……。
「では予定通りグレン殿は一千騎を率いて第二軍の支援を、我らは帝国軍の支援に動きます」
「承知しました! 第三軍の方はよろしいので?」
「マルスさん始め各隊長は百戦錬磨です。守りに徹すれば倍程度の敵軍なら持ちこたえてくれるでしょう。今はこちらを支えることが急務です」
「なるほど……、では我らも急ぐとしましょう」
アレクシスが後方を仰ぎ見ると、グレンもまた後ろを振り返った。
そこには先程の気球の左側にもう一つ、違った並びの旗をはためかせた気球が上がっていた。
Z旗は、二番目の三角旗と四番目の三角旗の下にたなびいていた。
『総司令官は予め指示を出していたのか……。今もなお我らを気遣っていただいているのだろうか?
我らはとうに覚悟を決めているというのにな……』
グレンは黙って空を仰ぎ見ると、1,000騎のロングボウ騎兵を率いて駆け出した。
要となる敵を撃破したのち、壊滅の危機にあるカーミーン子爵らの軍を救い、半包囲されているソリス侯爵を支援すれば、この方面の戦況は逆転し一気に勝利へと結びつけることも可能だろう。
それほどまでに千名単位のロングボウ兵の破壊力は大きく、戦局を変えるカギとなる。
ヴィレ王国軍とリュート王国軍を撃破できて初めて、未だ圧倒的な戦力を擁するイストリア正統教国軍とまともに対峙できる。
アレクシスの基本方針は、それまで特火兵団の使いどころを考えて温存し、一気に戦局を変える場面で使用することにより勝利へと結び付けることだった。
そしてもう一つ……、彼らにはできる限り同胞に矢を向けさせたくない。そんな思いを抱いているのだろう。
戦理に適った対応だけでなく、グレンは総司令官の思いを感じずにはいられなかった。
ただ、事態は彼らの思うようには進まなかった。
戦場で彼らの動きを冷徹に見つめていた男がいたからだ。
勇と勇、智略と智略のぶつかり合いは、この後もまだまだしばらく続くことになる。
明けましておめでとうございます。
ニドサンも連載開始から3度目の新年のご挨拶となりました。
旧年中も格別のご愛顧・応援を賜り、まことにありがとうございます。
どうか本年もよろしくお願いいたします。
今年は奇跡の九連休と言われておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
私の年末年始は、2025年に刊行予定の五巻、この第二稿を完成させるための修正や図案作成、キャラデザなどの対応三昧です。
そう言えば……、去年のお正月も皆が集まった実家で、ひっそりと二巻のゲラ校正作業をしていたような(笑)
次回は1/5『要らざる者たち』を投稿予定です。
ちょっと敵将にも面白い人物が出て来たので、次回は少し掘り下げたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。
折角なので毎回御礼をすべき? とも悩んでいますが、そもそも誤字の多過ぎる私は御礼メール自体が迷惑メールにならないか?
そんな悩みを抱え、今は少し遠慮しております。
この場で改めて、誤字修正いただいた方のお名前はちゃんと確認し、都度感謝しながら修正ボタンを押しています。
いつも本当にありがとうござます。