2/12 新連載及び五巻に関する活動報告をUPしました。
クサナギを出て三週間弱、俺たちは遂に帝国軍と敵国が対峙する最前線、ビックブリッジの北西で騎馬なら一日弱の距離にまで辿り着いていた。
もちろんここまでの移動距離は半端なものではなかった。
この時代の地図のため、縮尺が不正確でおおよその距離でしかないが、おそらく2,000キル程度は走破してきたと思う。
俺たちはここに至りアクセラータの意見具申を受けて、情報収集のため進軍を停止していた。
この辺りより先は、敵軍の哨戒網に掛かる可能性もある。
「夏の盛りは終わったとはいえ、ここまで来るとかなり暑く全く気候が違うな。まぁ……、よくここまで来たよな」
俺は目の前に広がる全く異なる植生の大地、風景を眺めながら思わずそう呟いていた。
少し前までは敵軍の目を避けるため、わざと荒涼とした不毛の大地を移動してきたが、前線に近づくにつれ一気に景色が濃密な緑に覆われるよう変わっていた。
「仰る通りですね。自分が参加しておいて言うのもおかしな話ですが、私もこの速度で超長距離を移動した軍の話など聞いたことがありません」
俺の独り言に団長が反応してくれた。
凡そだが日本地図に置き換えると、北海道の端から九州の端ぐらいまで騎馬で走り抜けたことになる。
俺は彼方(日本)での歴史知識から、モンゴル軍の騎兵戦術を参考にして軍に取り入れていたが、まさか自分自身も彼らの大移動に似た真似をするとは思ってもみなかった。
「さて団長、情報が集まる前の前提だけど、基本方針は先ずビックブリッジ砦に入城する方向で問題ないよね?」
「そうですね。古来より援軍のない籠城ほど空しいものはありませんからね。士気は日々低下し糧食などは減る一方でしょうし。ただ……」
「ただ?」
「普通であれば数万の大軍に包囲されている味方の砦に、一万に過ぎない我らが包囲を抜けて入城するなど、不可能な話なんですけどね」
不可能と言いつつ、団長は不敵に笑っている。
そう、俺たちは不可能とは思っていないからだ。
「味方の士気を上げる必要もあるし、普通ではない俺たちは包囲網の一角を突き崩し、堂々と入場するとしましょうか」
そう答えて俺もまた笑った。
このあたりの戦術など、道中で団長と散々議論してきたからだ。
俺たちに確認が必要なのは、いつ、どの方角から敵軍を打ち破り入場するか。それを決定付けるための情報だけだった。
そして今は、その情報をもたらすアクセラータを待っている。
しばらくすると、アクセラータが戻って来た。
途中で合流したらしい伝令と思しき者と合流して。
早速俺たちは、彼らのもたらしてきた情報を確認することにした。
「この者がもたらした最新の情報では、砦を包囲しているのはスーラ公国軍が約五千、ターンコート王国軍が約二万五千となります」
「それに対しジークハルト殿と麾下の兵力は健在、そういうことだな?」
「はい、そのようです。我が主君はこれまでの防衛戦でスーラ公国軍五千と、ターンコート王国軍五千をそれぞれ討ち取りながら、損害は皆無と聞き及んでおります。現在は砦に二万名以上の兵が健在です。
どうやら敵軍は力押しでは敵わぬと考え、今は包囲戦に切り替えた模様です」
そうか……、妥当な選択だな。もはや第三皇子側には援軍も期待できない状況なのだから……。
例え難攻不落の要塞でも、大軍で包囲さえしておけば身動きが取れず、周辺領域は敵軍に実効支配されてしまう。待っているのは自滅だけだ。
「失礼、それではスーラ公国軍が少なすぎはしませんか?」
そこで団長が言葉を挟んだ。
おそらく俺と考えていることは同じで、あくまでも確認のためだろう。
「およそ五万近い兵は主に新領土の南側へと展開し、領地の実効支配を進めているようです。
そのため我らはグラート殿下とも未だ連絡が取れないようで……」
なるほど……、ここが一番の課題といえるな。
第三皇子の生存、これは最も大事なピースだが、彼らは無事を信じている。
今の状況では俺たちも、その前提で動くしかない。
「ところでその他の敵軍はどうなっていますかな?」
「ヴァイス将軍のご賢察通り、我らにはまだ多くの敵が存在します。エラル騎士王国軍一万は未だにエンデ西方で我が軍と睨み合っているようです。
そして肝心のエンデは……、帝都を発した三万の軍勢により陥落した模様です」
そうか……、とうとう第一皇子が牙を剥いたか。
普通に状況を見れば、第三皇子の陣営はもう詰んでいるしな……。
「では状況として三万名の包囲軍、五万名の軍勢が南に控え、エンデには三万の敵軍、その北西には一万か……。つまり味方は十二万の敵に包囲されていることになるな。
予想していたこととはいえ……、震えるな」
片や確認の取れている味方は砦に二万ちょい、エンデの抑えに八千、そして俺たちの一万……。
第三皇子の消息が不明の今、俺たちは合計でも四万程度でしかなく、敵の総数は三倍だ。
「タクヒールさまの仰る通り、今から武者震いしますな」
いや団長……、相変わらず不敵に笑ってますけど俺はそっちの震えじゃなく、どっちかというとガクブル……。
だけどきっと周りには、そう映っていないのかもしれない。
いつだったか、どこかの国の王様が俺のことを、どんな不利な状況すら覆す『不屈の知将』とか『常勝将軍』などと喧伝してくれたお陰で俺は……。
俺だって他人が抱く自分のイメージがぶっ飛び過ぎていて辟易としているんだから……。
誰か変わってほしいとさえ思うほどに。
まぁ仕方ない。これも俺たちの未来のためだ。
俺が大きな息を吐くと、アクセラータは彼が連れてきた伝令に目配せした。
「こちらが敵軍の配置図になります」
彼はどうやらジークハルトが俺たちの到来を予想して放っていた使いらしく、最新の敵情を詳しく記した絵図面を差し出してきた。
それによれば砦の西側にはスーラ公国軍が、南と東にはターンコート王国軍が展開している。
「ふむ……、敢えて北側を空けている訳ですな? これはわざと包囲網に穴を開け、逃げる軍の背を追撃するため、更にはエンデからの軍と挟撃する。
そういった意味もあるのでしょうな」
団長の言う通り、おそらく第一皇子はエンデを起点に南へ進出し傍観者として陣を構えているのだろう。
砦を放棄し追撃を受けてボロボロになりながら帝国領に逃げ込んで来た味方を、『帝国の新領土を損なったうえ敵に背を向けて逃げ出した卑怯者』とでも言って討つ算段だろう。
悪辣だな……。
だが……、今ならこの状況、使えるな。
ここで俺は新しい作戦を決断した。
「ではまず、ケンブルナ商会の会頭に尋ねたい」
「は? はっ!」
いきなりそう呼ばれアクセラータは挙動不審になったが、俺が敢えてそう呼んだのには理由があった。
今回の遠征に先立ち、彼らがケンプルナ商会として持ち込んだ荷物について確認したかったからだ。
「これまで一種類しか使用することはなかったが、商会が持ち込んだ帝国軍の旗印はどちらの陣営の物もあったな? 今回はもう一方を使用させてもらいたいが、異存はないか?」
「は、はいっ!」
「団長、これでどうかな?
これより俺たちは新たな旗印を掲げ砦の北側に移動する。然る後、南に転進して友人から晩餐のもてなしを受けるため、会いに行こうと思うけど」
「問題ないかと思います。おそらく多少賑やかな深夜の訪問になりますが、きっと遠路旅をしてきた我らを温かく迎えてくれることでしょう。来訪を告げる合図は派手に行きますか?」
「今回は地味に行こうと思う。東側に押し掛けた来客には非礼を咎め、這いつくばって詫びていただこうかな。その際には南と西で待つ来客に対しても、何か手土産があると良いかな?」
「はははっ、そうですな。丁重なご挨拶ができるよう準備に入ります。
なお我らが入城するする際は、アクセラータ殿たちには『花道』の案内をしっかりとお願いしますぞ」
俺と団長の会話を聞いていたアクセラータと使者は、当然ながら頭の上に『???』を盛大に浮かべて聞いていた。
今はそれでいい。俺たちだけで話が通じていれば。
「ところで使者殿にはもう一点確認したいが、砦の糧食はどうなっている?
なんせ俺たちは大喰らい(大人数)だ。迷惑な客となっては本末転倒だからな」
「はっ、五万の軍勢が三か月は優に持ちこたえる量が備蓄されております。
それに加えて砦の周囲に広がる広大な水田から、相当量の収穫(米)も刈り取りが終わりましたので、優に半年は問題ないかと……」
「了解した。滞在中に米の飯が楽しめるのは嬉しい限りだ。もてなしを受けるにためにも、せいぜい土産はしっかりと持っていかないとな。
団長、これより直ちに移動を開始して北側から入城する、それで問題ないかな?」
(いえ、それでは敵に露見してしまいます!)
「はい、当面入城までの方針は定まりましたので問題ありません」
(方針も何も、旗の話しか……)
「では、これより俺たちは友人に会いに出発する! 不躾な来客を蹴飛ばして、な」
(三万の軍に対し一万で、ですか? そんなことができる訳が……)
まぁ、団長以外にアクセラータの声なき声が聞こえたような気がするけど、俺は敢えてスルーした。
さて、ここからが本番だ!
先ずは俺たち一万の軍勢で、三万の敵軍を翻弄してやる!
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
今回のタクヒールと団長の意味不明な会話は、次回で何を指しているか明らかになります。
ぜひ2/20公開の『深夜の訪問客』も楽しみにしていただけると幸いです。
◆お知らせ
2/12に活動報告を更新いたしました。
明日より(AM7時台に三話)公開される新連載、もうひとつの『ニドサン』に関する情報と、五巻の制作情報について書かせていただいております。
こちらもどうぞよろしくお願いします。