各魔導砲から発射された数百の金属球は、大気を切り裂いて飛翔すると布陣した第一皇子軍の後方、1キル先の大地に着弾した。
大地は轟音を上げて抉り取られ、濛々とした土煙が上がる。
「ヒィッ」
思わず第一皇子は小さな悲鳴を上げて暴れる乗馬にしがみ付いた。
かつての忌まわしい記憶、テイグーン攻防戦で見せられた恐怖をまざまざと思い出したからだ。
「おいっ! あれは……」
「ああ、俺はかつてあれを見た。魔王の鉄槌だ」
「もうだめだ、撤退すべきだ……」
「おい、着弾したのは俺たちの遥か後方だぞ! それがどういう意味か分かっているのか!」
激しく動揺する第一皇子より、かつて親衛軍として従軍していた者たちのほうが、正確に状況を理解していた。
警告射撃と言っていた通り、自分たちには全く被害はなかったが、着弾した後方の大地は各所で抉り取られて完全に風景が変わっていた。
それが未来の自身の運命だと物語るように……。
「これで十分に分かったであろう。迂闊にもお前たちは、既に射程内深くに入っていることを。
お前たちに逃げ場はない。今お前たちの生殺与奪を握っているのは我が軍だということを決して忘れるな」
「ま、まさか魔王が……」
「そんなはずはない! どれだけ距離があると思うんだ!」
「奴は今、遥か北で敵軍と戦っていると聞いたぞ!」
「ではあの兵器が何故ここにあるんだ!」
ある程度事情を知る指揮官クラスすら激しく動揺し、収拾の付かない状態になっていた。
まして真実を告げられた兵士たちは言うまでもない。
「どうだ分かったか? 知っている者もいようが、これは我が友の戦術だ。他に真似ようがない。
お前たちは国土を切り売りしなければ味方は集められん。だが俺には、支えてくれる友がいる。
将兵たちよ。帝国への忠義とはなにか、今一度立ち返り考えるがいい」
第三皇子の放ったこの言葉は、反乱軍に所属していた兵士たちにとって止めともいえるものだった。
今にも彼らは武器を捨てて投降すべく動き出そうとした、その時だった。
「殿下っ! 今すぐ総攻撃のお下知を!」
最悪の状況で誰もが呆然としているなか、最前列まで騎馬を押し進めて来た老将が第一皇子の脇で叫んだ。
これまで何かとブレーキ役だった彼は、今回も疎まれて最後尾に配されていたのだが……。
「ハーリー、しかしあの攻撃では……」
「何を呆けていらっしゃるか! このままでは全てが終わりますぞ!」
彼だけは未だ戦意を漲らせており、先ほど攻撃を放った砦を睨みつけていた。
危機迫る状況にあっても、その顔には自信が満ちていた。
「あの投石器の威力と射程は想像を絶するもの、確かにそうです。ですがそれは、我らを正確に狙えればの話です。後退こそ敵の術中にはまり射程内に飛び込む愚行ですぞ!」
「ど……、どういうことだ」
「お判りになりませんか? あのような大仕掛けの投石器が射角の調整など簡単にできるはずかありません。なれば前進して、我らも秘匿兵器で焼き払えばすむことです」
「それで……、勝てるのか?」
もはや第一皇子は、先ほどの攻撃で完全に戦意を喪失しかけていたことを看破したハーリーは、独断で指揮権を奪い取った。
「もはや死中に活を見出すまで、魔法士部隊は我に続けっ!
兵たちよ、敵軍の謀略に惑わされるな! 前に進めばあの攻撃は飛んで来んわ!」
そう言うと、ハーリー直属の兵とフェアラート公国反乱軍に属していた魔法士たちを引き連れ、一斉に駆け出した。
「我らが矢除けになる! 300メルに達すれば火魔法と雷魔法で城壁上を薙ぎ払えっ」
彼の言葉に従った者たち、300騎の集団が30騎の魔法士たちを取り囲みながら続いた。
※
魔導砲の一斉射撃で反乱軍の士気は下り、これでカタが付けばと願っていた俺たちの期待は裏切られた。
先頭を駆ける三百騎あまりの集団に釣られ、帝国軍もじりじりと前進する気配を見せ始めていたからだ。
「ほう、敵軍にもなかなか気骨のある者はいるようですな。自らを贄にして士気を回復しようと突貫を試みるとは。しかしあの攻撃……、ただの突貫に思えませんな」
確かに団長の言うとおりだ。『勇将の下に弱兵なし』とはよく言ったものだと思う。
大掛かりな魔導砲の弱点を逆に突いてくるとはな……。
しかも嫌な予感がする。
「各魔導砲に伝えろ! 各自砲から大至急距離を取れ!
殿下も一旦後方に引いていただくようお伝えしろ! 周囲の帝国軍にも退避勧告を!」
そもそも魔導砲は目立つ。城壁上に設置しているためその威容は敵陣からもよく見える。
逆に言えば格好の目標物にもなりかねない。
ヨルティアが一人で三役こなす事情もあって、三基とも隣接して設置しているので殊更目立ってしまう。
「クリストフに下命! 現配置より急ぎ西側に移動して『長槍』による攻撃準備!
同時に特火兵団も移動後に制圧射撃を準備させよ!」
俺はこの時、防衛戦の指揮系統を無視して独断で対処に動いた。
いちいちお伺いを立てていたら間に合わないと判断したからだ。
「敵の騎馬隊、300メルの位置で一旦停止しました。
城壁上の帝国軍はカタパルトの発射準備に入った模様です!」
「ふむ……、何かやってきますな? 私は下に降りて魔境騎士団の出撃準備に入ります」
団長の言葉通り、俺も何かを感じる。
この期に及んで奴らは、意味のない攻撃などしてくるはずがないからだ。
「退避は?」
「一番から三番、内側に退避完了しております!」
「グロリアス殿下も一旦庇の中に入られました」
「特火兵団、北側城壁の西端に移動しております。間もなく配置に付きます!」
その報告とほぼ同時に、空に轟音が鳴り響いたかと思うと閃光が魔導砲を貫いた。
その直後、空から業火の塊が魔導砲目掛けて降り注いだ!
「くそっ! やはりか!」
あれは見間違うこともない、フェアラート公国の魔法兵団による殲滅攻撃だ。
やはり奴らはまだ生き残っていたのか!
「タクヒールさまも退避をっ!」
そう進言して来たウォルスは、懸命になって水魔法を展開し俺の居る場所まで火の手が及ばぬよう支えてくれていた。
城壁上の帝国兵たちは、大慌てで逃げ惑っている。
「俺はいい! このままでは第二射が来るぞっ! 鐘は無事か? 連打ののち三打始めさせろっ!
長槍による反撃が最優先だっ!」
鐘の連打が始めれば、俺の無事は皆に伝わるだろう。
彼らならそれで以前の命令通り、自身の役割を果たしてくれるはずだ。
※
魔法士たちの攻撃により、彼らの命を奪う敵軍の兵器が炎に包まれると、意気消沈していた第一皇子とその帷幕の者たち、そして帝国兵の一部は大きな歓声を上げていた。
「ははは、無様なものよ。大言壮語の結果があの様か! 我らにも秘匿兵器(魔法兵)はあるのだ。
もはや我らを脅かす兵器は失われた。この機に乗じて全軍は総攻撃に移れ!」
意気消沈していた第一皇子は俄然勢いを取り戻し、攻撃命令を発していた。
それに呼応した兵たちも、一斉に動き始めた。
「いや……、いいのか? 軍使を送り交渉の途中で攻撃するなど、許されない行為と思うが……」
「そうだな、俺は先程の話を忘れていない。このような騙し討ちを行うなど、帝国軍の栄誉にも関わる」
「やめだやめだ、俺はもう馬鹿らしくなってきたぞ」
「我が隊はこの場にて静観せよ! 攻撃参加はまかりならん!」
「全軍、一旦隊列から離れろ、我が隊は退路を確保する!」
第一皇子率いる三万の軍勢の中には、そういった疑念の声を上げる者もいた。
彼らは三万の軍勢の中で少数派であったため、具体的な反逆までには至らなかったものの、戦線参加することは避け、自軍を統率して静観することを決め込んでいた。
ここに第一皇子率いる帝国軍約二万五千と、ビックブリッジ砦守備軍との激闘が始まろうとしていた。
城壁中央に配されていた魔導砲は業火に包まれ、北側の城壁上では各所から火の手が上がり、それらを迎撃する手段は失われつつあった。
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次回は5/8『受難の始まり』を投稿予定です。
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