最後に臨時更新の詳しいお知らせがあります。
次回から五巻発売を記念したSS、特別篇を5/18より三日連続でお届けします。
一旦撤退を決めたあと、第一皇子の逃げ足は第三皇子が想像した以上に早かった。
もちろんその過程で足の遅い歩兵たち、荷駄隊などを打ち捨てて逃げていたからに他ならないが、他にもう二つ、彼が戦場より離脱することに成功した理由があった。
一つ目は、最後まで第一皇子に忠義を示した二千名ほどの兵が、命を賭して追撃して来た敵兵に立ちはだかったからだ。
主に彼らは主人を失ったハーリー麾下の兵たちであったが、これには追撃する側の第三皇子もその忠義に感じ入り、少しばかり心の痛みを感じずにはいられなかったという。
二つ目は、南側から攻め寄せていたスーラ公国軍の攻勢が尋常ではなかったことだ。
これまで彼らはずっと攻めあぐねており、城壁に傷すら付けることが叶わなかった。
そこに一時的とはいえ、参戦したばかりの第一皇子軍が忌まわしい敵軍の城壁を業火に染めたのだ。
北側の城壁を包んだ盛大な炎は、反対側に位置した彼らからも見えた。
それまでは様子見で、北側の戦況の推移を見守ってきた彼らは驚愕し、このままでは面目を失うと焦り必死の攻撃を始めざる得なかった。
このような事情により第三皇子の軍は、追撃だけに夢中になることは許されなかった。
「グラート殿下、そろそろお引きくだされ! 名将と呼ばれる方は引き際も弁えていること。
これを忘れてはなりませんぞ!」
これまでに失った部下を悼み、復讐の炎を胸にたぎらせて猛追していた第三皇子は、このヴァイスの言葉で我に返ると追撃を諦め一旦軍を引いた。
実のところ第三皇子の側近からは、既にこのような直言ができる者たちは失われていた。
そういった者たちは皆、大敗を喫した初戦にて、主君を逃すため『捨て奸』の作戦に身を投じて散っていたからだ。
そんななか、客将といえど敢えて非礼を犯してでも第三皇子をたしなめる、胆力と冷静な目がヴァイスにはあった。
正にそれこそがジークハルトが期待した『御守り』であったと、後でその話を聞いたタクヒールは苦笑せずにはいられなかったという。
「ヴァイス将軍、直言に感謝する。あのままでは復讐心に駆られ、俺は大事なものを見失うところであったわ。
して、これからどう動くのが良いと将軍は判断するかな?」
「はっ、寛容なるお言葉に感謝いたします。
さすれば今は、この流れに身を任せるのも良いかと思われます」
そう言われて第三皇子は意外な表情をして、思わず苦笑してしまった。
「先ほど追撃を止めろと言っていたのは其方だと思うが?」
「追撃は愚策ですが、攻勢を止めるのもまた愚策。先ずは帰順してきた兵たちを掌握し、このまま全軍を率いて戦場を迂回し、南側より攻勢を仕掛けているスーラ公国軍の背後を襲うべきかと」
これは大胆な提案であった。
第三皇子の率いる軍は今の戦闘で多少は数を減らしているとはいえ五千騎でしかない。
それにヴァイスが率いて戦場へと進出した魔境騎士団は八千騎。
合わせて一万三千の兵力で四万弱の敵軍に当たるべしと言っているのだから……。
そんな第三皇子には構わず、ヴァイスは言葉を続けた。
「今や敵軍は南側の城壁に取り付かんと必死に攻勢を仕掛けております。彼らが北側で友軍の敗北を知り、体制を立て直す前に襲うのです! 砦にいる我が主も、この好機を見逃すはずがありません」
「なるほど、流れを一気に我らに持っていく訳か……。だが其方の軍と我が軍、合わせて一万三千でそれができるかな?」
この時の第三皇子の指摘は正しい。
だがヴァイスも根拠なしに大言壮語を吐くような男ではなかった。
「ふふふ、戦は数でするものではありません。通常であればこれは弱者の逃げ口上となりますが、時には真実ともなります。戦いとは常に人が行うものです。周到な準備と作戦は大前提ですが、『機』と『流れ』は今、我らにあります」
そう言ってヴァイスは不敵に笑うと手を挙げた。
そうすると彼の背後からは数人の男たちが進み出た。
「僭越ながらまず、殿下から彼らに対しお言葉を賜りたく」
「お前たちはまさか……、いつの間に?」
追撃戦のさなかでヴァイスは、既に次の手を打って『その先』に備えていた。
途中で味方に加わった者たちに対し、麾下にいた元第一皇子親衛軍の鉄騎兵だったアイゼン、フェロー、フェルム、ヤウルンなどを彼らの部隊に派遣し、その真意を確認していたからだ。
今のヴァイスの背後には、元は仲間であった四人に招じられて集まった指揮官たちが控えており、紹介された五人は一斉に馬を降りて大地に平伏した。
「真実を知らなかったとはいえ帝国(殿下)に弓引いたこと、伏してお詫び申し上げます!
どうか、お許しくださませっ! 願わくば名誉を回復する機会をっ!」
「我らはただ帝国を守るため、そう思い誤った道に進んでおりました。申し訳ございません!
不逞な反乱軍に組した責は私にあります。どうか兵たちには寛大な処分をお願いいたします!」
「我らは主人の命により派遣された軍ですが、今は主の意向より帝国が大事と考え決断いたしました。
殿下の下で存分に働き、以て我が主の名誉を回復したく思います!」
「殿下のお言葉で真実を知り、今は我が身の浅慮を恥じております。どうか殿下に従うご許可を!
我らの帝国への忠誠、それを証明する機会を賜りたく思います!」
「私は帝国領を侵した敵国と何故和議を結ぶのか、ずっと疑問を感じていました。それに……、あのような卑怯な振る舞い、騎士として看過できませんでした! 帝国兵としての誇り全うしたく思います」
そう言って涙ながらに訴える者たち出自は様々であった。
そもそも第一皇子は、今回の出征にあたり自身の親衛軍だけでなく、帝国に残留する様々な兵たちを召集していたからだ。
・辺境警備部隊の指揮官で、今回の国難に応じて招集された者
・帝都を守る皇帝の親衛軍から帝国防衛のため派遣された者
・帝国南東域を領有する第一皇子親派の辺境伯より派遣された者
・廃絶となり第一皇子軍に吸収された、かつては北部辺境貴族兵だった者たちを束ねる者
・第一皇子親衛軍として長年仕え、かつての同僚と交流を持ち続けていた者
「おおっ! 其方たちこそよく正道に立ち還ってくれた。改めて礼を言うぞ。
先の俺の言葉通り、罪は不問とするゆえ謝罪は不要だ。
お前たちへの願いはただひとつ! これより帝国に侵攻した敵軍を討ち国土を回復する!
そのためにもお前たちの力を貸してほしい」
「「「「「はっ!」」」」」
「殿下、これで我らは二万三千となりましたな。
奇襲と砦からの反撃で奴らを挟撃ができれば、我らに勝機があるように思われますが……」
そう言ってヴァイスは不敵に笑った。
そして第三皇子は、改めてジークハルトが高く評価する、ヴァイスという男の真価を知った。
「ヴァイス将軍はあの戦いのさなかでも、既に先を見据えて動いていたということか……。敵わんな。
其方が我が麾下にあれば、スーラ公国などとっくに滅ぼせていたかも知れんな」
思わずグラートが呟いた言葉は、正に歴史が本来辿るべき事実であった。
前回の歴史ではこの二人が協力してスーラ公国軍を完全に撃破し、滅ぼしていたのだから……。
「まぁ我らは常に、圧倒的に数で勝る皆様と長年対峙してきましたからね……」
このヴァイスの言葉は、前回の歴史では『皆様』が『スーラ公国』に置き換わっただけだった。
ジークハルトはどちらかと言うと戦略的に不利な状況を覆すのに長け、ヴァイスは戦術的に不利な条件を覆すのに長けていた、そんな違いはあったが。
「では我らは、騎兵一万三千で戦場を迂回して急進、南東から敵軍の背後を衝く。歩兵を含む一万は西側から湿地の側面を抜け、砦と合わせて三方向から一気に敵軍を攻撃して殲滅する!」
第三皇子はそう宣言した後、笑ってヴァイスに向き直った。
「どうだ? これで将軍からは合格点がもらえるかな?」
「仰せのままに」
本来なら主従として共に戦った、戦場での連携だけでなく、性格的にも相性の良い二人なので、ヴァイスも満足気に笑顔で応じた。
「では直ちに出発する! 帝国兵たちよ、ここで一気に敵軍を殲滅し国土を取り返すぞ!」
「魔境騎士国全軍、我に続けっ!」
「「「「応っ!」」」」
これまで防戦一方だった彼らも、北方面の勝利を機に初めて正面から撃って出ることになった。
長かった戦いも、ここでやっと最終局面へと情勢は一気に動き始めた。
最後までご覧いただきありがとうございます。
5/20日の五巻発売を記念して、次回は5/18より三日間、恒例の特別篇をお届けします。
なお特別篇は今回のエピソードに関連し、同じくビッグブリッジで繰り広げられた戦い『特別篇 かつての主従①〜③』をお届けします。
かつては主従だったヴァイスと第三皇子が繰り広げる戦いの内容で、2023/6/17に公開した『終わりの始まり①〜④』の前段となるお話しです。
どうぞよろしくお願いします。