五巻の発売日まであと二日です!
どうぞよろしくお願いいたします。
帝国軍第三皇子たるグラートと、2度目の世界では疾風の黒い鷹と異名を得たヴァイス、この日、二人は初めて駒を並べ戦場で采配を振るった。
それはまるで、かつて……、今は変わってしまった本来の歴史を彷彿させるかのように。
ここで物語は過去にかつてあった出来事、タクヒールが2度目の人生を過ごすなかで行われた戦いと、それに関わる二人の男の邂逅について場面を移す。
タクヒールの3度目の人生では、彼が歴史に介入したことにより主従とならなかった、かつての主従の物語へと……。
2度目の人生でタクヒールが十九歳、大規模な干ばつに苦闘していたころ、この主従はまさに今と同じ戦場、ビッグブリッジと呼ばれた湿原地帯で難敵と対峙していた。
◇◇◇ 2度目の人生 カイル歴512年(3年前)
一時はエンデ近くまで押し寄せていたスーラ公国軍を帝国領内から駆逐し、国境各所での苦しい戦いを連戦連勝で切り抜けて来た主従は、今や敵軍を大きく南西に押し上げ、最前線をビックブリッジと呼ばれた沼沢地帯にまで進めていた。
一方、一万までに数を減らしたスーラ公国軍は、このビッグブリッジと呼ばれた沼沢地帯に軍を埋伏し、彼らを待ち受けていた。
「それにしても……、ビックブリッジとは皮肉な地名だな」
第三皇子がそう呟いたのも無理はない。
ここには大きな橋どころか、橋と呼べるようなものは一切存在しない。
ただ広大な沼沢地を抜けるため、やっと人が行き違える程度の板切れを並べただけの、低く粗末な橋が延々と沼沢地の中央を横切るように伸びているだけだった。
「確かに橋自体はそうですね。ただ、その長さや狭さ、攻略の難しさという点では、『大きなもの』と称しても過言ではないでしょう」
問われた方も、苦笑交じりにそう答えるしかなかった。
ある意味で皮肉とこじつけであると自覚しながら……。
「ははは、大きな課題を抱えた橋か。それにしても将軍、其方の尽力でやっと我らはここまで軍を進めることができたが……、厄介な場所に逃げ込んでくれたものだな」
「敵にとっては正しい選択でしょう。ここに広がる沼沢地は兵を展開することも、ましてあの細い橋を伝って攻めることもできません。ならば沼沢地を迂回して左右から攻めるしかありませんが……」
「そうすれば奴らの思うつぼか……。後方の要塞線から兵を進出させ、交戦中の我らの側面を衝いてくる。奴らを放置し迂回して要塞線の攻略を進めれば、今度は沼沢地に逃げ込んだ敵兵が後方を衝いて来る訳だ。なかなか悪辣なやりかただな」
そう、これまでの戦いには勝利していたものの、スーラ公国も大国、前面の敵以外にまだ六万余りの兵を擁していた。
そのうち五万は、三箇所の要塞線に立てこもり、いつでも再侵攻すべく機を窺っているのだから……。
「まぁ……、常識で考えれば最適の戦術と言えますね。
逃げに徹し、時間稼ぎだけを主眼に据え、我らが引けば押し寄せると言う単純で視野の狭いやり方ですからね」
将軍と呼ばれた男は、そう返事をして不遜とも思える表情で敵の戦術を評していた。
この手詰まりとも思える状況でも表情を曇らせることもなく。
『不思議な男だ……、勇猛果敢なだけでなく戦術面でも極めて優秀で得難い将だが、何故これほどまでの男がカイル王国では埋もれていたのだ? 彼を追い出すとは、奴らは阿呆でしかないのか?』
第三皇子は改めて思わずにはいられなかった。
そもそも彼との出会いは遡ること十年前だった。
流浪の身で傭兵として志願した者たちを率いた傭兵団の団長だったが、率いていた団員は僅かに十名しかおらず、傭兵団と名乗ることも憚られるような状況だった。
だがこの男の剣の腕は凄まじく、戦えば情け容赦ない剣技の荒々しさにも関わらず、平素は言葉少なく落ち着いた振る舞いで、節度をわきまえ態度を荒げることもなかった。
第三皇子は、少し陰のある雰囲気を持つこの男を気に入り、いきなり千名を率いる将に抜擢した。
男はその期待に背くことなく、その後の戦いで目覚ましい働きを見せ続けて昇進し、いつしか一万騎を指揮下に収める将軍と呼ばれるようになっていた。
「それで将軍、この先をどう読む?」
「そうですね……、ここの地形は騎兵による攻撃に向きません。それに敵軍は我らを疲弊させながら順次後退して、奴らの築いた要塞線に誘い込む算段かと思われます」
「面倒な話だな。これでは幾ら奴らを撃退しても最後は要塞線に引きこもり、我らが引けば再度出てくるか。際限がないな……」
第三皇子の言葉通り、帝国軍が一定の戦果を収めて後退すれば、スーラ公国軍は再び要塞から出撃して北進を始め、エンデ近くまで迫ってくるのは火を見るよりも明らかだった。
対する第三皇子率いる軍勢は三万でしかなく、長く敵国の占領地に留まることはできない。
それが分かっているからこそ、総勢で六万以上の兵力を抱えるスーラ公国軍は、攻め寄せては引くことを繰り返していた。
「奴らに決定打を与えるには、あの要塞線を撃破して勝利すること。ですが同時に、正面からあの要塞線を攻略するのは至難の業かと。少なくとも殿下にはあと三万は兵が必要となりましょう」
「そんな兵力が俺に有れば事は単純なのだが、な……」
それは無理な注文だということを、ヴァイスも第三皇子も理解していた。
第三皇子に帝国軍全軍を指揮する権限があれば別だが、今の状況では彼も彼に敵対する陣営も、共に動かせるのは三万程度の軍勢でしかない。
「おそらく敵も、そして味方の中に居る敵も、業を煮やした殿下が要塞線の攻略に移ることを期待しているのでしょうな。ですが……、地の利をいかした守りは固く現有戦力での攻略は不可能でしょう」
そう言ってヴァイスは手にした地図を見つめた。
ビックブリッジを抜けた先には、スーラ公国を南北に縦断する峻険な山脈が連なっている。
その山脈を抜けて西に移動するには、三ケ所しかない間道を抜けるしかないが、公国軍はその三か所を要塞化して強固な防衛線を構築していた。
手持ちの軍勢ではせいぜい一か所を攻略することしかできないが、そうなれば他の二か所から進出した敵軍に側背を衝かれてしまう。
なので攻略するにも、他の二か所に蓋をするだけの戦力が必須となっていたからだ。
「で、将軍はどうするのだ?」
「敢えて強固な要塞線に対し正面から当たるのは愚か者の所業、ですが座して現状を維持するだけでは今回の遠征もさして成果は残せないでしょうね」
「だからこそ奴は帝都グリフィンにて安穏として、ただ俺の自滅を待っている訳だな?」
「おそらくは……。彼方側にも時世の見えている油断のならない側近がおります。
我らが無理に攻めれば損害も大きく、それに反して成果は小さなものとなります。
無理に攻略を進めても、彼らが殿下を糾弾できる材料を与えるだけでしょう」
「では俺はどうすべきかな?」
「正面から要塞線を攻略せずとも大規模な別動隊で大きく迂回し、彼らの急所を衝きます。
さすれば要塞に立てこもる敵兵も慌てて後退することでしょう。そこを殿下の本隊が衝けば……」
「だが迂回と言っても簡単ではないだろう。別動隊は敵中に孤立し挟撃されて全滅する可能性も大きい」
「通常なら……、その通りでしょう。
ですが我らは非常識な速度で進軍し、要衝を抑えたのち時を稼ぎます。それに乗じて殿下の軍が……」
そう答えたヴァイスは、不敵な表情を浮かべて笑った。
到底不可能と思われたことを、やってみせると言わんばかりに、その表情は自信に満ちていた。
「ははは、それこそ『疾風の黒い鷹』と呼ばれたお前の本領発揮ということか?
やれるのか? 俺の動きが上手く連動せねば数万の軍勢に包囲されて全滅するだけの作戦だぞ?」
「殿下の采配を信じておりますので」
グラートにはこの言葉で十分だった。
彼はこれまでの戦いで無名の流れ者にしか過ぎなかったヴァイスを重用し、ヴァイスもまたその信に応えて戦果を積み重ね、いまや常勝将軍と呼ばれるまでに至っていたからだ。
この二人には主従の信頼を超えた、強い絆が結ばれていた。
「ならば俺も将軍を信じて送り出すとしようか? 将軍に預けるのは一万騎でどうだ?」
「十分にございます」
この主従のやり取りのあと、本来なら無謀とも言われる大規模迂回戦術と、それに伴う陽動戦が実施に移された。
二人の命運を掛けて……。
この日、帝国軍より一万騎の兵が密かに姿を消した。
そして彼らは、驚くべき速さでエラル騎士王国領に広がる砂漠地帯を迂回し、突如としてスーラ公国内に現れると非常識なまでの大規模迂回作戦をやってのけた。
疾風の黒い鷹は、その名に違わずスーラ公国防衛軍の心臓を、その鉤爪で掴み取った。
この戦いこそが後に隣国であるカイル王国、その命運を左右する始まりであった。
だがそれは、当事者である彼らもまだ知らない話だった。
ここに、グリフォニア帝国とスーラ公国、更にはカイル王国をも巻き込む、新たな歴史が動き始めていた。
いよいよ明後日5/20! 小説五巻の発売となります。
既に並んでいる書店様もあるようです。どうか是非お手にとって頂けると幸いです。
早い書店さまでは15日から店頭に並んでいるようです!
私も昨日、近隣の書店さまを回ってみましたが、半数以上の書店さまで既に販売いただいておりました。
五巻は丁度良いところで終わってしまった四巻の続編、そして原作にはなかった新しいエピソードも満載でお届けしておりますので、どうぞよろしくお願いします。
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5/18付けで活動報告も更新しております。
作者名からリンクを設けておりますのでぜひご覧くださいね。
明日は特別篇②(苦難の旅路)をお届けします。