ビックブリッジ砦の南城壁より500メルから700メルの位置には、スーラ公国軍の騎兵が展開して将軍たちと共に攻城戦の成り行きを見守っていた。
そして彼らの元に血相を変えた物見が転がり込んできた。
「てっ敵襲! 南東の方角より敵襲ですっ!
哨戒部隊は一撃で粉砕された模様、その数一万以上!」
「何だとっ! 一万以上とはどういうことだ!」
「この期に及び……、そんな敵が居る訳がいる訳がなかろうがっ!」
将軍たちは余りにも非常識な報告に、不愉快な表情を浮かべて物見を怒鳴りつけた。
だが……、後方で濛々と立ち上る砂塵は、それが事実と裏付けていた。
「くっ……、騎馬隊に下命! 我らの勝利に水を差す無粋な輩を殲滅せよ」
「盾で退路を確保していた兵たちを今すぐ呼び戻せ!」
この二つの命令は直ちに実行されたが、発せられるまでに貴重な時間が浪費され、しかも安全圏にいると思い込んでいた彼らの動きは緩慢だった。
※
街道を急進したヴァイスたちは低木が生い茂る丘を越えた時、700メル先に展開する敵軍が視界に入った。
「全軍、敵騎馬隊に向かい突撃せよっ! 東側から西方向に圧力を掛けつつ、歩兵部隊と協力して敵軍を北側に押し込め!
但し、絶対に風下には回るなよ」
ヴァイスは長年共に戦ったタクヒールのことをよく理解していた。
この状況で、自身の主君がどういった戦術をとってくるかを……。
「西側に展開する別動隊に合図を送れ! 我らに呼応して奴らを半包囲せよ!」
グロリアスもまた、着々と半包囲を完成させるべく指示を出していた。
スーラ公国軍が隠し通路を起点として埋め立てを進めていたため、彼らはすり鉢状になった死地に自らを押し込める結果となっていた。
これこそが攻城戦となった際、包囲軍を陥れるためにジークハルトが描いた起死回生の罠だとも知らず……。
※
俺は望楼から魔境騎士団と第三皇子率いる騎兵の姿を確認したとき、直ちに指示を出した。
「魔導砲、制圧弾発射! 合図、送れ!」
「合図送ります、赤旗を掲げよ!」
赤旗が上がると同時に城壁上でマークの手が振り下ろされ、その巨大なアームは大きく孤を描き、数十発の制圧弾が宙を飛翔した。
「続いて第二射の準備急がせろ! 旗手は青旗が上がり次第、赤旗を掲げて返して発射指示を!」
それだけ言うと、俺は視線を着弾点に向けた。
マークの管制とカーリーンの着弾誘導は完ぺきに機能し、敵の騎馬隊が居並ぶほぼ中央の一帯に制圧弾が降り注いだ。
「さすがカーリーンだな。完璧な誘導だ」
そう呟きながら着弾点の様子を確認するため、望遠鏡で確認した。
視界に入って来たのは……。
目を抑えて絶叫しながら落馬する者、嘶きを上げて狂奔する騎馬、訳が分からず茫然とする者や、ただ叫びまわっている者など、まさに着弾地点の周囲は混乱の坩堝で、絶叫する者たちは徐々に風下に広がりつつあった。
「城壁に展開するクリストフと護衛軍各隊に下命、鐘を五連打三回、後に三打!」
命令は直ちに実行され、城壁上では物陰に隠れていた兵たちが慌ただしく動き始めた。
護衛軍各隊は制圧弾を手に持って身を潜め、ロングボウ兵たちは長弓を番えていた。
そして三打目……。
城壁の下に群がる敵軍に向けて一斉に制圧弾が投げ落とされると、下からは敵軍の上げる絶叫が各所で響き渡たり、城壁の下はまるで阿鼻叫喚のあふれる地獄絵図となった。
盾を頭上に掲げて今なお通路を押し広げようとしていた、隠し通路に展開した敵兵たちもまた、左右から飛んでくる強弓によって、まるで茨の鞭に薙ぎ払われるかのごとく薙ぎ倒されていった。
そして……、クリストフの直接指揮する長槍部隊は、予め望遠鏡で狙いを付けていた敵の指揮官らしき者に対し、鉄の槍ともいえる攻撃を浴びせかけた。
直撃を受けた彼らは強烈な矢勢に吹き飛ばされ、長槍が突き崩した地点はまるで地獄の門が開いたかの如く、倒れた人馬でぽっかりと穴が開いた。
「申し訳ないが、これも戦いだ。許してくれ……」
俺は小さな声で彼らに詫びた。
拡散魔導砲の全力発射ほどではないが、これも一方的な殺戮だ。
俺はとうてい喜ぶ気持ちにはなれなかった。
「ここで一気に奴らの戦意を挫く! バリスタ、カタパルトは全力攻撃に移れ!
敵に退路のないことを教えてやれ!」
俺たちの動きを見たジークハルトは、ここで総攻撃を指示した。
彼の合図と共に、取り付いた敵兵たちの拠り所である退路(隠し通路)に、容赦のない攻撃が降り注いだ。
「ぐわぁっ、痛い、目がっ、目がぁっ」
「た、退却だぁっ」
「くっ、俺たちはどこに逃げればいいんだ?」
「し、沈むっ! あ、足がぁ抜けん!」
もだえ苦しむ味方を置いて、一部の無事な兵士たちが逃亡を試みたが、彼らに逃げ道はなかった。
そして未だ埋め立ての完了していない水田に足を踏み入れた者たちは、一様に城壁前の深田に足を取られて身動きできなくなっていた。
※
一方ヴァイスは、前方の騎馬隊が乱れて混乱するのを見逃さなかった。
自身の期待通り、主君が対応してくれたことに笑みを浮かべると剣を掲げて叫んだ。
「勝機っ! 奴らは混乱して浮足立っている。全軍、一気に北へと押し込め!」
「「「「応っ!」」」」
※
敵襲を聞き、慌てて迎撃態勢を整えていたスーラ公国軍の騎馬隊は、今やまともな動きができず麻痺状態となっていた。
初撃で中央部に炸裂した制圧弾により数百騎が一瞬で狂騒状態となり、その後の長槍攻撃によって指揮を執る将軍たちや首脳部の全員が一掃されてしまったからだ。
そして禍々しい赤い粉は風に乗って広がり、前列にいた者たちも巻き込んでいった。
「に、逃げろっ!」
「どこに逃げるんだ?」
南から攻撃を受けたため、反転した彼らの後方と左右には水田が広がり、正に背水の陣さながらの状況となっていたため、彼らが逃げるには前に進むしかない。
「南西だっ! 前進してそちらから離脱をっ!」
誰が言い出したかもわからない退路に向け、彼らは全力で逃走しようと駆け出した。
しかし……
「南西から新たな敵っ!」
「駄目だぁっ、もう完全に包囲されている!」
「助けてくれっ!」
兵たちの絶叫が響き渡る中、一人の兵が叫んだ。
「ま……、マツヤマっ!」
その声は瞬く間にスーラ公国軍の中に浸透していった。
「マツヤマ? そうか、マツヤマしかない!」
「そうだ! マツヤマだ! それで助かる!」
「「「「マツヤマ! マツヤマ! マツヤマ!」」」」
進退窮まったスーラ公国の兵たちは、武器を捨てて一斉に両手を掲げて降伏の意を示し始めた。
※
俺は凄く不思議な光景を呆然と見ていた。
望遠鏡を通じて見えていたのは、スーラ公国軍の兵士たちが一斉に何かを叫びながら、まるで万歳三唱をしているかのような姿だった。
「まさか……、玉砕覚悟の万歳突撃か……」
太平洋戦争の悲惨な一幕を知る俺にとって、それはまさに戦慄の光景だった。
潰走ではなく死を決して抵抗されれば、味方にもそれなりに損害が出てしまう。
まずいな……。
そんなことを考えていると、まるで潮騒のように徐々に彼らの大合唱が俺のところまで響き渡ってきた。
「マツヤマ、マツヤマ、マツヤマ……」
は? マツヤマって何だ?
彼らは何を叫んでいるんだ?
そう思っていると、今度は城壁の下で逃げ回っていたスーラ公国の兵士たちも同様に叫び始めた。
そしてその輪は広がり、いつしかビックブリッジは『マツヤマ』の大合唱で包まれていった。
※
タクヒールが新たにこの世界にもたらしたもの、彼自身が『松山方式』と呼んだ捕虜への処遇は、時と場所を超えてスーラ公国にまで深く浸透していた。
もちろんこれは、これまでの戦いで従軍し捕虜の待遇改善に努めたドゥルール子爵の功績が大きいのだが、いつしかそれは捕虜への処遇ではなく、降伏と恭順を示し、温情ある処遇を望む合図へと進化していた。
タクヒールがもたらした因果の輪は、思いもよらぬ形で彼らに戻って来ていた。
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次回は6/10『第三次攻防戦の終結』を投稿予定です。
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