ジークハルトが最後まで秘匿していた秘策を知り、これまで何となく俺の心に引っ掛かっていたことの答えを見つけることができた気がした。
まぁ俺も騙されていた一人として、苦笑せずにはいられなかったが……。
「小僧! 笑っておれるのは今の内だと思え。今ごろ貴様の国は押し寄せる五万以上の大軍に為す術もなく踏み躙られ、妻子ともども無残に殺されて街は跡形もなく消え失せているだろうからな。
ざまぁみろっ、俺と共に滅ぶがよいわっ!」
あ、いや……、俺は君を笑っていたんじゃないんだけどね。ただここでいちいち腹を立てても仕方のない話だけどさ、それでも妻子のことまで言われたら……、決して良い気分ではない。
怒るべきか? それとも……。
そう思っていたとき、第三皇子が立ち上がり壇上から一気に駆け下りると同時に、膝立ちになっていた第一皇子の顔面に大きく手を振りかざした。
「ふげぇっ!」
物凄い音とともに、平手打ちされた第一皇子がもんどり打って倒れた。
いやあれ……、完全にクリティカル入ったでしょ。倒れるというよりは思いっきり吹っ飛んでいた感じだし……。
「先ずは公王に対し非礼があったことを深く陳謝し、お見苦しい所をお見せした点も含め謝罪する。
無抵抗の者に対して如何かとは思ったが、帝国の恩人であり盟友でもあるお方に対し、無礼な言動を取った者を正すのは、帝国の人間として俺の責務だからな」
そう言って俺に一礼した第三皇子は、倒れている第一皇子に向かって歩み寄った。
鬼のような形相をして……。
そして這いつくばる彼の傍らで立ち止まると剣を抜き、彼の首筋に切先を向けた。
「ヒィッ!」
「今の件以外にも、俺はお前を決して許さん。お前の野心、お前が不逞な企みを抱いた結果、何人死んだと思っている! 帝国兵だけではない、敵国の兵士たちもみな、お前が居なければ生を全うできたはずだ。
お前には数万以上の命の重み、数十万の家族の悲しみ、それら全て背負ってもらうからな」
「……」
そう言うと第三皇子は剣を鞘に納め、再び壇上へと戻ると、横たわる第一皇子を侮蔑を込めた視線で見つめた。
「貴様は先程から、自身こそが皇帝たる器と言って憚らなかった。だが貴様には根本的に欠けているものが四つある。それにまだ気付かないのか?」
「な、何が欠けていると言うのだ!」
「第一に、貴様には上に立つ者としての器量がない。
ジークハルトやアストレイ、ドゥルールなど、今は俺の支えになってくれている者たちも、元はと言えば貴様の配下であろう?」
「くっ、あの信義なき裏切り者たちがどうしたっ!」
「裏切ったのではなく、見限ったのだ! それすら分からんか?
だから貴様には器量がないと言われるのだ!
貴様はあの時(九年前)の敗戦後、彼らの健闘を讃え感謝するどころか保身のため敗戦の罪を被せた。
またゴートやブラッドレーたちの名誉を貶め、彼らの家を潰した。そんな主君に誰が付いて行くのだ?」
「や、奴らにはただ敗戦の責を問うたまでだっ! 当然の処分ではないかっ!」
「今の答えが二番目に足らないものを如実に表しているな。お前には主君となるべき覚悟がない!
敗戦の責はその軍を率いた者に帰結するもの。前線で命を賭して戦った部下たちではないわ。
上に立つ者こそ最も大きな責任を背負うものだ。それが分からんから阿呆と言われるのだ!
貴様は死んでいった部下たちを守る覚悟も、悼む気持ちもない。それでは単なる死に損ではないか!」
「俺は次期皇帝だ。忠誠を受けて当然のことだろうが」
「やはり貴様は阿呆か……。救いようがないな。
教えてやる、三番目に足りないもの、それは貴様に帝国を背負っていけるだけの誇りがない!
だからいつも負けるのだ。
忠誠とは身分で受けるものではない。何を成したか、何を成そうとしているかで受けるものだ」
「何を言うか! 栄えある帝国の第一皇子として、誇りと矜持は誰よりも抱いておるわ!」
「では誇り高きグロリアス皇子よ。敢えて尋ねてやるが……。
醜悪な欲を叶えるため、国土を敵国に切り売りすることが頂点に立とうとする者の誇りか?
味方の兵を捨ててさっさと逃げ出すことが誇りある行動か? 最後まで踏みとどまり、一兵でも多く逃がそうとすることこそ誇りではないのか?」
「くっ……」
「そして何より、貴様には帝国を治める能力がない。これが欠けていることの最後だ。
貴様が帝位に就けば民や貴族たちは何を得るのだ? 貴様自身の虚栄心が満たされるだけであろう。
そんな貴様自身は帝位に就いたとしても何もできないだろう? どうやって帝国の未来を拓く? どうやって豊かにするのだ?
この問いに貴様は何も答えられないだろう」
「何を言うか! 帝国は……、版図を広げてより強大に……」
「どうやって版図を広げるのだ? そんな手段はないであろうが!
南は二か国に新領土を譲り渡し、北には一歩も進めず、北東の四ヵ国、イストリア・カイン・ヴィレ・リュートの国々と、南の二カ国、スーラ・ターンコートは今回、お前の不貞な企みを支えた友邦国ではないのか?」
「……」
「それとも何か? 自身が帝位に就いた暁には、それを支えてくれた国でも構わず攻めるというのか?
先ほど貴様は信義を口にしておったが、そもそも貴様自身に信義が全くないのではないか?」
「ふん、そういう貴様自身も、カイル王国と休戦条約を結んでおきながら、二年前は自ら軍を率いて攻め寄せたではないか!」
「それを論うとは、愚かすぎて話にならんな。
そもそもあれは期間を定めておった。しかも俺はジークハルトを通じ開戦の情報を先方に伝えていたぞ。
だからこそカイル王国やウエストライツ魔境公国は今もなお俺の言葉を信じてくれる。
貴様はどうなのだ? なんなら今回の戦後交渉の特使として、スーラ公国にでも送ってやろうか?」
「……」
ははは、これは辛辣な提案だな。
今の第一皇子はスーラ公国軍の壊滅を知らない。そのため頭の中では、以前の戦力を持つ敵国として考え、贄とされる自身の身を予測しているのだろう。
「おそらく何もできまい。貴様の行動、そして貴様自身には何の信義もないからだ。
貴様は今、行けば殺されるか人質として監禁されるとでも思っただろう」
「ひ、卑怯者めっ」
「ここで貴様は、自身に皇位継承者たる資格がないことを、自身の口で証明したことになるな。
貴様を信じ、命を捨てて最後まで付き従った兵たちが哀れでならんわ!
俺は私情を押し殺し、そんな兵たちまで処断せねばならん。この苦痛、貴様には決して分からんだろうな」
そう言うと第三皇子は大きなため息を吐いた。
もうこれ以上語ることは何もないと言わんばかりに……。
「この汚物を連れていけ! 帝都にて罪状を明らかにしたうえで公開処刑とする。
それまで勝手に死なぬよう、見張りを怠るなよ」
兵たちに引き起こされ、引っ立てられる第一皇子はそれでも身を捩りながら叫んだ。
「貴様の勝手な振る舞い、皇帝陛下は決してお許しにはならんぞ! まずは陛下に取り次げっ!」
その様子を、第三皇子はただ黙って侮蔑するような目で見ていただけだった。
第一皇子の姿が引見の場から消えると、再び第三皇子は大きなため息を吐いた。
もううんざりした気持ちになったのだろう。
「ところでタクヒール殿、以前カイル王国でも大きな内乱があったと聞き及んでいるが、その際、事実を知らず反乱に参加した者たちの処分は如何なものであったのだろうか?」
うわっ、なんか嫌な振りしてくるな。
俺の口から厳罰でも言わせて、『さもあらん』などと言って彼らを処断する気でいるのか?
「私は帝国の法に関しては門外漢です。あまり口出ししないほうがよいでしょう。
ただ参加した当人は厳罰に処すとして、法を運用するのは人、係累に関しては人の思いが入っても良いかと個人的には思っていますね」
そう答えた俺に対し、第三皇子はしばらく何かを考え込んでいたようだったが、その後に一度頷くと大きく息を吐いた。
「なるほどな……、私は今回の反乱で多くの友を……、かけがえのない兵たちを失った。
そのため奴らに対して冷静ではいられない部分もある。公王もまた内乱では最も多くの被害を受けたと聞いていたのでな。同じ痛みを知る者として、意見を聞かせていただいた」
「……」
あ、そっちですか。では俺の変な勘繰りでしたね。
失礼しました。
「では仕切りをはずせ!」
「!!!」
その合図によって取り払われた仕切りの奥には、他にも捕虜として引き立てられていた主要者が並べられていた。
蒼白な顔をして震えている者、ただただ涙を流している者など、その様子は一人一人異なっていたが、全員がこれまでのやり取りを聞き、大きく項垂れていた。
なるほどな……、最後のやり取りは敢えて彼らに聞かせるためだったのか?
その意図はなんだ?
「これより一旦全員を外に! この後は彼らも一人ずつ引見を行う!」
その言葉と共に連れ出された者は十二名、そのうちエンデに逃亡する途中で捕縛された者が八名と、それ以前のビックブリッジ攻防戦で捕らえられた者が四名だった。
この十二名のうち帝国貴族の称号を持つ者は九名、兵を指揮する立場にあった軍司令官は三名、そんな構成であると説明された。
そして改めて、捕虜の引見が始まった。
先ずは貴族たちだったが、そもそも第一皇子に付き従っていたのは、帝国のなかでも大貴族の当主やその子弟が中心であり、既得権益にどっぷり浸かった者たちだ。
彼らは第一皇子でさえ死刑は免れないと聞いていたし、俺と第三皇子が最後に交わしたやり取りも聞いていた。
それもあってか貴族たちは露骨にへりくだり、罪の減免を哀願する者たちばかりだった。
「私は騙されたのです、帝国に反旗を翻すつもりなど毛頭ありません! どうかっ!」
「命ばかりは……、どうかご慈悲を……」
「これよりグラート殿下には忠誠を誓います、その証として全ての捧げまする! どうか何卒……」
「私はただ父の命に従ったまでです! このようなお話は聞いておりませんでした!」
そう言って全員が醜態を晒し、ただ一様に見苦しく振舞っていただけだった。
最後に呼び出された一人の伯爵を除いては……。
「私の罪は明白です。どうか帝国の法に従い存分に処分いただきたいと思います。
ただ……、願うことが許されるなら、愚かな私の命に従った兵たちに罪はありません。彼らにはどうか寛大な処分を!」
そう言って潔く頭を下げた。
自身の助命は一切願うことなく……。
「伯爵……、俺はな、卿の言葉がグロリアスから出ることを期待していた。だが……、伯爵も聞いた通りだ。
正直に申してみよ、どう思った?」
そう問われた伯爵は、苦笑して大きなため息を吐いた。
そして、口元を歪めながら語り始めた。
「非常に情けなく思いました。あのようなお方に付いた私自身を恥じ、そして共に罰を受ける妻子に対し申し訳なく感じました。ですが犯した罪は余りに大きく、せめて兵たちだけでも……」
「其方は最後まであ奴に付き従っていたな? 途中で寝返った者や逃亡した者も多数居たと思うが?」
「攻城戦で殿下のお話を聞き、私は過ちを自覚しました。ですがここまで動いてしまった以上、罪は免れません。最後まで罪を引き受けるつもりでしたが、あいにく生き恥を晒しました」
伯爵と呼ばれた男は、そう言うと照れ隠しか微妙に口元を綻ばせて笑った。
他の八名とは大違いだな。覚悟も、そして器量も違う。
やっとまともな男が出てきたか……。たった一人だけど……。
「もうひとつ聞きたい。伯爵はグラートが兵を見捨てて逃げ出した際、捕縛されたのではなく率先して降伏したと聞いたぞ。それは何故だ?」
「主将たるお方が、あのような振る舞い……。それに憤りを感じたからです。我らは最後までお供する気でいましたが……」
なるほどな、第一皇子はそんな彼らを見捨てたのか?
ただ自身の命惜しさに。
やり切れない思いだったろうな。
「降伏して我が首を差し出せば、無用な戦でこれ以上兵たちの命が失われることを止められると考えたからです。私の愚かさに、兵たちを付き合わせるのは忍びなく……」
「分かった。其方の係累と兵たちの助命は約束する。その代わり其方は命を捧げよ」
「ありがとうございます。グラート殿下の寛大なるお言葉には感謝を、我が家族までお気遣いいただいたことにも心より感謝いたします」
そう言いながら、伯爵は涙を流して平伏した。
ってか、彼も処断するのか? 俺からすれば勿体ないと思うんだけど……。
「伯爵の縄目を解いてやれ」
あ、やっぱりね……。俺もそう思う。
第三皇子の言葉に、当の伯爵自身は未だに戸惑っているようだけど……。
「其方は今後、子爵として出直し帝国の復興と新領土の統治に命を捧げよ! それが罰だ。
最後まで伯爵旗下の軍が健在だったのも、あの時の俺の言葉を聞き、積極的に攻勢に参加しなかったからであろう?」
「いえ……、私はただ……」
「あの時点で旧主を裏切るのは潔しとしなかった、だから最後まで付き従ったのであろう?
俺は其方の潔さ、そして思慮深さを惜しいと思った。」
確かにそうだ。第一皇子の指揮した最後の総攻撃に参加していれば、相応の被害を被っていたはずだ。
転向した諸将もみな、あの攻撃には参加せず一線を引いていたし。
「……、非才なる身、殿下や帝国を裏切った者として、これからは償うことに命を捧げて参ります」
伯爵は涙を流しながら、ずっと床に頭を擦り付けて平伏していた。
これまでの経緯で、前回の歴史で団長が第三皇子に心服していたことを、俺自身もなんとなく分かるような気がした。
伯爵を最後に貴族たちの引見が終わると、鉄騎兵の指揮官だった三名が同時に引き出された。
満身創痍の身だった彼らも等しく、自身の命と引き換えに兵たちの助命を嘆願してきた。
「最後まで主を守った其方らの覚悟は見事だと思う。よって貴様らには選択肢を与えたい。
一つ目は兵たちと共に改めて俺に仕えることだが……、それは難しい話となるだろうな」
「はっ……」
「どうかその儀は……」
「申し訳ございませぬ」
確かにな、心情的にも政治的にも色々と困難だろうな。
潔い者たちであるが故に、簡単に仰ぐ主君を変えるとも思えない。
「それが難しいのは承知している。だがそれを断ってしまえば、お前たちには死を与えるしかない。
仮に俺が許したとしても、帝国にはお前たちの居場所がなくなる」
そう言う第三皇子は俺に向き直ると、深々と頭を下げた。
え? どういうこと?
「これは帝国次期皇帝の立場で魔境公国の公王にお願いさせていただきたい。
私は彼らの忠義を、ただ散らすのは惜しいと考える。
できれば彼らには生を全うできる新天地を与えていただけないだろうか? もちろん公王には彼らを養っていただけるに足る土地を差し上げるつもりだ」
え? 俺のところ?
突然の無茶振りだな。
まぁ確かに……、兵力が増えるのはありがたいし、守ってもらう新領土は元帝国領、そこに住まう帝国人だった人々だ。それに元同僚だったアイゼンたちも喜ぶだろうけど……、本当にそれで良いのか?
「それは……、もちろん我らには似たような立場で仕えてくれる者たち(元帝国兵)も沢山いますし。
問題は彼らの気持ち次第ではないでしょうか?」
ここで俺が認めても、彼らが『じゃあいいです』と言って断れば、俺自身が道化になってしまうしね。
なので肯定とも否定とも言えない、曖昧な返事をするにとどまった。
「公王もこう仰ってくださっている。
なので俺からは二つ目の提案だ。お前たちは兵と共に魔境公国に移住し、こちらの公王にお仕えする選択肢を与えたい。公王の下にはかつての同胞も多く、其方らも仕えやすいだろうしな」
ははは、やはりそうなったか。
ただ彼らの意向はどうなんだ?
「我らは敗残の身、ありがたい仰せに感謝いたします」
「どうか是非とも! よろしくお願いいたします」
「私はありがたく、兵たちに関しては彼らの意思に任せたく」
あれ? 今度は思ったよりも前向きな返事だな?
これもアイゼンたちのような先駆者が居て、彼らがちゃんと重用されている実績があるからか?
それとも……、第三皇子に仕えるのは何かと障りがあるが、俺なら別枠みたいな感じ?
この提案に対し、結局三人は俺のところに、兵たちは希望者が俺の所に来ることが決まった。
ともあれ、これで全ての懸念事項は片付いたはずだ。
エラル騎士王国は味方だったし、エンデ郊外に展開していた八千名の兵力も間もなく戻ってくる。
第三皇子が率いていた、負傷兵を含む軍勢も間もなくビックブリッジ砦に到着するという報告も入っている。
これで砦の兵力も充実するはずだ。
そうなれば……、少し予定より少し早いけど、俺もそろそろクサナギに戻れるかな?
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は7/8『帰還にあたって』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。