アレクシスが会議室に招いた男、それは俺もよく知る人物だった。
イストリア正統教国と交易を行う商会を率いるハンドラー、彼は何回目かの入札で『有益情報』を付加価値にして応じ、以降は交易の傍らで敵情を探る任務を帯びていた。
会議室に招かれた途端、居並ぶ錚々たる顔ぶれにはハンドラーも驚きの余り固まっていたけど……。
「ハンドラー、久しぶりだね。社交儀礼や挨拶は不要だ。イストリア正統教国の動きで、報告すべき内容について遠慮なく話してほしい」
アレクシスが内々にではなく、この場に彼を招き入れたということは、全員が早急に共有すべき事案と判断したからだろう。
なので俺もそれに乗って彼を促した。
「公王陛下の仰せに従い、ご挨拶は省かせていただきます。先の戦いで軍を帰したイストリア正統教国軍二万は、トライアに戻らずそのままヴィレ王国の王都を急襲いたしました」
「なんとっ!」
「友邦国を……、デアルカ」
「奴らめ、そちらが本来の目的であったのかもしれませんな」
ソリス侯爵、ゴーマン侯爵は驚いた様子で、団長は驚きつつも冷静に状況を理解しようとしていた。
アレクシスは黙って話を聞いている。
「で、その後の戦況は?」
「そもそもヴィレ王国はほぼ全軍と言える兵を出しておりました。しかも仰せの通りイストリア正統教国は今回の出兵では友邦、そのため王都近くまで咎められることもなく進軍し、突然急襲したようです。
ヴィレ王国側はまともに戦うこともなく、一日も掛からず王都は陥落しました。王都に残っていた王族も全て捕らえられ、即刻処刑されたと……」
「それだけか? 予め予定の行動であれば続きが有るはずだが?」
「公王陛下の仰せの通りです。彼らはそのまま軍を転じ、リュート王国の王都を急襲しこちらも陥落させた模様です。なんせ三国は元はひとつの国で友邦関係を維持しており、国境には何ら防衛設備もありませんでした」
「だろうな、ヴィレ王国が一日で陥落したとなれば、リュート王国も備える時間が無かっただろう」
「はい、加えて主力を参戦させていたリュート王国は、イストリア正統教国との国境にも兵を配置しており、ヴィレ王国との国境や王都は全く無防備だったため、なす術もなく……」
やってくれるな。
各国の主力を俺たちと戦わせて擦り減らし、空になった本国を襲うか……。
悪辣すぎて吐き気がしそうだ。
「現在はトライアからも援軍が進出して二国を抑える傍ら、民衆には圧政を敷いて改宗を強要しております。
私が此方に戻る時点で、侵攻した二万の軍は最後に残ったカイン王国に兵を進めておりました」
「さすがにカイン王国も他の二国の状況を知り、慌てて兵を糾合し防衛戦を展開していることでしょう。
ですが元より三国の中では一番安泰した状況に甘んじ、兵力で劣る国です。長くはないかと……」
ここに至りアレクシスは初めて口を開いた。
そして更に言葉を続けた。
「ことは他国での問題です。本来なら高度に政治的な問題となり、我らの一存では関与できない話ですが……」
彼の言う通り、これは本来なら自業自得の話に過ぎない。
他国に攻め入って敗北した結果、別の国に国土を掠め取られても文句の言える立場ではない。
たとえそれが道義的には許されない形であっても。
「そうですな。動く動かないは別として、それぞれの国から救援要請を受けた訳でもなく、もとより国交もない国々の話だ。まして先日まで戦っていた交戦相手ともなれば難しい話となりましょう」
この団長の言葉が道理だ。
心情的には面白くない話だが、本来なら俺たちが動くべき内容でもない。
そう考えている間も、ハンドラーの報告は続いた。
「この件に関し、私はレイム殿から公王陛下に宛てた書状をお預かりしております。
どうかこちらをご一読いただきたく」
レイムと聞いてラファールが立ち上がり、ハンドラーから手紙を受け取った。
そして何か書状が包まれている封筒を念入りに確認しているようだった。
「間違いありません。こちらの中身は間違いなくレイムの書状と思われます。どうかご一読ください」
レイムはラファール率いる諜報部隊の一員、ならば封書に何らかの符丁を残しているのだろう。
そう思いながら俺は内容を確認した。
「!!!」
俺は読み進めるうちに我慢ができなくなった。
「くそっ! 奴らは一体何人殺せば気が済むんだ!」
「タクヒールさま?」
怒りの余り思わず言葉を吐き捨てた俺は、ユーカの言葉で何とか自制することができた。
「ああ……、済まない。
ハンドラー、貴重な報告をありがとう。他に報告が無ければ褒賞を渡したいので別室にて待っててもらえないか?」
俺はなんとか怒りを抑え、先ずは彼に退室してもらった。
ここから先は魔境公国の方針に関わる大事な議論となるからだ。
彼が退席したあと、俺は改めて皆を見回して言葉を続けた。
「皆にも改めて共有したい。
今回イストリア正統教国軍を率いていたのは二人の枢機卿、リュグナーとアゼルだ」
「「「なんですとっ!」」」
俺たちにはこの名前だけで十分だ。
リュグナーは元ヒヨリミ子爵の長男でテイグーンを襲撃し、フェアラート公国の反乱軍を焚きつけていた男。
アゼルはイストリア皇王国にて当時のカストロ枢機卿の側近だった男であり、先の対戦では西の辺境伯の帷幕となり暗躍していた男だ。
両名ともキリアス子爵が残した告発状に名前が上がっており、闇の氏族を滅ぼす際は追撃の手を逃れて何処かへと逃げ去っていた。
そんな彼らは今、カイル王国及びウエストライツ魔境公国にて手配中の最重要国事犯でもある。
「どうやら色々と繋がったようだな。
レイムの報告には奴らが煽動した民衆にも『闇の使徒』が関わっていた事が書かれている。
イストリア正統教国の急激な勃興、そして本来なら無縁であった三国の戦線参加、これら全てに『闇の使徒』が絡んでいたとすれば全て説明が付く」
「そうなれば我らも無関係を決め込むことはできませんな」
静かにそう言った団長からも、溢れんばかりの殺気が漲っていた。
「団長の言う通りだ。せっかく戦いに勝利し、安寧の時が来たと言うのに、皆には申し訳ない。
俺には領土的野心も、攻め込んだ三国に対し怒りはあっても復讐する気はない。だが……」
ここで俺は全員の顔を見た。
ここに至りまた、仲間の命を奪うかもしれない選択をしなくてはならない痛みが心を締め上げる。
「どうかタクヒールさまのお心のままに! これは我らの願いでもあります」
「「「「「我らも是非っ!」」」」」
団長の言葉に皆が続いてくれた。
俺は立ち上がり、皆に深く頭を下げた。
「みんな、ありがとう。
俺はせめて三カ国に住まう民たちを、不当な侵略者から救いたいと思う。それが偽善と謗られても構わない」
「タクヒールさまのご意志は我らの意思でもあります。ただ問題は複数の国にまたがる政治的な部分ですが……」
「レイモンドの指摘は正しい。
ひとつ言えるのは、俺たちには二つの御旗がある。その一つとして、ビッグブリッジを立つ時に俺は第三皇子から『討伐委任状』を預かっている」
『帝国領土を侵した外敵に対し、帝国軍になり代わりその責を問うための追撃を委任する。これには帝国のどの場所でも戦端を開くことと、必要とあれば帝国の責任に置いて国境を超え、独自の判断で敵国を討伐することも含まれる』
預かった書状にはそのような事柄が記載されていた。
これらは北部戦線がまだ収束していない場合を想定して預けられたものだが、今回の件はなんとか委任内容の許容範囲となるだろう。
「もう一つの御旗はこれから得るつもりだが、差し当たりその前に皆には確認しておきたい。
せっかく皆が勝利の上で獲得した捕虜を、状況によっては解放することになると思う。
それについて同意してもらえるだろうか?」
「彼らを全て解放すると?」
「ソリス侯爵、そこは違います。希望者は従軍することを条件として一時的に解放し、戦功によってはそのまま解放する、と言った形を採ります。もちろん前段として幾つかの条件を踏まえて、の話になると思いますが。
防衛にあたった諸将のご意見はどうかな?」
「なるほど、それならば私も異存ない」
「元より私は異存はない。公王の進まれる道は我が進む道デアル」
「闇の使徒は亡き辺境伯の仇、我らに異論などあろうはずもなし」
「王都騎士団として、手助けこそできませんが貴国の方針に異存はありません」
「ではこの後、降将と捕虜の引見に入り、前段の条件を確認し、可能ならもう一つの御旗を得たいと思う。
一部の者を残して一時解散とするが、出兵の準備だけは怠りなきよう!」
「「「「「はっ!」」」」」
このあと俺たちは、アレクシスより敵将の情報を確認した上で引見会場へと席を移した。
話を聞くにつれ、俺の興味はこれから会う二人の人物へと募っていった。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は8/05『整った条件』を投稿予定です。
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