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タクヒールが指揮する遠征軍が近くまで迫っているとは知らず、リュート・ヴィレ・カインと短期間で三つの王国を攻め滅ぼすという、かつてない快挙を成し遂げたイストリア正統教国軍の士気はすこぶる高かった。
彼らはこれまで二国で行ったことと同様、しばらく王都に居座るとイナゴのように王都の財貨を奪い尽くし始めていた。
「ふん、イストリアの野蛮人共にとって王都はうってつけの餌というものだが……。
それにしても奴ら、この国でも根こそぎ財貨を奪うつもりでいるのか?」
陥落したカイン王国、その王宮の一角から王都で暴虐の限りを尽くす兵たちの様子を眺めていたアゼルは、口元を歪めて吐き捨てた。
『奪え、異教徒より全てを奪い尽くすのだ! 奪った物を神に捧げることで初めて、彼らの罪は贖われる!
罪深き異教徒に神の恩寵を授けてやるのだ!』
そう言って口々に兵たちを煽り、率先して非道な略奪や暴行を推し進めていた者たちは、これまでアゼルやリュグナーが率いてきた兵たちではない。
彼らが転戦しリュート・ヴィレ・カインの各王国をへと侵攻したときに合流した、指揮系統の異なる部隊に属する者たちであった。
「聖教騎士団か? 狂信者にとっては相応しい部隊と言えよう。この先も奴らは我らの犬として役に立ってもらわねばならんからな。時には餌も必要というわけだ」
「ま、まさかリュグナー、お前が許可したのか?」
「そうだ、今回は奴らもそれなりに働いたし、この先を見越した餌も必要だからな」
これまでも彼らは、アゼルたちが占領した王都にやって来ると、そのおこぼれに預かるだけだった。
その内容は……、捕縛した各国の王族に対し『罪深き異教徒の首魁に神の裁きを与える』と称して処刑すること、王都に住まう者たちに改宗を強要した上で教会への喜捨と称して財貨を奪い取ることで、今と比べればまだ可愛げがある振る舞いだった。
だが今度は事情が異なっていた。
何故なら彼らも今度はちゃんと『仕事』をした上で王都に入城していたからだ。
これまでの不意を衝いた奇襲と異なり、カイン王国の王都攻防戦は敵側もそれなりに防衛体制を整える時間があった。
そのため王都の攻略もこれまでの様に簡単ではなく、包囲した上で攻城戦を進めることになったが、そこで聖教騎士団は活躍した。
狂信的に猛攻を加えて城壁に突破口を開くだけでなく、夜闇に乗じて王都を捨て逃亡を図った王族も捕らえていた。
今回の略奪はそれらの対価としてリュグナーから与えられた『餌』に過ぎない。
そのため彼らは、カイン王国に対しては公然と王都の財貨を略奪し、暴虐の限りを尽くしていた。
「だが……、度が過ぎると今後の占領施策も立ち行かぬぞ?」
「ふふふ、その通りだ。今後のために悪名を広げてもらうこと、それも奴らの役目のひとつよ」
「どういうことだ?」
「そもそも皇王国内でも、奴らは神の教えを守る盾と自称しながら中身はただの飢えた狂犬に過ぎなかった。教皇さえ手を焼くほどの、な。
それゆえ奴らはイスラを逃げ出した教皇を見限り、カストロの招聘に応じたのだ。つまり奴らは常に餌を欲し餌にになびく」
イストリア皇王国で教皇を守り皇都イスラに駐留していた一万の聖教騎士団は、本来であれば教皇と教会の守る盾として教義に純粋培養された選りすぐりの騎士であった。
だか教会上層部が私利私欲に走り始めて頂点が腐るなかで、彼らも上に倣っていた。
いや、より凶暴で悪辣な形に進化した、が正しいかもしれない。
ただその後、カイル王国との度重なる敗戦やイストリア正統教国の勃興で国が困窮すると、飢えた彼らは自身の欲を満たすことができなくなった。
そんな折、日々国土を侵食しイスラ近くまで迫ったイストリア正統教国軍に対し、皇王はイスラを捨てて逃げ出したが、カストロは聖教騎士団に誘惑の触手を伸ばしていた。
『教義を守るために戦う聖教騎士団よ、数十万もの異教徒たちを導く(略奪する)崇高な機会に参加し、神の名を知らしめよ! 神は信心深いお前たちの期待に応えるべく、十分な恩寵(略奪物)をくださるだろう』
この言葉を受けたとき、聖教騎士団に所属する多くの者たちは決断した。
このまま皇王国に居て教皇に従って逃亡してもジリ貧、彼らの欲が満たされることはない。
ならば同じ神を信じ、かつては教皇に近い立場であったカストロ側に転向する方がマシではないかと。
彼らの決断の結果、カストロは彼の呼び掛けに応じた七千もの聖教騎士団を手に入れていた。
彼らが合流した時点で、カストロは帝国領に侵攻したリュグナーらの抑えとして国境まで遣わし、帝国領での切り取り放題という餌を与えられていたのだが途中で事情が変わった。
予想に反して魔境公国軍が圧倒的勝利を収めたからだ。
ただそれも彼らにとっては、欲望を満たす先が帝国領から新たにリュグナーらによって提示された三か国に変わっただけの話だった。
「だが奴らの胃袋は大きいぞ、奴らの好きにさせたカイン王国の王都では、我らの得るものも大きく減ってしまったのではないか?」
「これは餌に過ぎんわ。ここで一時的に腹を満たした奴らには、新たな使命を与える予定だからな。
奴らを四か国の国境に押しやり、小僧の軍に対する番犬とさせるために、な」
「ははは、そこまで考えてのことか。恐れ入ったわ」
「当然だ、この国での実入りは減ったとはいえ、我らの指揮下にある狂信共も奴らを見習って懸命に神への貢物を漁っておるわ。なので『それなり』にはなるだろうよ」
「確かに……、兵たちが奪った物も大半は教会への供物として、勝手に我らへと捧げてくれるのだからな。
教会とは便利なものよ。それでリュグナー、奴らを国境に追いやった後はどうするつもりだ?」
「さすがに三国を統治するには兵が足らんからな。奴らには餌を与えて国境を守らせる他、カストロから追加で送られてきた部隊が総勢で一万、既に我らに合流した四千の他、リュート王国との国境から二千ずつの兵がが三方面から侵攻しているであろう?
奴らをまとめてリュート王国の王都に入れて後詰とさせる」
「なるほど、入り口は潰しても良い七千の兵で守らせ、奴が送ってきた増援もトライアや帝国に近いリュート王国の王都に配する訳だな?
それで我らは直属の二万で三国の統治に専念し、宿願を叶える足場とすればよいと」
その言葉に対しリュグナーは不敵に笑った。
「最終的にはもう少し増えるだろうな。我らには三国からの降兵、祖国を守るどころか率先して我らに降伏して尖兵となった者が二千、統治が定まれば日和見していた者も含め一万程度にはなるだろうさ」
「確かに……、な。いつでも使い捨てにできるよう、我らは降ってきた恥知らず共を受け入れ、それなりに厚遇してきたからな」
「そうなれば国境の防衛に七千と後詰に六千を置き、二カ国の王都に置いて来た戦力を合わせれば我らの主力は二万四千となる。
狂犬共と六千の後詰も意のままにできれば、最終的に我らの戦力は三万七千、現状でも降伏して来た兵が今でも二千、四万近い兵力があれば新しい国を統べるにあたり十分とは思わんか?」
そう言いながらリュグナーは高揚していた。
何故なら、それはこれまで彼が指揮した兵力よりも遥かに多く、領地も兵力も長年憎み続けた成り上がりの小僧を遥かに凌ぐ広大なものとなるからだ。
しかもそれは更に増える可能性すらある。
「ふふふ、これで我らの宿願に一歩も二歩も近づいたということか」
リュグナーの目論見通り進めば、総兵力でイストリア正統教国すら凌ぐことになり、それを併合することすら夢ではなくなる。
二人が醜悪な笑みを浮かべていたとき、彼らを甘い夢に水を差すかのような報告が入った。
「も、申し上げます! カイン王国の敗残兵と思しき軍が王都の西に現れたとの報告が……」
「ちっ、既に王都は陥落したというのに諦めの悪い奴らだ。その数は?」
「およそ二千、我らの哨戒部隊を撃破すると、遠巻きに王都を眺めて展開しております」
「ふん、ならば狂犬共には与えた餌に相応しい働きをしてもらうだけのこと。聖教騎士団に伝令を走らせよ!
カイン王国の敗残兵共を蹴散らし、聖教騎士団の名と神の威光を知らしめる機会である、とな」
「はっ!」
「加えて伝えよ、敗残兵を討ったのちはそのまま西進して国境に隣接する一帯と帝国のジャーク伯爵領を実効支配し、それらは聖教騎士団の所領として勝手放題を認める、とな!」
走り去る使者の背を眺めたのち、リュグナーはアゼルに向き直った。
「さて、これで邪魔者は出ていくことだし、この地で得る物もなかろう。我らはヴィレの王都に戻り今後の算段を整えるとしようか?」
「ははは、これまで二国の王都で奪った財貨に加え、ここで得た進物の数々を持っての移動か……。これではいささか足取りは重くなるであろうな」
「それだけではないぞ、邪魔者が去ったのちには収穫物の徴収を行うつもりだ。我らに転向してきた者どもを通じて占領軍として布告を発し、各地に徴税の官吏を走らせる」
そう言うとリュグナーは、予め作成していたのか布告の書面をアゼルにも見せた。
~~~ 布告 ~~~~~~~~~~~~~
ひとつ、これまでに帰順してきた者たちには本領を安堵し、新たな税の納入を不要とする
ひとつ、今後我らに帰順し税を納めて来た領主は、収穫に対し二割の税を課す代わりに本領を安堵する
ひとつ、王家の直轄領に関しては旧来の扱いと同様とするが、納品先は占領軍となる
ひとつ、他領の税を代行して徴収してきた者には、その功績に応じ徴収分から報酬を与える
ひとつ、今後は全ての税を旧ヴィレ王国の王都にて集約する
ひとつ、この命に従順ならざる領地には聖教騎士団を派遣し、全てを奪いつくすことになる
ひとつ、命に従わぬ領主や代官を討ち、代わって税を納めた者には褒章として旧主の地位を与える
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「ははは、統治に狂犬共の悪名も利用する訳か? しかも帰順した者や恐怖に怯える者たちを使嗾して」
リュグナーとアゼルの違いは統治者としての経験と教養が大きく異なっていたことだ。
曲がりなりにもリュグナーは、酷薄な治世であったとはいえヒヨリミ子爵領の統治に携わっていた。
そのためアゼルは経験と知見で敵うべくもなかった。
「もちろんだ、奴らの暴虐振りは直ぐに全土に知れ渡るからな。しかも我らはまだ手足が足らん。
この際だから降って来た者どもや、聖教騎士団の奴らの行いも有効的に活用するまでのこと」
「なるほど……」
そこまで見越しての略奪許可だったのかと、アゼルは僚友の手腕に驚かざるを得なかった。
その後、聖教騎士団の本隊が勇躍してカイン王国の王都を出立し、リュグナーの意向を受けた使者たちが各地に走った……。
ただここでリュグナーの思惑は彼にとって想定外の事態により頓挫する。
彼が全土に放った使者の多くは途中で捕縛されるか、戦況を知り仕える主を変えることになった。
何故なら、既にリュート王国は新たな主の下で統一されつつあり、ヴィレ王国の各地でも同様、カイン王国でも反抗の狼煙は上がり始めていたからだ。
ゴルパ将軍の策のもと、これより本格的な反撃が始まり、暴兵の侵略で辛酸を舐めた各国は、これより新たな展開を迎える。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は9/23『反抗の始まり』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。