11月15日(土)に小説第六巻が発売されます!
それに因んで、原作も今日から発売日まで特別編を含む連続投稿とさせていただきます。
六巻の応援もどうぞよろしくお願いします。
隘路を活用した、騎兵による一撃離脱戦法の波状攻撃で戦いを優位に進めていたゴルパ将軍だったが、彼の本営からも敵軍が新たな動きに出てきたことが見て取れた。
これまでの戦いでは隘路出入口に布陣した敵軍の先頭と最後尾だけと戦い、一方的と言ってよいほどの戦果を挙げていたが……。
ゴルパは敵軍の動きに不穏な何かを感じ始めていた。
「ミゼル殿、敵軍が妙な動きをしておりますが、正統教国との戦闘経験豊富な戦術士官として、敵軍の意図は何だと思われますかな?」
「そうですね、直ちに最後尾を叩いている二千騎には後退を指示されるべきと思われます。
おそらく敵の後ろ部分は、後退しつつ森に兵を潜めて縦深陣を敷き、追撃する我が軍を誘い込み殲滅を意図していると思われます。
私の方でも連絡部隊を通じ、彼方の部隊には深入りを避けるよう注意喚起しておりますが……」
そう答えたミゼル自身、過去にタクヒールがブルグの森で採った戦術を目の当たりにしている。
あの時も数に勝る反乱軍の騎兵部隊をタクヒールの知略とロングボウ兵、ダブリン戦術よって寡兵で殲滅したが、その状況が今回は攻守立場を変えて再現されているように思えていた。
「加えて敵軍の前衛は街道ではなく森を抜けて兵を横に展開させ、街道出口に得意の防御陣を敷きつつあります。この状態で力攻めも危ういかと……」
ここでゴルパは大きく頷いた。
彼には妥当と思える意見なら直ちに採り入れる器量があった。まして自身が感じていた漠然とした不安に答えを見つけたのだから猶更だ。
「では後続を攻撃している二隊には『直ちに後退し背後を牽制するに留める』よう指示をお願いしたい。
同時に前衛に当たっている部隊も『一旦距離を取る』ことの連絡をお願いしたい」
「はっ、直ちに!」
予めその連絡も想定していたのか、ミゼルは振り返ると配下の通信兵にただ手を挙げて合図しただけだった。
その様子を見て感心したのか、ゴルパは目を細めて頷きながら眺めていた。
「これより我らも戦線参加して足留めに入る故、ミゼル殿は通信部隊を率いて留まり、戦局に応じて情報を発信する拠点となっていただきたい。
戦闘への参加は厳に禁じるゆえ、その点だけは心得ていただきたい」
「はっ、ご命令は確かに。将軍も決して無理ならなれぬよう……。これより丘の上に旗を立てます。
青旗は攻勢に、黄旗は距離を置くこと、赤旗は直ちに撤退していただくようお願いします」
そう言ってミゼルは駆け出し、早速新たな指示を伝えるべく動き出した。
「ふふふ、若いが戦いの流れをよく見ておるわ。
彼もまたそれなりに死線を超えてきたのであろうな……。未来ある若者、このような戦で死なせてはならんからな」
そう言ってゴルパはミゼルの後姿を見つめてひとり笑っていた。
そして、率いる一千騎に対し号令を発した。
「これより通信部隊はここに残し、我が隊も戦闘に参加する! 奴らを少しでも長く足留めすることが我らの責務、新しき国への礎となるのじゃ!」
ゴルパに率いられた部隊は、これまでの攻撃で敵軍の最前衛と最後尾を蹴散らし、各々で一千名以上は戦闘不能にしたと思われた。
だが……、未だ敵軍の主力は健在で一万以上の兵が残っている。
彼らが得意の防御陣を敷いて移動を始めれば、今度は数の力で押し負けてしまう。
ましてヴィレ王国側を守る騎兵は三千、敵軍の三分の一しかいないのだから……。
覚悟を決めたゴルパは出陣し、戦場へと躍り出ていった。
※
一方でイストリア正統教国軍を率いたリュグナーやアゼルも困惑していた。
街道の出口である森の前に、彼らが意図した半円状の防御陣が形成されたとき、その前方には予想を超える数の騎兵が展開していたからだ。
「ここに二千騎が展開しているだと? どういうことだアゼル! 敗残兵にしては数が多過ぎるのではないか?」
「確かにな。後方にも五百が控えていることだし、敵の総数はそれ以上の数であることは確かだな」
「ちっ! 狂信者たちを追いやったことが裏目に出たか?」
リュグナーらが知る由もないが、彼らが追いやった聖教騎士団七千騎も既に壊滅しており、カイン王国に残した守備兵四千五百名も同様だ。
「ここに至っては致し方あるまい。我らは鉄壁の陣形を維持しつつ王都に入り、ヴィレに残していた三千の兵とと合流するまでよ。奴らもおそらく残った全軍をかき集めただけ、最後のあがきよ。
ロングボウ兵も配置に就いたことだし、このまま攻勢に出てくれば我らの思うつぼだ」
確かにアゼルの指摘は的を射ていた。
本来ならばヴィレ王国にはまともな集団戦力など残されていなかったのだから。
本来であれば……。
「であれば後続の歩兵一千とロングボウ兵五百には我らの後方を守らせ、陣形を維持したまま前進するか?
正面は一万対二千、今度こそ殲滅してくれるわ! 俺は後方を指揮するゆえ前方はアゼル、貴様に任せたぞ」
リュグナー自身、ロングボウ兵の運用にはアゼルに一日の長があることを認めている。
ならば前衛の指揮は彼に任せ、自身は自発的に後方に回った。
そして……、隘路出口で半円状に展開していた彼らは陣形を偃月陣に変化し、ゆっくりと街道を進み始め、それに続くように後方の部隊もまた動き始めた。
彼らの最前衛には捨て石として盾となる転向兵が一千五百、その内側には歩兵五千、更に内側にはロングボウ兵一千五百が展開し、攻防一体の前衛部隊を形成していた。
中軍には騎兵二千を展開させ、最後尾の後衛には歩兵一千に守らせたロングボウ兵が五百が防御陣を敷いた。
彼らはこれまでの戦いで負傷し、戦線離脱した者たちを見捨て、一千名を超える負傷兵を盾として森の中に残している。
そのため後方を攻撃していた敵軍は伏兵を警戒して森を抜けれずにいる。
この体制でじりじりとヴィレ王国の王都方面へ進み始めた。
「敵襲! 正面から一千の騎馬隊が突入して参ります!」
「ははは、しびれを切らして攻撃して来おったわ! ロングボウ兵は正面に向けて攻撃準備!」
だが……、突撃して来たはずの敵兵はロングボウの有効射程距離である三百メルまで接近すると、右に方向を転じて彼らの防御陣の脇をすり抜けながら後方に回り込む動きを見せた。
「ちっ! 小賢しい真似を、敵軍の動きに合わせて対処を! リュグナーの負担を減らしてやれ」
アゼルの指示に従い、一部のロングボウ兵たちが動き出した時だった。
先の一千騎が巻き起こした土煙の陰から、これまで潜んでいたゴルパ率いる一千騎が突入してきた。
「敵軍の新手ですっ! 左翼から新たな敵兵がっ!」
これまで想定していなかった新手の出現にアゼルらの対処が一瞬遅れ、彼らの左翼は一千騎の突撃をまともに受けてしまった。
これにより左翼の外周を守る歩兵たちは次々と薙ぎ倒されていった。
「支えろっ! この場を持ちこたえれば奴らはロングボウの餌食だ!」
歩兵たちが必死に突撃を押しとどめるなか、後方に回り込もうとしていたロングボウ兵たちが戻り、一斉攻撃で矢の雨を降らせたが、そのとき既に突撃した騎兵は彼らに前から後退していた。
だが次の瞬間、右翼方面から新手が突撃してくると再び一撃離脱を試み、リュグナー指揮する後衛にも別部隊が襲い掛かる気配をみせた。
「無駄なことを、仮に一千騎が増えたとして我らの防御陣を突き破ることは不可能!
このまま数を優位に葬り去ってくれるわ!」
そう豪語したアゼルの言葉通り、幾度の敵襲を受けても若干の歩兵たちが削られていく中、逆に彼らはロングボウによって同数程度の敵兵を打ち倒していた。
一万一千対三千、このまま互いに数を減らしていけばアゼルらが勝ち残ることは目に見えていた。
※
各一千の騎兵三隊が連携した攻撃を繰り返していたが、このままで消耗すれは敗北することは指揮するゴルパにも分かっていた。
だが、彼らを再びヴィレ王国の王都に入れてはならない。
王都には二千の守備兵を残しているものの、指揮系統も明確ではない上に二度の攻城戦を経たため、城門などの施設は損壊したまま、王都の防御力は格段に落ちている。
このままでは敵軍に再奪還されてしまう。
それを妨げるために、ゴルパらは悲壮な覚悟でもってただ足留めすることに徹していた。
自身の身や命を削りながら……。
「後方に配した二千騎はまだ森を抜けられんのか?」
馬上でゴルパは確認したが、答える者はいない。
彼らは最前線で身を置いており、それを教えてくれるのは皮肉にも敵軍の変化でしかなかった。
後方から二千騎が戦線参加すれば、もう少しマシな戦いができたかも知れないが、リュグナーの非情な判断により一千名もの敵負傷兵が生ける石垣となって隘路に立ち塞がり、予想以上の抵抗を見せていたからだ。
「将軍、このままでは我らの軍は……」
部下からの訴えはゴルパにも重々分かっていた。
繰り返した突撃で兵たちは傷つき、既に二割以上が脱落していた。
敵軍が半円形に展開しているため、ロングボウの一斉攻撃こそ回避できているが、既に各所で被害は増えつつあり、このままではあと何度かの突撃で全滅判定となる被害を被ってしまう。
「せめてあと数刻、我らが持ちこたえていれば魔境騎士団の本隊が参戦する。それまで何とか……」
そう言ってゴルパは通信隊を残していた丘を見上げた。
そこには何本もの青旗が、彼らを激励するかのように風を受けてはためいていた。
※
「そうか……、彼らもまた『攻勢を維持すべき』と言っている訳か。ふふふ、儂も最後に良い死に花を咲かせることができそうじゃな」
そう言ってゴルパが全軍を叱咤し、再び突入しようとしていた時だった。
彼の右後方から凄まじい矢の嵐が突風と共に駆け抜け、敵陣の一角を薙ぎ払った!
まるで槍が突き刺さったかのような激しい矢は、堅い防御人の一角を一気に突き崩し始めた。
「まさか! こんなに早く? 援軍が到着したのか?」
ここに至り、カイン王国の王都からヴィレ王国内を抜けて追い縋ってきたタクヒール率いる本隊が遂に戦場に到着した。
彼らはミゼルが空に上げた天燈に誘導され、最短距離を抜けて正確に戦場へと辿り着いていたのだ。
ここで戦局は再度逆転する。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
今回の投稿より11/15の小説六巻発売を記念して五話連続毎日投稿となります。
本編二話、特別篇三話の構成でお届けしますので、こちらも楽しんでいただければ幸いです。
明日は『三国開放』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。