三か国遠征から凱旋して三か月後、俺は約束通りミザリーを伴って帝都グリフィンへ、新皇帝の即位式典及び論功行賞に参加するためクサナギを出発した。
戦いが終わってから多少時間が経ってしまっていたが、ジークハルトから送られてきた使者により、帝都で起きた二つの事件とその顛末、それらが産んだ新たな火種など、第三皇子の苦しい立場を知った。
そのため正直言って俺は、論功行賞の開催すら危ぶんでいたぐらいだ。
因みに今なお帝国が抱えている火種とは……。
ひとつ、皇帝が不可解な死を遂げ、その犯人は未だに判明せず帝国内はまだ混乱の渦中にあること
ふたつ、不平貴族の間では、皇帝暗殺の嫌疑が第三皇子に向けられていること
みっつ、この混乱に紛れて第一皇子が逃亡し、その行方は未だ知れず捕縛に至っていないこと
よっつ、この事態を好機として、反乱で累が及ぶ者たちが一斉に動き出し、反第三皇子で大きくまとまりつつあること
そのため帝国内の政情は不安定となり、その対処を懸命に進めているらしい。
今回の皇帝即位式と論功行賞開催も、帝国内が安定したから開催されたのではなく、政治的効果を期待して行うものだと説明があった。
その目的として……。
ひとつ、ウエストライツ魔境公国を始めとする周辺国との友好関係を見せつけ、未だに蠢動する敵対派閥を押さえつけること
ひとつ、この期に及んで皇帝の意に反する者を論功行賞であぶり出し、彼らを時節の見えぬ者として政治的に『公開処刑』し、反対派の勢力を削ぐこと
『そのためにもどうか公王陛下には、新皇帝を支える盟友として即位式に列席いただき、改めて我々が謝辞を述べる場として論功行賞にご参加いただきたいのです』
国賓としての招待されるに当たってジークハルトから送られた書簡には、そう申し添えてあった。
まぁ俺は以前より第三皇子には招待を受けていたし、統治の安定に寄与できるのであれば幸いと、即位式への参加はふたつ返事で了承したが、どうやら物見遊山で帝都に行くことは叶わない状況だと理解した。
俺たちはこの機会に、改めて反乱軍の討伐及び侵略軍討伐の双方について、帝国(新皇帝)より謝辞を受ける立場となる予定らしいが、どうやらその辺りの匙加減も難しそうな状況だな。
そんな状況もあって随行員もそれなりに、団長率いる魔境騎士団五千騎の精鋭を揃えていた。
加えて俺たちの隊列には、同じく招待を受けていたカイル王国の代表使節として、クラリス殿下と護衛を務めるゴウラス騎士団長率いる王都騎士団五千騎が加わっていた。
「どうやら帝国も予断の許さない状況、我らもゴウラス殿と連携し細心の注意を図って参ります」
「そうだね、このような事態だからこそ、俺たちは新皇帝の後ろ盾となる必要があるしね」
そう言ったとき、俺は思わず苦笑してしまった。
こんな俺が帝国の皇帝の後ろ盾ってか? 自分でかなり大それた事を言ってるよな。
しかも前回の歴史ではカイル王国を滅ぼし、俺の命を奪った国の頂点である人物に対して、だ。
家族と仲間を守るため夢中で戦ってきた俺だったが、振り返ってみると三度目の人生でやり直しを始めた当初からすれば、今は想像すらできなかった立ち位置にいる。
もちろん他にも色々と想像すら出来なかったことは沢山あるけどね……。
※
俺たちはクラリス殿下一行とクサナギで合流し、ドゥルール伯爵の案内によって共に帝都へと向かうはずだったが……、何故かその隊列に合流する者たちもいた。
「我が友よ、共に轡を並べて帝都に入るとは、なかなか面白き展開になったな」
「……」
ってかさ……、一国の王がそうそう気軽に出てきて良いのかよ!
クサナギを訪れた彼らの隊列を見たとき、なんか嫌な予感はしていたけどさ。
同じように即位式典に招待されていたフェアラート公国からは、特使としてフレイム侯爵と魔法兵団三百名を含む近衛師団五千騎が派遣されていたのだが……。
近衛師団を率いるクリューゲル師団長ってさ……、一体誰のことだよ!
今回もあの王様、自身を師団長に身をやつして再びお忍びで出てきているし!
この先で俺はどう取り繕えば良いんだ? 本当に勘弁してくれよ……。
「クリューゲル陛下、一国の王としてどうなんですか?」
「ははは、我が友も今や一国を預かる王ではないか。ならば今は対等と思うが?
魔境公国は公王が参加しているのだから、他国でも王が参加して問題ないだろう」
「まぁ……、陛下のフットワークの軽さに救われた俺が何かを言える立場ではありませんけどね、まさかそのまま近衛師団長として、即位式典にも参加されるつもりじゃないですよね?」
さすがにそれは不味いと思う。
ただこの人は『お忍び』の達人だし、今回はフレイム侯爵も諦め顔だった。
「ははは、新皇帝とはかつてクサナギやテイグーンでも盃を交わした仲だからな。
流石に祝いの席では国王として参加させてもらうし、その話は返礼の使者を通じて内々に伝えてあるよ」
それならまぁ……、いいんだけどさ。
実のところお忍びで参加する者は俺の陣営にも居るし、クリューゲル陛下のことを言えない立場だからね。
「あら、国王でいらっしゃるお二人が楽しそうに……、私もお話に混ぜていただきたいですわ」
ってかさ、嬉しそうに乗馬を寄せてきた姫様、本来なら未婚の王女が他国に使者として出るなんて前代未聞の話なんですからね!
既に二回ほど前科があるけどさ……。
カイル王国側では帝国から招待を受けたものの、特使として誰を派遣するかで大いに揉めたそうだ。
もちろん『じゃじゃ馬』は我先に手を挙げていたらしいけど、国王を始め周囲は大反対したらしい。
結局のところ、国王自らが参加することは憚られるなかで相応しい人物がおらず……。
「優秀な『御者』がいれば『じゃじゃ馬』をうまく御してくれるじゃろう」
どこかの狸からそんな意見が出たところで、しぶしぶ殿下の派遣が決まったそうだが……、『優秀な御者』って誰のことだよ!
「あら、せっかくの旅なのに溜息ですか?」
「お二人の仲睦まじい姿に、少しだけ当てられただけですよ」
そりゃそうでしょう。俺からすれば貴方の世話を頼まれた立場なんだから。
二人は新婚旅行、いや、婚前旅行とばかりに大はしゃぎだけどさ。
いや、カイル王国側はクリューゲル陛下の参加を知らないし、万が一『婚前旅行』なんて話が知れたら、また陛下を巻き込んで大騒動となるぞ。
ホント……、頭が痛いは話しだよな。
「あら? 公王陛下も私たちと同じなのでは?」
「???」
いや、そうか……。認めたくないけど俺も同類か?
ヨルティアは魔法士としての任務があるけど、ミザリーは以前の約束に応じて……。
確かに俺は彼女に『帝都見物』と言った気がするからな……。
ただ俺が伴っているのはれっきとした妻、公妃だからね! ここは絶対に違うぞ!
考えてみれば結局、あの日にクサナギで再会を期した全員が、再び場所を変えて集うことになったんだよね。
これも因果な巡り合わせということかな?
「あの……、私たちはタクヒールさまの傍に居て構わないのでしょうか?」
俺の右側に駒を並べる仲睦まじい二人に対し、左側を伴走していたミザリーが小さな声で話し掛けて来た。
今回は公妃としてミザリーとヨルティアが同行しているが、ヨルティアは魔法士としての任務もあり同伴者ながら戦力として期待されている。
一方ミザリーは今回、あくまでも公妃だけの立場で同行しており、彼女が不在のテルミラはユーカが名乗り出て内政を見てくれている。
ヨルティアは二度ほど公国を訪れているので、クリューゲル陛下やじゃじゃ馬にも多少の免疫はあるが、ミザリーは違う。
加えて彼女たちは対外的に、かつての故国であったカイル王国の王女と同じ(になる予定)、公国の王妃と言う立場にあることが余計に緊張させていた。
この辺はまだ割り切れないだろうけど、慣れてもらうしかないよな。
未だに俺だって王と言われるのは気恥ずかしいし、どこか落ち着かないのだから。
※
行軍が途中まで進むと、道中での饗応役を命じられたカーミーン伯爵も俺たちに合流し、三か国がそれぞれ五千騎、帝国側が二千騎と、総勢で一万七千騎となった一行で帝都へと向かった。
それからも何日かの旅を経た後、やっと帝都グリフィンに到着しカイル王国の王都と比べ数倍も大きく威容を誇った城門を潜った。
「ウエストライツ魔境公国タクヒール公王陛下、並びにカイル王国特使・フェアラート公国特使ご一行、ご到着でございます!」
高らかに宣言されると一斉に音楽が鳴り響き、歓迎のため数万ものフラワーシャワーが空に舞い散ったけど……。
あれ? なんだこの既視感は……。
「遠路はるばる、ようこそ帝都グリフィンまでお越しくださいました。謹んで御礼申し上げます」
そう言って大通りの中央に一人、軍装に身を包んだよく知る人物が跪いていた。
しかも帝都の街路は綺麗に掃き清められており、兵たちの人垣で民衆たちが左右に並ぶ前面には一輪挿しの花が生けられ、それが延々と先まで続いていた。
ってか……、この辺りまで知っているのかよ!
そう、これは俺がかつてテイグーンでカイル王を迎えた『花道』と全く同じ様式だったからだ。
呆れていた俺を、クリューゲル陛下とクラリス殿下、そしてジークハルトは黙ってじっと見つめていた。
あれ? 何かあった?
もしかして……、そういうことか? 身の丈に合わないから嫌なんだけどさ。
名目上は俺が一番の高位者だから、俺が口を開くまで皆は何もしゃべてないと言うことか?
面倒くさいが仕方ない、俺は意を決して口を開いた。
「斯様にも心のこもった出迎え大儀である! 新たに皇帝となられるグラート殿にも『感謝にたえない』と伝えてくれるか?」
「はっ、ありがたく!」
そう言って頭を下げたあと、ジークハルトは神妙な表情から一瞬だけ笑みを浮かべた。
きっと俺たち流の出迎えを敢えて演出したこと、これは彼の配慮であり悪戯心でもあるのだろうな。
「ではこれより、ご列席を賜る各国の皆様をご案内させていただきます。
ウエストライツ魔境公国の皆様は私がご案内し、警備責任者を務めさせていただきます。
カイル王国のご使者一行はドゥルール伯爵が、フェアラート公国のご使者一行はカーミーン伯爵がご案内し、それぞれが警備責任者を務めさせていただきます」
なるほどね。俺たちをよく知り、安心できる人物が警備責任者となる訳か。これも配慮の一環だろうな。
ただ、ドゥルール伯爵とカーミーン伯爵は彼らの滞在中、気苦労が絶えないことになると思うけど……。
なんせ『勝手に抜け出して朝帰り』の前科があるお姫様と、『お忍びの達人』である王様だからね。
俺は神妙な顔をした警備責任者たちと、すまし顔の二人を交互に見て大きなため息を吐いた。
「あら? 何か含みのある視線ですが、私たちに何かありましたか?」
ちっ、目ざといな。
一応『御者』として釘を指して置くか。
「サラームの時のような勝手は禁止ですよ。警備の者の責任問題にもなるんですからね。
特に今回は外交使節として訪れているのですから、無断外出なんてもっての他ですからね!」
おいっ! 何であからさまに目を逸らすんだよ!
まさか今回も『初めての夜(帝都の)』を満喫する気でいたのか?
「陛下も頼みますよ! ここは帝国なんですからね」
「ははは、我が友も気苦労が絶えんな。だが約束しよう、二人で出掛けるようなことはないと」
その言葉を聞き、後ろに居たフレイム侯爵もまた、あからさまに安堵の表情を浮かべていたし。
だが俺は、陛下の言葉の指す本当の意味を理解していなかった。
そして……、翌日の公式行事である新皇帝との対面を控えた初日の夜から、俺の不安は的中することになる。
想像した以上の形となって……。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は12/20『五か国同盟』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。