翌日は昼間リーララの魔法鍛錬に付き合ってやったあと、夕方俺は絢斗に指定された場所へと向かった。
姿を隠しながら『機動』魔法で飛行し、郊外にある二階建ての鉄筋コンクリートの建物の前に着地する。一見すると何らかの会社の建物のように見えるが、看板などの表示はまったくない。併設された駐車場に車が3台停まっているので使用されていることが分かる程度である。
俺が隠蔽魔法を解くと建物の入り口から絢斗が姿を見せた。
「先生お待ちしてましたよ。こちらへどうぞ」
建物の中もそっけない感じで、以前三留間さんの件で行った『白狐』の拠点に似ている。まあ同じ組織の同じ用途の建物となれば当然か。
『所長室』と書かれた扉の前で絢斗は振り返った。
「こちらに東風原所長がいますので。ボクは自分の部屋に戻りますから、用事があったら呼んでください」
「分かった。ありがとう」
俺が礼を言うと絢斗は礼をして廊下の奥に去っていった。
俺は所長室の扉をノックし、返事を待って入る。
「こんばんは、かな。済まないな、絢斗の件で気を使わせてしまったようだ」
特務機関『白狐』のトップである東風原氏は、以前と変わらず眼鏡の似合うイケメンフェイスで俺を迎えた。
促されて応接セットに座ると、東風原氏はお茶を用意しつつ正面に座った。
「急に無理を申しまして申し訳ありません。先日の件についてお詫びを申し上げたく、また絢斗について少しお話を伺いたく参りました」
「ふむ。先日の件だが、詫びには及ばんよ。むしろ彼女に貴重な経験をさせてもらってありがたいくらいだ。『深淵窟』に入って『深淵獣』と戦う舞台など、さすがの我々でも用意できないからね」
「そう言っていただけるとありがたいのは確かですが……」
「むしろ今後も必要な時は使ってくれたまえ。その方が彼女もありがたがるだろう。彼女に今必要なのはとにかく経験なのでね。相羽先生の指導の元それが得られるなら、こちらとしても願ったりかなったりということになる」
「そのような扱いで大丈夫なのですか? 自分としては彼女はあくまで中等部の生徒という認識が強いのですが」
そう言うと、東風原氏は眼鏡をなおしつつ「ふむ……」と言った。
「先生は先程絢斗について話を聞きたいとおっしゃったが、それは彼女がどのような存在なのかを聞きたいという意味でいいのかね?」
「あ~……、ええ、そうですね。彼女の持つ異常な力の理由を知りたいのは確かです」
「くっ、ふふっ。こちらからみれば君の力の方がはるかに異常なのだがね。しかし君は自分が異世界の勇者だと教えてくれたところでもあるし、絢斗の話もしないではない。ときに先生は彼女にどのような秘密があるとお考えかな?」
東風原氏の眼鏡がキラリと光る。まあすんなりと教えてくれる内容でもないだろう。質問からするとこちらの認識に応じて開示する情報レベルを決めるといった感じか。
「実は、私は彼女と似たような体質を持ったものに心当たりがあります」
「ほう……?」
「『違法者』と呼ばれる存在です。聞いたことは?」
「いや、初耳だな。どの世界で使われている言葉なのかな」
「銀河連邦です」
俺がそう言うと、東風原氏は目をつぶり、「なるほど」と頷いた。
「『深淵の雫』から作られる特殊な薬品を使い身体を強化した人間、それを『違法者』と呼んでいるのだそうです。私は実際にその『違法者』と戦ったこともあります。絢斗の身体能力はその『違法者』のものによく似ていると感じています」
これが俺と新良が絢斗を見て感じたものの正体であった。彼女の異常な身体能力は明らかに『違法者』のそれと性質が酷似していたのだ。
「そういうことか……。分かった、君には隠す必要もないようだ。しかし遠い宇宙の果てで似たようなものが作られるとはな。これが共時性というやつか」
東風原氏はそう言って口の端で笑うと、居ずまいを正した。
「君が察している通り、絢斗は『深淵の雫』から作られたとある薬を投与されたことで超人的な力を得るに至った。ただ勘違いして欲しくないのだが、それはあくまでも副作用でそうなった、ということだ」
「副作用、ですか。つまりあの力を得るのはそもそもの目的ではなかったということですか?」
「その通りだ。彼女はもともと治る見込みのない難病にかかっていてね。その病気を治すために、彼女の親が『深淵の雫』を研究して薬を作ったのだよ。それを投与した結果あの力を得てしまったというわけだ」
「それだけ聞くと随分雑な話に聞こえますが……」
「無論より詳しく話せば、薬の研究についてなどいろいろいきさつはあるがね。そこは話しても仕方がないだろう?」
「……確かにそうですね。ところで彼女は両親がいないと言っていたのですが、それは?」
「そこは私にとっても辛い話になるのだが、その『雫』の研究を狙ったものが彼女の両親を狙い、結果として両方を死なせてしまったのだよ」
そう言うと東風原氏は目を伏せた。『雫』の研究をしていたということは、恐らく絢斗の両親は『白狐』のメンバーだったのだろう。東風原氏としては彼らを守れなかったことを悔いているというところだろうか。
「もしかして、絢斗の両親を狙ったのは『クリムゾントワイライト』だったという話ですか?」
「そうだ。だから彼女は『クリムゾントワイライト』に強い復讐心を持っていてね。やむなく今の状況にあるというわけだ」
「なるほど……」
思ったより重い話で少し息が苦しくなってしまった。『あっちの世界』でもそうだったが、リーララといい九神といい絢斗といい、勇者の回りにはどうしても重い過去を背負った人間が集まってくるらしい。肝心の勇者自体は能天気で申し訳なくなってしまう。
「そんなわけで相羽先生には絢斗をもっと強くしてもらいたいのだよ。クリムゾントワイライトの幹部、クゼーロだったかな、彼とも戦えるくらいにね」
「彼女を戦いから遠ざけることは?」
「無論何度も試みたよ。その上での結論だ」
東風原氏の目には諦めと憐憫の情がないまぜになって浮かんでいた。まあまともな大人なら少女を戦いから遠ざけようとはするだろう。その結果としてやむなく絢斗を戦いに出しているというのなら、それだけ彼女の気持が強いということにほかならない。
「……ああそれからこれは蛇足になってしまうかもしれないが、双党も似たような境遇にある。私たちが積極的に彼女たちを『白狐』のメンバーにしているわけではないと君には知っておいてほしい。私もそこまで非常識ではないつもりだ」
「分かりました。お教えくださってありがとうございました」
ああなんか藪をつついて蛇どころか海大蛇が出てきてしまった感じだな。勇者以上に能天気そうなあの小動物系少女にも過去があったわけだ。そりゃそうか、むしろ今まで気付かなかった自分の愚かさを呪うべきなんだろうな、これは。