東風原氏の所を辞した俺は、そのまま教えてもらった絢斗の部屋に向かった。しかしノックをしても返事がない。側を通りかかった『白狐』の職員に聞いてみるとトレーニングルームにいるのではないかと言うことで、そちらに足を向けてみた。
トレーニングルームは武道場の倍くらいの広さの部屋で、一通りのトレーニング機器が揃っていた。奥にはトレーニングマットが敷かれた武道場になっていて、絢斗はそこで『白狐』の機関員と1対3でスパーリングをしているようだった。
絢斗は素手、対して3人の『白狐』機関員は警棒と盾を持っている。スパーリングというにはかなり殺気のこもった立ち合い、しかしそれでも圧倒しているのは絢斗の方だ。
機関員の方もかなり練度は高いが、絢斗に盾の上から蹴りを打ち込まれただけで吹き飛ばされてしまう。見ている間に3人が床に伸びてしまいスパーリングはおしまいになる。
「ああ先生、お話は終わったんですか?」
絢斗が俺に気付いて構えを解いた。
「おかげさまでな」
答えながら伸びている機関員に『回復』をかけてやる。いつものトレーニングなんだろうがお疲れ様のあいさつ代わりだ。
「ボクについても話を聞いた感じですよね?」
「そうだな、一通りは聞いた。一部は予想通りって感じだったから特に驚いてはいないけどな」
「先生は色々なことを知っているんですね。でも驚かないで普通に接してくれるのは嬉しいですよ」
「そりゃまあ単純に力だけで言ったら俺が一番おかしいからな。少し鍛錬に付き合おうか?」
「助かります。学校だとさすがに全力ではいけないので」
その後一時間ばかり絢斗のスパーリングに付き合った。いつの間にか東風原氏を含めてギャラリーが10人ばかり集まっていて熱心に俺たちの立ち合いを見ていた。魔力の撃ち合いなども行ったのでかなり驚かれてしまったが。
「ふぅ、はぁ……、やっぱり先生とのスパーリングが一番キツいですね。これに比べたら『深淵獣』なんて物の数じゃありません」
「伊達に勇者じゃないさ。そういえば絢斗は銃とかは使わないのか?」
「銃は怖いんですよ。関係ない人を巻き込んだりしますしね。それに自分は身体で攻撃するのが一番威力が出るので」
「それもそうか」
そんな話をしていると集まっていたギャラリーも自分のトレーニングに戻っていった。東風原氏も俺に頷いてみせてからトレーニングルームを去っていく。
その後姿を見送ってから、絢斗は姿勢を正して俺を見た。
「ところで先生はクリムゾントワイライトの幹部とも直接会って話をしていましたよね?」
「クゼーロか? そうだな」
「今のボクで彼に勝つことができると思いますか?」
そう問う絢斗の目はいつになく真剣であった。なるほど彼女にとってクゼーロは両親の仇ということになるのだろう。
「……そうだな。100回戦って100回とも負けるだろうな。クゼーロは俺から見てもかなりの魔法の使い手だ。もちろん魔力を使った体術も相当なものだろう。正直『白狐』のメンバー総出であれと正面からやり合っても下手すると一瞬で壊滅させられてしまうだろうな」
「そこまでなんですか? いやしかしそれなら彼はどうして直接出てこないんだろう」
「さあな。奴はエージェントを作ることにこだわっているらしいから、エージェントを試験運用する相手が欲しいとかそんなことを考えているのかもしれない。もしくは支部の幹部同士で牽制し合ってるとかな」
クゼーロが魔王軍四天王なみの力を持っているのは勇者の勘からいっても確実である。魔王軍四天王クラスになると、相性にもよるが現代地球の中堅国家の軍くらいなら一人で壊滅させられる実力がある。もちろん正面から現代兵器を撃ち込みまくれば勝てないことはないだろうが、クゼーロあたりならそもそもそんな状況に自分を置かないだろう。しかし組織のリーダーというのはえてして立場としては微妙なものがあるらしい。実際力こそすべてみたいな魔王軍の四天王も、いろいろとしがらみがあって自分が動くことはしていなかった。
「ムカつきますねそういうの。ボクたちを舐めてるってことか」
「そういう言い方もできるかもな。だからこそ隙をついて横からぶん殴ってやるのが面白いってこともある」
「なるほど。でも先生なら正面から殴り潰せるんじゃないんですか?」
「まあなあ。ただ俺が全部やるってのは違うような気もするんだよな。俺を狙ってくるならそこは対処するけどな」
「ふぅん。そこは先生としてもなにか基準があるわけですか――」
と絢斗が頷きかけた時、道場の端の方で電子音が鳴った。そこには絢斗がいつも使っているバッグがあり、音はその中からのようだ。
そのバッグの元に向かう絢斗は妙に早足だった。バッグからスマホを取り出す絢斗の顔に緊張が走っているのを見て、俺はトラブルが起きたことを確信する。
「どうした?」
「緊急事態ですね。三留間さんがなんらかのトラブルに巻き込まれました。恐らく誘拐でしょう」
「これ実際に体験するとすごいですね」
絢斗が俺の首につかまりながら言う。
今俺は絢斗をお姫様抱っこしつつ『機動』魔法で空中飛行の真っ最中である。もちろん誘拐されたらしい三留間さんのところに向かっているのだ。頼りは絢斗が三留間さんに預けた緊急用発信機の信号だけ。俺の腕のなかで絢斗はスマホを見ているが、もちろんそこに三留間さんの場所が表示されている。
「距離はあとどれくらいだ?」
「地図上だとあと3キロくらいです。移動してますから多分車の中ですね」
「三留間さんが発信機を持っててくれて助かったな」
「そうですね。寝る時も身につけておくように言ってありましたので」
「そりゃ正解だ」
「ああ、あの道路上を走っているはずです。先生なら魔力で見分けがつくんじゃないですか?」
絢斗が指さす先には片側二車線の幹線道路が走っていた。夜だが交通量はそこそこあり、いくつもの自動車のライトが行き交っている。
俺が探知すると、三留間さんと思われる魔力がその幹線道路上を動いているのがわかった。隠蔽しつつ飛んで近づくと、三留間さんが乗せられているのが白いバンだと判明する。いわゆる商用に使われる種類の車で、家族でお出かけということはなさそうだ。
「どうしますか先生?」
「そうだな。車を止めるのは簡単だが、あの道路上で止めると事故になりそうだ。どこか脇道にはいってくれると助かるんだが……」
と言っているうちに白いバンは交差点を曲がって、交通量の少ない脇道に入っていった。
俺は『拘束』魔法を発動、バンのエンジンをゆっくりと機能停止に追い込む。バンは100メートルほどかけて減速し路上に停止した。
俺はそのバンの近くに着地し絢斗を下ろした。周囲は家がまばらにある住宅街だが、さすがに7時過ぎなので出歩いている者はいない。
バンの中では運転席に座る人間が何度もエンジンを動かそうとしているようだ。まだ誰も外に出てくる気配はない。
「俺が話しかけてみるわ。合図をしたら車を開けて救助してくれ」
「分かりました」
絢斗がバンの後ろに回ったのを確認して、俺は運転席の窓をコンコンと叩いた。
運転席にいたのは30くらいの男だった。顔つきは悪いが普通の人間だ。そいつは一旦は俺のことを無視したが、再度窓を叩くとめんどくさそうな顔をして窓を開けた。
「なんだよ? こっちは忙しいんだ。車がいきなり止まっちまったんだよ」
「ええ、止めたのは俺なので分かってます。ところであなたは三留間さんとはどのような関係にある人間ですか?」
「はあ? 何を訳の分からないことを言ってんだ?」
運転席の男がしかめっ面をする。三留間さんを知らないで誘拐したのか……と思ったら、助手席の男が「おい、そいつ後ろの娘の関係者だろ。確か三留間って名前だったはずだ」と口走った。はい黒確定。
「お~い、やっちゃっていいぞ」
「了解っ」
絢斗がバンのドアを開けようとして、鍵がかかっているのに気付いて無理矢理ベキベキと引きはがした。一応防音魔法かけといて正解だったな。
中から男が二人出てきたが、両方とも絢斗の一撃で吹き飛ぶ。絢斗はそのままバンの中に入り、三留間さんを抱えるようにして出てきた。どうやら三留間さんは大丈夫そうだ。
「てめ、まさか警察かっ!? なんでだよ、早すぎんだろっ」
運転席と助手席の男が出てこようとするが、俺は拘束魔法で動きを封じる。
「おいっ、なんで身体が急にっ!?」
「さて、警察が来る前にちょっとお話を聞かせてもらいましょうか。もちろん誘拐した理由などをですよ」
俺がそう言うと、男たちの顔が引きつった。