職員室に戻って合宿寮の空きを確認し、3部合同合宿の予約を入れてから席に戻ると、山城先生がいつもの謎距離感で横に座ってきた。
山城先生の半径1メートル以内は魅了魔法が常に放射されている感じなのだが、その制空権に余裕で入ってくるから困る。
「相羽先生、もしかして主藤さんに合宿の話された?」
「あ、はい。もしかして山城先生にも相談を?」
実は山城先生は『総合武術部』の第3顧問だったりするので、主藤が話をしに行ってもおかしくはない。
「ええ、実は合宿をするには男の先生一人だけじゃだめなの。『総合武術同好会』は仕方ないけれど、ほかの部活でやるなら女性教員もつけないといけないわ」
「え……、すみません、それは知りませんでした。確かに男の教員一人はマズいですよね」
「相羽先生なら大丈夫だとは思うんだけど、そういうの最近厳しいのよね。それで主藤さん、わざわざ私にも頼んで来たの」
「そうだったんですか。彼女も色々気が利くというか……」
「単に先生が断れなくしただけかも、その辺り主藤さん頭いいのよね」
なるほど、「女性教員が確保できないからやらない」と言われるのを先回りして潰したということか。う~ん、女子は怖いな。
「それで山城先生は大丈夫なんですか?」
「清音を参加させてくれるならできるんだけど、どうかしら」
「清音ちゃんが嫌がらないなら俺の方は問題ありませんが……」
「じゃあ大丈夫、私と同じ部屋で寝泊まりすればいいだけだから。詳しいことが決まったら教えてね。それとこれはちょっとお願いになるんだけど……」
と言って山城先生は妖艶系美人顔を近づけてくる。俺がちょっとのけぞりながら「なんでしょうか」と言うと、山城先生はいきなり両手を顔の前で合わせた。
「清音を一度先生のお家に泊めて欲しいの。神崎さんと一緒のタイミングでお願いしたいのだけどどう?」
「え……っ!?」
いやそれはさすがに「どう?」とか言われても困るんですが……。
「ホントに最近清音が拗ねちゃって、スマホ買ってあげるって言っても先生のところに泊まりたいって言って聞かないのよ。あの子があそこまでわがまま言うのも初めてで困っちゃって……。どうか助けると思ってお願いできないかしら」
俺の手を両手で握ってお願いしてくる山城先生。いやここ職員室なんであまりそういうのは……。
「あ~……まあその、どうしてもというなら俺の方は問題ありませんが……」
山城先生の半径50センチ以内はさらに強烈な魅了魔法圏内だったようで、さすがの勇者も正常な判断力を奪われてしまった。
おかげで手を離してくれたのでよかったが、あのままだと魅了耐性を突破されていた気がするな。恐るべし山城先生。
「はあ、よかったわあ。無理を言ってごめんなさいね。このお返しはきっとするわね」
「いえ、大切なお嬢さんを預かるのにお礼なんていただけませんよ。ええと、そうすると今週の金曜日になりますかね」
「そうしてもらえるとありがたいわ。清音には伝えておくから」
というわけでずっと恐れていたことが現実のものとなってしまった。
と言ってもよく考えれば子どもを二人泊めるだけだし、それほど大したこともないような気はする。ただ思い出すのは先週のリーララの言葉だ。
ベッドを大きなものにしろって言っていたが……まさか3人で寝るとかそんな話じゃないよな。
さて、そんなわけでいろいろと先の予定が入りつつも校内合宿の日となった。
言っても昼間は普通に授業である。双党はどことなく落ち着かない様子だったが、単に合宿が楽しみなだけのようだ。青奥寺と新良は平常通りだが、夜の料理に気合を入れていると双党のタレコミがあった。
そして放課後、まずはいつもの通りの鍛錬を行った。さすがに他の生徒がいるところでは能力全開でのトレーニングはできない。
5時を過ぎるとぼちぼちと他の部活の生徒は帰り始める。女子校なのでもともと遅くまで練習をする部活はない。
柔道剣道合気道の連中も帰り、武道館で残っているのは『総合武術同好会』だけとなった。ちなみにメンバーは三留間さんも含めて全員参加となっている。
「えっ、買い出しは必要ないんですか!?」
さてそろそろ本番行くかと思っていたら、双党がいきなり変なことを言い出した。
「ああ、青奥寺と新良に聞いて事前に買い物は俺が済ませた。『空間魔法』に入ってるから問題ない」
「ええ~、みんなで買い出しに行くのが楽しいのにぃ。ガッカリです」
「そういうのはまた後な」
「あっ、じゃあまた合宿するんですね! 約束ですよ」
双党が振り返ってサムズアップをすると、他の娘たちも微妙に嬉しそうな反応をしている。いやなんでそんな合宿好きなの君たち。
「まあそれはともかく今回は実戦メインでちょっと厳しくいくぞ。腕の一本くらいは覚悟しとけよ」
「それって先生が本気を出すってことですか?」
「いや、今回はちょっと面白い準備をしてある。そろそろ来るころだと思うんだが……」
時計を見ると、九神に頼んでおいた人材が来る時間である。校内のことをよく知っている人間を寄越すから武道場で待っていてくれとのことであった。
おっと早速気配が近づいてきた。約束通り2人だ。
「皆様こんばんは。今日と明日、よろしくお願いしますわね」
武道場の入り口から入ってきたのは、ジャージ姿もうるわしい金髪縦ロールお嬢様だった。その後ろには眼鏡美人メイドの宇佐さんがいつものメイド服で控えている。
遠慮なく道場に入ってくる九神に、慌てて青奥寺が近づいていく。
「世海じゃない。よろしくお願いってどういうこと?」
「『総合武術同好会』の合宿の手伝いを相羽先生にお願いされたのですわ。皆様のトレーニングを私が手伝ってさしあげます」
「ええ……? 先生、それは本当ですか?」
青奥寺が俺に向ける視線には微妙に棘がある。ライバルを秘密の特訓の場に呼ばれたらそんな反応になるのは仕方ないか。
いや、そもそも俺も九神は呼んでないんだが。
「『雫』から『深淵獣』を召喚できる人材を頼んだんだ。ただ九神本人がくるというのは聞いてなかったな。九神、大丈夫なのか?」
「ええ。召喚だけなら問題ないと父にも言われております。むしろいい機会だから召喚術を鍛えておけと言われましたわ」
「いやそうではなくて……それも重要だけど、九神本人が来るのは問題ないのか?」
「もちろんですわ。私も明蘭学園の生徒ですし、同じ学校の友人に手を貸すのは当然のことです」
「それならいいんだが……」
九神は『深淵獣』を誤って召喚して姉と慕う人を死なせてしまった過去がある。それを考えると召喚にトラウマでもあるのではないかと思ったのだが、どうも大丈夫そうだな。
「まさか九神が来るとは思わなかったが、わざわざ隠さなくてもよかったんじゃないか?」
「私が来るとなると余計な気遣いをされてしまうのではないかと思ったのですわ」
「ああ、なるほど」
確かに本人が来ると分かってたら話自体をなしにしてた可能性はあるな。いくら勇者でも日本有数の大企業の跡取りお嬢様を使うほど神経は太くないし。
「オーケー、じゃあ時間もないし早速始めようか。今ので話は大体わかったと思うが、今日は九神に『深淵獣』を召喚してもらってそれと戦ってもらう。ちなみに『深淵の雫』は甲の上の特Ⅰ型まで用意してあるからな」
俺がそう言うと、女子たちは一斉にやる気に満ちた顔をした。
双党だけは逃げようとしたところを青奥寺と新良に捕まっていたが。