クゼーロは俺たちから20メートルほど離れたところで立ち止まり、肩からかけた真紅のマントをバサッとはためかせた。
今日は議員としてのスーツ姿ではなく、派手な装飾の肩当が悪趣味な、高位の魔導師のような格好であった。全身赤をベースにした衣装でド派手なことこの上ないのだが、肉食獣のようなその顔にはよく似合っている。
クゼーロの後ろに整列する人造兵士は30体ほどだ。今まで戦っていた『タイプⅢ』より一回り身体は小さいが、持っている魔力量はかなり高い。『アナライズ』するまでもなく『タイプⅣ』ということだろう。全員が黒いつなぎのような服を着ていて、手には太い棒を持っている。
「他人の家に土足で入り込んでくるとは、人としていささか常識にかけるのではないかな」
クゼーロの挨拶にまず反応したのは東風原氏だった。対『クリムゾントワイライト』機関の長としては、ここで出るのは当然だろう。
「貴方が『クリムゾントワイライト』日本支部の支部長か。私は特務機関『白狐』の長をしている東風原という。貴方には一連のテロ実行犯の指示役としての疑いがかかっている。大人しくこちらの指示に従いたまえ」
「ふむ、私はクゼーロだ。君たちには議員の久世といった方が分かりやすいか。久世の周囲をこそこそと嗅ぎまわっていたのは知っている。度々こちらの邪魔をしてくれたのもな」
「こちらも仕事でね。しかし見る限り素直に逮捕されてくれるようにも見えないが、抵抗するつもりと見ていいのかな」
「見ての通りだ。私がこの世界の法に従うのは久世としてであって、クゼーロとして従うつもりはない。捕まえたければ力ずくでやるといい」
クゼーロが片手を上げると、人造兵士たちが一斉に横に広がった。
合わせて『白狐』の機関員と、九神家の護衛が反対側で隊列を整える。もちろんその前列には双党や絢斗、宇佐さんがいる。
「待てクゼーロ!碧が生きているというのは本当なのか!」
一触即発というところで、手錠をかけられた権之内氏が隊列の前に無理矢理出てきて叫んだ。
その姿を見て、クゼーロは眉を歪めて牙をむきだした。
「誰だ、余計なことを吹き込んだのは」
「奴が、相羽が言っていた! それは本当なのか!?」
「相羽……? チッ、カーミラが漏らしたか。忌々しい女だ」
「やはり本当なのか! なぜ黙っていた!」
「言われないとわからんのか愚か者が。所詮こちらの世界の人間か。お前の娘は『深淵の雫』を加工するための道具だ。だがたださらうだけでは詰まらぬので、貴様を操りやすくするために少し策を講じたのだ。九神のせいで娘が死んだとなれば、貴様を九神から離反させることも容易になるからな」
クゼーロはそう言うと、その後は一切の興味をなくしたように権之内氏から視線を外した。
権之内氏は宇佐家の人間に奥へと引きずられていく。自分がクゼーロに欺かれていたことにようやく気付いたのだろう。その顔はどす黒い怒りに彩られていた。
「先生、私たちはどうすればいいでしょうか?」
青奥寺がこっそりとそう聞いてきたのは、相手が『深淵獣』ではなくなってしまったからだろう。その後ろには雨乃嬢と新良がいて同じように俺の顔を注視している。
「戦えるなら手伝ってほしい。あの人造兵士は人間に見えるが中身はただの人形だから遠慮は必要ない。だがやはり無理だというなら下がってていい」
「私は問題ありません」
即答したのは新良だ。新良は対人戦も相当に経験を積んでいるから大丈夫だろう。
「かがりが戦っている相手なら私も倒します」
「この間みたいな奴もいるでしょうし、相手が人間の姿をしているからと言って尻ごみはできません」
雨乃嬢が言っているのは『釣り師』ガイゼルのことだろう。確かにあの手の外道がいることを考えたら、人造兵士ごときにためらうわけにもいかないか。
「いい心がけだ。相手を斬る時はなにも考えるなよ。一瞬でも雑念が混じれば死ぬのは自分だ」
「はい!」
返事をする青奥寺と雨乃嬢の顔には覚悟が見える。現代日本に生まれた人間として、つくづく例外的な女の子たちだと再確認するな。
「この期に及んでまだクゼーロは高見の見物を決め込むみたいねぇ」
カーミラが俺のそばに来てちょっと呆れたように言う。
見ると確かにクゼーロが人造兵士の後ろに下がるところだった。『機動』の魔法で宙に浮かび上がったのは、自分の作った兵士の戦いぶりを見ようとでもいうのだろう。
「皆殺しにしろ」
クゼーロが厳かに命じると、30体の人造兵士が一斉に突撃を開始した。黒ずくめの無表情男が片手棍を手に無言で走っていく。全員同じフォームなのが異様の一言だ。
「行きます!」
そう口にすると、青奥寺は雨乃嬢と新良と共に横からその集団に向かっていく。
まずは『白狐』機関員が銃撃を行う。20以上の対物ライフルとサブマシンガンから放たれた銃弾が人造兵士にヒットする。しかし大口径の対物ライフルはともかく、マシンガンの銃弾はほぼ効果がないようだ。3体ほどが吹き飛ぶが後はそのまま突っ込んでくる。
双党の『ゲイボルグ』から放たれた炎弾が2体を炭に変えたところで、前衛組が接敵した。
絢斗と宇佐さん、そして宇佐家の護衛10人で当たるが、さすがにそれだけではまだ20人以上いる人造兵士を相手にするのは難しいだろう。
そこに横合いから青奥寺たちが奇襲をかけ、それぞれ1人づつを斬り捨てた。新良はともかく青奥寺と雨乃嬢が一瞬でも躊躇するかと思ったが、その太刀筋には一切の曇りがなかった。人造の兵士だし躊躇するなとは言ったが、覚悟の決まり方がかなりヤバい娘たちである。
新手の人造兵士は確かにタイプⅢよりは力は上のようだった。雰囲気としては甲型ゴリラに近い戦闘力はあるだろう。
しかしそれほど強力な相手であっても、絢斗と宇佐さんは一歩も引かず、というよりむしろ1対1では完全に圧倒している。特に絢斗は次々と首を落としていて鬼気迫る様子である。仇敵クゼーロが目の前にいることも大きいのだろう。
双党や東風原氏の射撃も隙を見て確実に人造兵士を仕留めている。さすがに宇佐家の護衛は3対1で戦って丁度という感じだが、それでも善戦はしている感じではある。
さらに青奥寺たちがもう一体ずつを斬り捨てると、どうやら趨勢は決まった感じだ。というか『総合武術同好会』の面々が強すぎる。見ると九神世海もその父の仁真氏も、彼女らの獅子奮迅の戦いぶりに目を見開いている。
「この世界の人間がタイプⅣと互角以上に戦うだと?」
宙に浮いているクゼーロが意外ななりゆきにいまいましそうな声を漏らした。
「青奥寺家の者もいるようだが、そこまで強いという話ではなかったはず。それにあの『白狐』の子どもは……なるほどあれが強化体か。まさかこちらが作ったものより上等な強化薬を作るとはな。……むっ」
クゼーロに炎弾が連続で撃ち込まれた。双党の『ゲイボルグ』によるものだ。同時に絢斗が『高速移動』でクゼーロの元に突っ込んでいく。いつの間にか人造兵士は全滅していたようだ。
「魔法を撃ちだす銃、この世界にもそんなものがあるとはな」
爆発の中から、片手を前に出したクゼーロの姿が現れる。防御魔法を発動したのだろう、もちろん傷一つない。
「これでっ!」
クゼーロの下まで来た絢斗が、上に向かって手のひらを突きだして魔力を放つ。鍛錬の成果でその威力は以前の3倍にもなっているが……
「たわけ」
上から桁違いの魔力を放出し、魔力ごと絢斗を吹き飛ばすクゼーロ。その圧力の余波で双党たちも全員壁際まで押し込まれたようだ。やはり四天王レベルが相手だと、まだ双党も絢斗も力が足りないな。
クゼーロは床に倒れた皆を睥睨してから、右手に魔力を集め始めた。デカい魔法を使うぞというデモンストレーションだ。
「ここまでやるのは多少驚いたが、『魔人衆』の相手になるほどではない。さて相羽先生、そろそろ出てこないと全員炭になるがどうするかね?」