―― 青奥寺家 リビング
「そう言えば美園、この間の『深淵窟』デートはどうだったの? 先生と仲良くなれた?」
「デートじゃないから。『深淵窟』のレベルが高そうだったから先生を呼んだだけ。お母さんと師匠がいなかったから仕方なくだったの」
「もう、せっかく私が雨乃ちゃんを連れてったのに、チャンスは活かさないとダメよ」
「えっ待って、もしかしてこの間はそのためにお母さんが出たの?」
「娘のためなんだからそれくらいはするわよ。これからもフォローはしてあげるから、きちんと決めるところは決めなさい」
「そんなこと言われても、先生って鈍感すぎて女の子のこと全然分かってないみたいだし……。昨日璃々緒のところで会った時も、私が私服で行ったらこのあと深夜徘徊するつもりなのかって説教されたの」
「深夜徘徊……、ぷっ……ふふふっ」
「笑いごとじゃないから。私もかがりもさすがにカチンと来たから、私たちがそんなことをするように見えるんですかって逆に説教しちゃった」
「先生って今時信じられないくらい鈍い人なのね。やっぱり強さを得るために失うものがあったのかしら」
「そんなカッコいいものじゃないと思うけど。戦いになると鋭いなんてものじゃないのに、どうしてああなのか不思議なくらい」
「もしかしら先生も立場があるから実はとぼけているだけなのかもね」
「そうだったらまだ気が楽なんだけど。でもときどき女の子に勘違いされるようなこと平気でするし、完全に気付いてないだけだと思う」
「それはちょっと強敵かもしれないわねえ。まあとにかく、今はずっとこっちに目を向けさせておくのが大切よ。男女なんて一緒にいる時間が長ければ自然と意識するようになるものだから」
「でも『深淵窟』が出るたびに呼ぶのも悪いし……」
「……ぷっ」
「えっ、なに?」
「いえ、美園ちゃんやっぱりその気はあるんだなって」
「あっ、ちがっ、お母さん、今のはそうじゃなくて……!」
―― 九神家 リビング
「宇佐、先生のところに通っている成果は出ていて?」
「お嬢様、お帰りなさいませ。はい、魔力を見ることができるようになりましたので、今は相羽様の魔力を体内にいれる鍛錬をしています」
「魔力を体内に入れる? それをするとどうなるのかしら」
「相羽様のお話によると、その鍛錬を続ければ自分の体内に魔力を発生させる器官ができるということでした」
「不思議な話ですけれど、美園たちという実例があるのですから本当なのでしょうね。それだけであれほどの能力を得られるというのは恐ろしくもありますけれど」
「本当にそう思います。ただ相羽様が行使している『魔法』に関しては、こちらの世界ではどうあっても使えるようにはならないそうです」
「あら、それはどうして?」
「あのクゼーロたちが元いた世界でなんらかの儀式を受けないとならないそうです。それだけは相羽様でも再現不可能だとか」
「そう……。でもあの『魔法』は切り札のように見えたから、先生もそこまでは伝えないようにしているだけかも知れないですわね」
「確かにその可能性もございますね。あの『魔法』という技術は現代兵器すら無効化する力を持っているそうですし。伝えることを躊躇されているというのであればそれも理解できます」
「そうね。でもそうすると、ますます相羽先生は九神家に必要な人間ですわ。宇佐、もう一つの方の進捗状況は相変わらずなの?」
「うっ、それは……一応は人として見ていただいているようですので……」
「ふふっ、宇佐もそちらの方は経験がないというお話でしたわね。むしろだからこそ相羽先生に気に入られると思ったのですけれど」
「……実は相羽先生のお宅には複数の女性が出入りしているようなのです。詳しくはお嬢様にもお話はできませんが」
「あら、人は見かけによりませんわね。それだけ女性に興味があって宇佐に何も感じないということもないと思いますが」
「いえそれが、話によると相羽様の方からアプローチしたわけではなく、自然と集まってきているだけという雰囲気なのです」
「……もしかしてあの同好会と同じような状態なのかしら? 私もそれなりに多くの人間を見てきましたけれど、あそこまで異性に対して鈍い方は初めて見る気がしますわ」
「その点に関してはお嬢様とまったく同じ思いです。このままですと魔力を身につけるまでなにも起きない気がいたします」
「それは宇佐の方にも原因がある気がしますけれど……。やはりここはもう、お父様の許可を取って九神家が全面的に取り込みにいくしかありませんわね」
「お嬢様、それはどういう……」
「わたくしも九神家の総帥として、将来の相手は自由に選べない身です。それなら人材として唯一無二の相手を選ぶのはむしろ必然と言えませんこと?」
「はい……え、それはもしかして……。いえ、お嬢様、お待ちください、相羽様は私が必ず――」