『ウロボロス』の通路はずっとアラートが鳴りっぱなしだった。
正体不明の侵入者が船員や戦闘員を片っ端から沈黙させながら歩いているのだから当然と言えば当然である。
出てくるフィーマクードの戦闘員は色々で、中にはパワードスーツを着ている者もいたが、勇者の『拘束』魔法に抵抗できるものなど1人もいない。次々と心臓の動きを止めて床に倒れていくだけである。
『侵入者ガ中枢区ヘ入リマシタ。直チニ確認ヲシテクダサイ』
通路を数区画進んでいくとスピーカから女性のアナウンスが聞こえてきた。抑揚がないので多分AIかなにかの声だろう。こっちが正しく目的地に向かっていると教えてくれるのはありがたい。
『侵入者ガ『統合指揮所』ヘト接近シテイマス。直チニ確認、脅威デアレバ排除シテクダサイ』
まあ必死に排除はしようとしてるんですけどね。今も通路の向こうには4~5人の兵がいて、必死の形相で銃を乱射してる。船の中で銃をデタラメに撃つのはまずい気もするが、『アロープロテクト』のおかげですべて無効化されているので問題はない。
やはり『拘束』で恐怖から解放してやると、そこには少し大きな左右開きの扉があった。『統合指揮所』と表示があるのでこの船の中央部に間違いない。
扉は固く閉ざされているので『掘削』魔法を使おうと思ったが、この船は俺のコレクションになる予定なので中止、『空間魔法』から『魔剣ディアブラ』を取り出して扉の隙間にねじ込んだ。扉が少し開いたところに両手を入れて、無理矢理左右にこじ開ける。ギギギと音がして、人がひとり入れるくらいの隙間が開いた。
俺がそこから身体を滑り込ませると、『統合指揮所』にいた船員が一斉に発砲……と言いたいところだが、すでに全員『睡眠』魔法で扉ごしに眠らせてある。
『ウロボロス』の『統合指揮所』はさすがに広く、床面積で言えば教室4つ分くらいはありそうだ。艦長席と思わしき一段高くなっている席を中心にして、コンソールが左右に3列づつ並んでいる。もちろんその間には20人ほどの船員がいるわけだが、全員床につっぷして熟睡中である。
俺は彼らに永遠の眠りを与えつつ、中央部っぽいコンソールの前まで行く。『空間魔法』からスマホくらいの大きさのデバイスを取り出して、それをコンソールの上に置いた。
新良から預かった『インターセプトユニット』。要するに船の制御システムをハッキングするための端末らしい。
『インターセプトユニット』は制御システムを検知したのか、パイロットランプが点灯して稼働を始めたようだ。
3分ほど待つと、中央のモニターに新良の顔が映し出された。
『『ウロボロス』の制御システムの83%を掌握しました。全区画へと入ることができます』
「すごいな。これだけの船だ、制御システムも相当強固にガードされてたんじゃないか?」
『かなり高度なガードシステムが構築されていましたが、新造艦だったせいか少し隙があったようです』
「前の基地の時みたいにハッキングされると自動で壊れるシステムなんてのはなかったのか?」
『さすがに船に自壊システムは載せないと思います。不具合があった時に大惨事になりますので』
「ああそうか、こんなデカブツがいきなり制御を失ったら大変だもんな。ところでこいつのAIに俺の言うことを聞かせることはできるか?」
『先生を管理者登録するということですね。お待ちください……艦長登録……初期化……再登録……名前入力……。先生の名前を登録しました。そちらのAIの指示に従って登録を続けてください』
「了解」
少し待っていると、壁のモニターに『総管理者登録モード』の表示が現れる。
『本艦ノ制御システム総管理者ヲ登録シマス。登録名『ハシル・アイバ』ヲ確認。本人ノ掌ヲ正面ニカザシテクダサイ』
「こうか?」
AIの声に従って俺は右の手のひらをモニターの方へと向けた。するとモニターの脇から青い光が伸び、手のひらの表面を舐めるように照らしていった。多分なにかをスキャンしているんだろう。
「生体情報ヲ取得。登録名『ハシル・アイバ』トリンク完了。コレヨリ本艦制御システムノ総管理者ハ『ハシル・アイバ』トナリマス。アナタノ本艦デノ役職名ヲ登録シテクダサイ』
「え~と、艦長、かな」
『了解シマシタ。『ハシル・アイバ』ヲ本艦ノ艦長トシテ登録。今後本艦ハアイバ艦長ノ指揮下ニハイリマス』
「え、これだけでいいのか」
もっと色々あると思っていたのだが、ネットでのアカウント登録より早くて驚く。
さてまずは……と思ったがちょっと会話をしてみるか。AIとの会話っていうのも男の憧れの一つではある。
「この船の名前は『ウロボロス』でいいのか?」
『初期ニ設定サレタ艦名ハ『ウロボロス』デス。変更シマスカ?』
「そのままでいい。それよりその固いしゃべり方はなんとかならないか? 微妙に聞き取りにくいんだが」
『会話スタイルハ変更ガ可能デス』
「どんな風にでもできるのか?」
『指示シテイタダケレバ、ドノヨウナ話シカタモ再現デキマス』
「お勧めは?」
俺がそう聞くと一瞬の間があり、その後いきなり甲高い声が俺の耳に突き刺さってきた。
『艦長にお勧めなのはこのしゃべり方でっす。わたし『ウロボロス』、アイバ艦長、これからよろしくお願いしますね~っ』
それはどう聞いても10代中盤くらいの、アニメとかでよく聞くような、やたらとキラキラ感のある女の子の声だった。