土日はリーララとの約束の履行があるかと思ったら、清音ちゃんと遊ぶとかでお流れになった。もっとも金曜の夜は当たり前のように泊まりには来たが。
さて明けて月曜日は『総合武術部』の方の校内合宿である。
今回は副顧問の山城先生にもお付き合いいただくということで、清音ちゃんも合宿所に泊まることになっている。
放課後まずは武道場に剣道柔道合気道の部員全員を集めて挨拶を行う。
俺と山城先生の前に並んでいる部員は17人。ちなみに総合武術部は3部合わせてもこの人数という過疎……少数精鋭の部活動である。
「礼!」
「よろしくお願いします!」
合気道部部長・主藤早記の号令で全員が礼をする。この辺りは特に指導しなくてもできるのだからウチの生徒は本当に優秀である。
「今日から3日間合宿に入るが、時間を有効に使い、練習プランに沿って普段できない練習をして欲しい。くれぐれも怪我には注意すること。体調が悪かったり何かあったらすぐに俺か山城先生に相談してくれ」
などと青奥寺たち相手には言わなかったような挨拶をして合宿は開始された。
といっても、基本的に練習はすべて部員任せである。なにしろ彼女たちは俺が言う前に3日間の練習プランとか夜の食事計画とかすべて立ててきているのだ。
というわけで俺は3つの道場を行ったり来たりして、部員たちの練習を眺めているだけ……だったはずなのだが、
「先生、立ち合い稽古の相手をお願いします」
といきなり剣道部部長の春間茉那に言われてしまった。
「いや俺完全に未経験者だぞ」
「でも剣術がすごいっていうのは美園からも聞いてます。私たちにも是非お願いします」
春間はくせっ毛をショートにした活発そうな顔立ちの2年女子だ。
見た目に反してそこまで押しの強い性格でもなかったはずなんだが、今日は合宿のせいか妙に気合が入っている。まあ青奥寺たちの相手をしていて他の部で相手をしないの確かにまずいか。
「型とか打ち方とか適当になるけど、それで良ければ相手をするよ」
「はい! ありがとうございます!」
そういえば防具は……と思っていると、部員たちの手によって一瞬で装着されてしまった。どうやら顧問用の一式が揃っているらしい。
その後で部長の春間を手始めにして、全員と立ち会い稽古(要するに試合形式の打ち合い)をやることになった。
一応部活指導時に足さばきとか面や小手の打ち方とかは見ているが、実際にやるのとは別である。俺の動きはどうしても剣道のそれのようにはならなかった。
とはいえ剣の差し合いということになれば勇者の身体は勝手に動く。部員の竹刀捌きは俺から見ても悪くないレベルにあるのだが、そうはいっても動きはすべて見えるので、どんな攻撃がきても完璧に切っ先を弾くことができてしまう。
剣道は意外と力の押し合いなどもあるのだが、それも男女の体格差以上の差があって相手にはならない。
ちょっとした隙をついて竹刀を振り下ろして「面!」とか「小手!」とか言うと、それで決まった判定になる。話を聞いた限りではそんな簡単に有効判定にならないらしいので、未経験者ということで甘めの判定をしてくれているのだろう。
「なんていうか、確かに動きは未経験者って感じなんですけど、反応速度が人間のレベルを超えてる気がします。こちらが打とうと思った瞬間には竹刀が弾かれてる感じです。それに圧がすごくて、正直道場の師範より立ち会ってて怖いです。先生と真剣で斬り合ったら多分なにも分からないうちに斬られてますよね」
一通り稽古の相手が終わると、春間がそんなことを言ってきた。
「言うことが怖すぎるっての。まあ反応速度は相当に鍛えてるからな。打ってくる瞬間どこに来るかも大体わかるし」
「それはどんな鍛錬をすれば身につくんでしょうか?」
「こればっかりは鍛錬だけじゃないから難しいかな。とにかく経験を積むしかない」
「やっぱり経験ですか……」
と春間は少し遠い目をする。
まあ「経験」と言っても俺と同じ経験は現代日本じゃ絶対にできないし、しない方がいい経験ではあるんだが。
「ちなみに美園ってどれくらい強いんでしょう」
「青奥寺がやってる剣術はまた全然違うからなあ。剣道なら春間の方が上かもしれないが……」
「普通に戦ったら難しいんですね」
「そうだな。彼女の剣は完全に実戦向けだから」
そう言うと、春間はふぅ、と息をした。
「やっぱりそうなんですね。なんか雰囲気が違うから、やってることが根本的に違うんだなって気はしてました」
「そりゃまあなあ……」
青奥寺の雰囲気の違いはもっと別のところに理由があるわけだが、さすがにそれをほかの生徒に伝えるわけにはいかない。しかしやはり気付かれてはしまうよな。女の子はそのあたりの勘は鋭いというのは最近よく感じるところである。
「おっと、じゃあ俺は柔道部の方に顔を出してくる。防具はどうすればいい?」
「あ、ありがとうございました。防具は外して端に置いておいてください。こちらで片づけます」
俺は並んで礼をしてくる剣道部員たちに片手をあげて、隣の武道場に向かった。
扉を出たところで剣道部員たちがきゃあきゃあ騒いでいるのが聞こえたが、なんか俺マズいことでもしたんだろうか。適当に竹刀を振っていたから外から見たら変な型になっていたのかもしれないなあ。