そんなこんなで色々とあり、仕事ではテスト作成なども行いつつも、いつの間にか週末になっていた。
『ウロボロス』は金曜の夜に『光学迷彩』シールドをかけたまま地球に降下させて『空間魔法』にしまってある。
土曜の早朝、俺はトレーニング場にしているいつもの採石場跡地に来ていた。
『クリムゾントワイライト』の秘密基地から押収した異世界への『転移装置』が部屋一つ分ある大きなものなので、それを設置する場所としてここを選んだのである。
採石場跡地の広場に、『空間魔法』から『転移装置』を取り出す。もともと建物の一部を切り取ったものなので、現れたのは一見すると扉の付いた巨大なコンクリートブロックである。
「おじさん先生の魔法は相変わらず意味が分からないよね~」
隣で呆れたような声を出すのは、言うまでもなく褐色生意気娘のリーララだ。
昨夜泊まりに来たので異世界に行くという話をしたら、ついていくと言い出して聞かなかったのだ。「行きたくないって言ってなかったか?」と聞いたら「言ってない」の一点張りで、例の『おでかけの約束』と相殺という条件で仕方なく了承した。まあ元から連れていく気はあったのだが……ククク、勇者の話術に引っかかったな。
「これで『次元環転移』が機能していればいいんだけどねぇ。先生は一度確認したのかしら?」
「いや。だけど俺の勘だと大丈夫なはずだ」
カーミラに答えつつ、俺は『転移装置』に『光学迷彩』魔法をかけて視認できないようにする。さすがに見つかったら厄介なんていうレベルの代物ではないからな。
「入ってみるか」
手探りで扉を開けて中に入る。教室ほどの広さの部屋があり、真ん中に大きな輪が設置されている。近づくと低周波の音がして輪の中に黒い穴……『次元環』が現れる。
「どうやら使えそうだな。さて、じゃあ久しぶりの異世界に行ってみるとするか。あ、ところでカーミラ、これってどこにつながってるんだ?」
「向こうの世界にある『魔人衆』の本拠地の一室に出るはずよぉ」
「それじゃ行ったとたんに戦闘になる可能性もあるな」
「ワタシがいればいきなり襲ってくることはないと思うけど、注意はしておいた方がいいかもねぇ」
「どうせおじさん先生がいれば大丈夫でしょ。早く行こっ」
リーララが俺の背中を押す。戻りたくないとか言ってたのは完全にスルーするつもりのようだ。
「分かったから押すな。じゃあ行くぞ」
なぜか腕を組んでくるリーララとカーミラを伴って、俺は『次元環』へと入っていった。
「どこだここ。建物の中ってことは絶対ないよな?」
今俺たち3人が立っているのは、乾いた土の地面が広がる荒れ地であった。周囲を見回すと遠くに緑の山や森が見えるが、その手前までは黄色い大地が続いている。枯れかかった木や草がところどころに生えていることは生えているが、今いる一帯は不毛の大地という感じの土地である。見上げると青空が広がっているので間違っても室内ではない。
『次元環』の中の宇宙空間みたいな道を5分ほど歩いて、目の前に現れた白い穴に飛び込んで出てきたのがこの場所だった。
「不思議ねぇ。もしかして座標がズレたのかしら。雰囲気としてはバーゼルトリア王国の外れっぽい感じだけど」
「部屋を動かしたせいかもな。ま、こっちに来た瞬間に誰かとばったり会うよりはよかったかもしれない」
「確かにねぇ。前向きに考えた方がよさそう」
「それでどうするの? 空飛んで街を探す?」
リーララの言葉に俺は首を横に振った。
「いや、もっといい方法がある」
俺は上空に『空間魔法』を発動。巨大な穴がずずっとスライドしていくと、そこには全長600メートルの巨大宇宙戦艦『ウロボロス』が出現していた……はずなんだが、もちろん『光学迷彩シールド』で姿は見えない。
「なにしたの?」
「あ~、ちょっとだけ見せてやる。『ウロボロス』、『光学迷彩シールド』を3秒間解除」
俺が左腕のブレスレットにそう言葉をかけると、ブレスレットから『了解でっす艦長。3秒間解除っ』と返答がある。
上空にパッと巨大宇宙戦艦の赤黒い船体が出現、きっかり3秒後に消える。
「えっ、ちょっと今のナニ!? 魔導飛行船!? にしては大きすぎない!? 地球にはあんなのないでしょ!?」
「あれはこの間宇宙の彼方で犯罪組織から奪った宇宙戦艦『ウロボロス』だ。未来の超兵器第2弾だぞ」
「完全に意味わかんないだけど。はぁ~、おじさん先生ってなんていうかこうエンリョとかツツシミみたいなのはないの?」
「使えるものは使うが勇者流だからな」
「伝説の勇者って、私たちが思っていた以上に規格の外にある存在なのねぇ」
空を見上げて目を丸くしていたカーミラも、溜息まじりにそんなことを言う。
「こんな風になったのはどっちかっていうと元の世界に戻ってからだけどな。さて、じゃあ『ウロボロス』に転移するぞ」
俺がブレスレットに転移を命じると、俺たち3人は光に包まれ、次の瞬間には『ウロボロス』内の『統合指揮所』へと移動していた。
「自由に転移できるなんてすごい技術ねぇ。先端の魔導技術でも転移はかなり制限があるんだけど」
「転移できるだけ地球よりは上だけどな。こいつはまあ未来の船だから比較しても仕方ない」
リーララやカーミラは『統合指揮所』の見学を勝手に始める。
そう言えば『ウロボちゃん』が出てこないなと思っていると、いきなり『統合指揮所』の扉が開いた。まさかこの船に侵入者が……と思って構えるが、部屋に入ってきたのは銀髪ボブカットに猫耳アクセサリをつけた、微妙に露出の多い未来的コスチュームに身を包んだ美少女だった。
その少女は俺のところまで歩いてくると、真面目な顔で小さく敬礼をした。
『艦長お疲れ様でっす。ところでここが異世界ということでいいんでしょうか~。地球ではないことは確認してますけど』
もちろんそれは今までモニターの中の存在でしかなかったAIパーソナリティキャラクター、『ウロボちゃん』であった。