事件はとあるビルの中で起きたとのことだった。
『クリムゾントワイライト』の構成員と思われる人間を『白狐』の機関員が尾行していたところ、その構成員はいきなり近くのビルに押し入っていったのだという。
機関員はビル内まで追いかけたが、いきなり化物が複数出現し撤退を余儀なくされたらしい。その後機関員はいそぎ本部に連絡してきたというわけだ。
そんな話を移動中のバンの中で聞きながら、俺たちはいま現場に向かっている。
もちろん俺はオマケで、メインとなるのは強化フレームを装着し魔導銃『ゲイボルグ』を持った双党と、防刃防弾ジャケットに身を包み、長剣『デュランダル』を胸に抱いている絢斗の2人である。
ちなみになぜかレアも一緒だが、同じ対クリムゾントワイライト機関の機関員ということで協力してくれるという体である。彼女は『白狐』で借りたサブマシンガンを持っている。
「どうしてアイバセンセイも一緒なんでぇす?」
一通り所長から状況が説明されると、レアが当然の質問をぶつけてきた。
「俺も『白狐』の協力者みたいな立場だからな。こういう特殊な事態には同行することもあるんだ」
「ふぅん。でもセンセイは素手でぇすよね?」
「忍者は見えないところに色々武器を隠してるのさ」
ジャケットの内側に手を入れて『空間魔法』を発動、いかにも服の下から取り出したふうを装って短刀を取り出す。あっちの世界で手に入れたオリハルコン製のダガーではあるが、ちょっと珍しい武器にしか見えないだろう。
「ワァオ、とても鋭そうな刃物でぇすね。これがニンジャソードでぇすか!」
目をキラキラさせて喜ぶレア。
双党は俺の方をみてニヤッと笑い、絢斗はレアから見えない所で肩をすくめてみせる。
そんなことをしていると、助手席に座る東風原所長が後部座席の俺たちを振り返った。
「そろそろ到着する。警察がすでにビルを封鎖しているので、我々はビルの駐車場から内部に入る。私と森、木下はそのまま駐車場に待機して退路を確保する。双党と絢斗でことにあたってくれ。ミスハリソンもそれに同行する形でよろしいか?」
「ハァイ、『アウトフォックス』としても、化物というのは気になりまぁす。直接見てみたいでぇす」
「分かった、基本的に化物の対応は2人に任せてほしい。相場先生は……」
「バックアップで同行します。俺も海外の『クリムゾントワイライト』には興味がありますので」
「済まんが頼む」
打ち合わせているうちに俺たちが乗ったバンはビルの地下駐車場に入り、階段そばで停車する。
すでに8時を回っているので駐車場には車はほとんどない。
「よし行け!」
所長の指示で絢斗を先頭に、双党、レア、俺の順で階段を登っていく。
『気配探知』によるとビルの2階にいくつかの反応がある。感触からいって丙型深淵獣レベルだろうか。普通ならかなりの強敵だが、今の絢斗と双党の敵ではない。
「1階クリア」
一階を一通り捜索してから双党がヘッドセットごしに報告をする。
階段を登って二階に。
上りきる前に絢斗が小声をだす。
「いるね。動いてるのは3体で、これは廊下にいるみたいだ。小さい反応がもう一つ奥の部屋にいて、そいつが主犯だね。たぶんこっちを待ち受けてる」
「罠ってこと?」
「たぶんね。向こうが海外から来たならこっちの力は知らないはず。一気にいこうか」
「誰か人は残ってる?」
「どうかな。少なくとも生きてる人はいないと思う」
絢斗は『気配感知』も使い始めたようだ。双党とのペアはなかなかに強力だな。
「GO!」
絢斗が先頭になって2階に突入する。廊下を走っていくと、奥から黒い大きな『なにか』が音もなく近づいてくる。
その姿を見て絢斗が鋭く声をあげる。
「こいつは『深淵獣』じゃないね!」
それは一言で説明するなら『影』だった。黒く不定形で、そのくせ輪郭は折り紙のようにとげとげした影だ。しかも廊下を塞ぐほどの大きさがあり、そいつが形を変えながらこちらに迫ってくる。
「オウ!? これは『シャドウ』でぇす! 棘を伸ばしてくるので近づくと危険でぇすよ!」
言いながらサブマシンガンを構えるレア。先んじて双党がゲイボルグで射撃を行う。
岩の槍が超高速で飛翔して『影』に突き刺さるが、『影』の一部に穴が開いただけだった。しかもその穴はすぐに塞がり、『影』はさらに接近してくる。
「どこかにある『核』を壊してくださぁい!」
レアがサブマシンガンを連射すると『影』に細かい穴がいくつもあき、その穴の一つに光る球のようなものが見えた。
「そこかっ!」
絢斗が『高速移動』してその光る球をデュランダルで切り裂く。
キエェェェ……
すると妙な声とともに、『影』は散り散りになって消えていった。
ふむ、俺も初めてみるタイプのモンスターだな。モンスターというよりは『スキル』に近い気がする。
あの『影』は何者かのスキルによって造られた攻撃用の疑似生命体のようなものだろう。どうやら『クリムゾントワイライト』には俺の知らない技を使うやつらもいるようだ。
「次が来るっ!」
双党が言う通り、さらに奥から『影』が近づいてくる。双党がゲイボルグを連射するとたまたま『核』にヒットしたのかそれで『影』は消えた。
「ふむぅ? 強力な銃ですね……?」
レアが興味をもってしまったか。まあ仕方ないだろうな。
「奥の部屋に行こう。主犯をおさえて情報をいただかないといけないようだ」
絢斗が早足に歩きはじめ、双党、レアが続く。『影』はもう一体いてこちらに向かっているが、どうも後ろから来そうだな。ちょうどいいから俺も戦っておくか。
「絢斗、うしろから来るやつは俺がやる。そっちはそのまま進んでくれ」
「了解、お任せします」
俺は踵を返して『影』に向かっていく。廊下の曲がり角を曲がると、そこに黒いなにかが立ちふさがっている。
「さて、攻撃してもらおうかな」
俺が無造作に近づいていくと、影の一部がヒュンッと棘状に伸びてきた。ほぼ一瞬で2メートルは伸びる。並の人間だとなにもわからず串刺しだろう。
何度か攻撃させるが、それ以上の技はなさそうだ。せいぜい棘の数が3本に増えるくらいか。
魔力を探ると『核』の位置も丸わかりだ。俺は近づいて、影の中に腕を突き入れて光る球を奪い取ってみた。
影は消えて俺の手の中には光を失った球だけが残された。大きさはピンポン玉くらい、材質はガラスに近いか。これになんらかのスキル効果を与えてあの『影』を出現させているのだろう。
「ん~、暗殺教団のボスが似たような技を使ってたか……?」
俺が首をひねっていると、絢斗たちが向かっていった部屋の方で魔力が急激に膨らむのが感じられた。どうやら主犯格が本気をだしたらしい。
たぶんあの程度なら負けることはないだろうが、この術の使い手は見ておきたい。俺は銃声が響き始めた部屋の方に走っていった。