とりあえず『竜の目』を使って『深淵獣』がいるところに向かう。
廃遊園地のなかをしばらく歩くと、早速『丙型深淵獣』が3体出現する。6本足のトラ型だ。
「じゃあまずは僕がお手本を見せてあげよう」
絢斗は『高速移動』スキルを使って一気に接近、すれ違いざまに1体を斬り捨て、さらに2体の頭を危なげなく刎ね飛ばす。
続いて現れた3体も同じように倒してもらう。それをじっと見ている『ウロボちゃんず』3人だが、絢斗が人間離れした動きを見せるたびに微かに表情を動かしている。
さらに他のタイプの丙型や、巨大カマキリの乙型などを倒すところを見てもらったところで、『ウロボちゃんず』のイチハが俺の方を見た。
『学習終わりました艦長』
いきなりしゃべったので双党が驚いた顔でこっちを見る。
三留間さんが首をひねっているのは俺が『艦長』と呼ばれたからかな。
「オーケー、じゃあ次に来たやつらは3人で対処してくれ」
『了解しました。各機リンク終了。駆除を開始します』
絢斗に礼を言って戻ってきてもらう。
『ウロボちゃんず』はセンサー完備なので、自分たちで『深淵獣』を捕捉してそちらに歩いていく。
俺たちはその後をぞろぞろついていく形になるんだが、なんか変な集団だなこれ。
遊具の間から大型カニの丙型5体が現れる。
『接敵。攻撃開始』
イチハが合図をすると、『ウロボちゃんず』3人はそれぞれの得物を構えて一瞬で距離を詰めた。『高速移動』っぽいが、背中と足元のあたりの景色が歪んで見えたので、なんらかの推進装置を使っているようだ。
滑るように『深淵獣』に接近した3人は、槍剣斧をそれぞれ振るって『深淵獣』にダメージを与えていく。
見た感じまだ全力ではなさそうだ。データを収集しながら戦っている感じか。
数分戦いそれぞれが深淵獣に止めをさして、『深淵の雫』を回収して戻ってくる。
俺の前に整列して『雫』を渡してくる姿はどことなく犬っぽい。なんかまた勇者の風評被害が拡大する予感。
「なにか問題はあったか?」
聞くとイチハが反応する。
『やはり未知の抵抗エネルギーを感じます。こちらの武器でその抵抗を突破できるのですが、それ以外の攻撃だと相当なエネルギーが必要と思われます』
「そうだな。だから3人にはその武器を与えたんだ。そこに注意してさらに経験を積んでくれ」
『了解しました。駆除を続行します』
その後も彼女たちが自分で深淵獣を探し次々と倒していく。乙型の大型カマキリも出てきたが2人でかかれば問題はないようだ。そもそも反応速度が人間のそれを大きく凌駕しているので、特に守りに入ると隙がない。
「先生、彼女たちはあっという間に強くなりますね」
隣に来た青奥寺が鋭い目で戦いを見守りながら言う。
「もともとの身体能力が圧倒的に高いからなあ。だけど青奥寺のレベルに達するのは難しいんじゃないかな」
「そうでしょうか? あの動きは真似できると思えないんですが」
「青奥寺くらいまで鍛えていると、機械では絶対にまねできない能力が備わり始めるんだよ。魔力がその例だけど、知覚とかでもね。だから問題はない」
「なるほど……。それなら自信を失わずに済みそうです」
「青奥寺の強さは俺が保証するよ。それにまだまだ強くなれるさ。特Ⅱ型くらいまでは行けるようにならないとな」
「それはちょっと無理だと思いますけど……」
半分冗談で言ってみたが、実際『特Ⅱ型』を相手にするなら魔法が使えないと厳しいだろう。
魔力が使えるから異世界で魔法を使う儀式を受けさせてもいいんだが……さすがに悩むところだな。
とりあえず乙型まではデータが取れたようなので、昼が近いこともあって一旦撤収をした。
深淵窟から出て、昼食として買ってきておいたコンビニのサンドイッチなどを食べる。もちろん大量に買い込んでおいたので青奥寺や新良たちにも配って好きに食べてもらう。
ただし『ウロボちゃんず』は食べられないので待機させておくことになるが、それがまた勇者の風評被害を拡大させる気がしてならない。
事情を知っている青奥寺や新良たちはともかく、三留間さんにはまだ彼女たちがアンドロイドだとは言ってないので、ちょっと変な顔でこちらを見ている。『聖女さん』的には少女たちに食べさせないのは気になるところだろう。
一休みして午後の部に入ろうかという時に、仮設事務所から『白狐』の隊員が出てきて双党になにかを伝えた。それを聞いた双党は最初驚いたような顔をし、ついで意味ありげに俺の方を見た。
「双党、なにかあったのか?」
「え~とですね、実は昨日のアメリカの件で早くも動きがあったそうです」
「『深淵獣』の件か? 動きというのは?」
「どうやら国の上の方で動きがあったらしくて、日本の『深淵獣』に関する情報は基本的にアメリカ側にすべて開示するそうです」
「そりゃ随分と早いな。というかすでに話はあらかじめ決まってたという感じか」
「あ~、たぶんそうですね。アメリカに実際に『深淵獣』が現れることをトリガーとして設定していたのかもしれません。まあそれはもう私たちにはどうしようもないのでいいんです。問題は今日これから、アメリカの人たちがこの『深淵窟』を視察に来るんだそうです」
「来るってのは大使館の関係者か? それとも軍か?」
「それがですね、専門家ということで『アウトフォックス』の隊員が来るそうです」
「はい? それってまさか……」
「ですね。レアが来るみたいですよ。ちなみに美園の家についてもオープンにするそうです。あ、いま連絡が来たみたいですね」
双党の指差す先を見ると、青奥寺がスマホで誰かと話をしていた。眉を寄せてうなずいたりしてるので、たぶん家の方から対応するように話が言っているのだろう。
しかしなんか結局隠すことがほとんどなくなってしまったな。マズいのは新良と『ウロボちゃんず』くらいか。
俺は新良を呼んで事情を説明した。
「レアが来るなら、さすがに私がここにいるのは良くないですね。すぐに姿を隠します。アンドロイドはどうしますか?」
「新良と一緒に帰ったってことにしとく。そっちは俺の方で隠すよ」
「わかりました、では」
新良はそのまま物陰に入って転送で帰っていった。俺も『ウロボちゃんず』を物陰に連れて行って、そのまま『空間魔法』に再収納する。
俺が仮設事務所の方に歩いていくと、ちょうどその場にレアが現れたところだった。『白狐』の東風原所長と、見覚えのない茶髪の30過ぎくらいの女性が一緒だ。女性は恐らくレアの『母親役』だろう。
レアと『母親』はネイビーブルーのつなぎのような服を着ている。『アウトフォックス』の行動時の装備だろう。
「オウ! ソウトウサン、アオウジサン、アヤトサン、今日もよろしくお願いしまぁす。アオウジサンの獣と戦うってこういうことだったんでぇすね!」
レアはいつもどおりの態度で双党たちに挨拶をして、素早く周囲に溶け込んだ。『深淵獣』関係のことを隠していたことなどまったく気にする素振りもみせない。このあたりは彼女の強みなんだろう。
彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、俺と目が合うと一直線に走ってきた。
「アイバセンセイもよろしくお願いしまぁす。本当にセンセイはどんなところにでもいまぁすね」
「まあいろいろ首をつっこんでいるからな。それよりアメリカでモンスターが現れた件は、とりあえずどんな扱いになってるんだ?」
「今のところ野生動物が暴れたことにはなっていまぁす。ただスマホで撮影されたりしているので、そのあたりの対応はこれからでぇすね」
「一般には知らせない感じか?」
「それは私にはわかりませぇん。私の任務は、あのモンスターがどういうものなのかの情報を集めて、上に報告することでぇすので」
「そりゃそうか。ま、じっくりと見ていってくれ」
「わかりまぁした。センセイは一緒には来てくれないのでぇすか?」
「いや俺は……」
東風原所長も来ているし、雰囲気としては『白狐』が対応する案件のようだからな。俺が出る必要はないはず……と思っていると青奥寺がやってきて耳打ちをしてきた。
「先生、今日は例の子たちの訓練があったから人数を減らしてます。なので先生に来ていただかないと人手が足りません」
「あ~、そうだったな。じゃあ俺もいくか」
「オウ、アイバセンセイの戦いも見られるのでぇすね。それはラッキーでぇす」
そんなわけで、俺たちはレアを連れて、『深淵窟』案内を行うことになった。