「では、今日はみなさんお待ちかね、異世界名物のドラゴンを見に行きます。俺が勇者として一緒に戦ったルカラスという古代竜で、ドラゴンの王様です」
『統合指揮所』で俺が宣言すると、リーララとカーミラ以外の全員が目を輝かせた。
特に反応が大きいのはやっぱり双党だ。
「先生、ドラゴンの鱗とかもらえたりしますか!?」
「自然と抜け落ちたやつならもらえるぞ。俺も100枚くらいは持ってる」
「ええ~っ、それ1枚ください!」
「別になんの役にも立たないぞ。錬金術で薬の材料になったり、鎧が作れたりするくらいだ」
「でも欲しいじゃないですか。一家に1枚」
「置物にもならんと思うけどな。現物見せるから欲しければ後で言ってくれ」
サンプルとして鱗を『空間魔法』から一枚取り出して見せてやる。A4用紙くらいの大きさの、白銀色に輝く鱗である。
あれ? こうして見ると結構いいものっぽい感じがあるな。目を向けてる女子全員の目が輝いてるし。
特に清音ちゃんがかぶりつきて見ているので鱗を渡してあげると、清音ちゃんは目をキラキラさせて鱗を持ち上げた。
「うわぁ、すごいキレイな鱗ですねっ。それにすごく大きいし硬そうです。でも意外と軽いんですね」
「まあ空を飛ぶ生き物の鱗だからね。軽いほうが飛びやすいだろうし」
「しかし鱗だけでこれだけの大きさということは、本体はそれだけ巨大だということですね」
鋭い見解を述べるのは新良だ。
その言葉を聞いて、青奥寺と九神はごくりと唾を飲んだようだ。
「まあその通りだけど、とりあえず見に行こうか。カーミラ、財団に連絡は取れたか?」
「ええバッチリよぉ。直接玄関前に転送してオッケーにしたわぁ」
「そりゃありがたい。じゃあ行くか。『ウロボロス』、頼む」
『了解でっす。座標確認、転送しまっす』
俺たち12人は、一斉に光に包まれた。
『ルカラス財団』本部の館は、王都の城にも匹敵するほどの規模を誇っている。
特に中央の建物は城を凌ぐほどだが、古代竜であるルカラスがその中で生活しているのだから当然と言えば当然だ。
その館の玄関前に転送された俺たちを、『魔導歴史研究所』所長のギムレット氏が迎えてくれた。濃い緑の髪をオールバックにした、エルフの血を引くイケメンである。
ちなみに『魔導歴史研究所』は勇者のいた時代の魔法技術を研究するという学術機関だが、『勇者教団』という裏の名も持っている。つまり古の勇者——すなわち俺——を神の使徒とあがめ研究する集団でもあるらしい。
その集団の背後に、勇者と友誼を結んだ古代竜がいるというのはなんともメチャクチャな話ではある。
「お待ちしておりました勇者様、そして勇者様の御令閨の皆様。私はギムレットと申しまして、神の使徒たる勇者様の忠実なしもべでございます」
いきなりとんでもないことを言い出すギムレット氏に俺は思わず膝の力が抜けそうになった。
そもそもギムレット氏をしもべにした事実はないし、今日のメンバーが御令閨、つまり夫人である事実はもっとない。
「ねえリーララちゃん、ゴレイケイってなんだか分かる?」
「そんな難しい言葉わたしが分かるワケないでしょ。そういうのは大人に聞かないと」
「え~。じゃあ雨乃さん分かりますか?」
清音ちゃんが振り返って聞くと、雨乃嬢はニタッと笑って「御令閨っていうのはね、寝取られちゃう人のことなのピッ!?」と言う感じで青奥寺にげんこつを食らっていた。
「うふふふっ。御令閨っていうのは妻のことよぉ。ここにいる皆は、全員先生の妻ってことねぇ」
代わりに答えたのはやたらとニヤケているカーミラだった。もしかしなくても、ギムレット氏にないことないこと吹き込んだのはコイツか。財団にはカーミラに連絡を頼んだからな。
「えっ!? 皆先生と結婚してるんですか?」
「してるワケないでしょ。ただの冗談よ冗談」
「あ、そういうことかぁ。でも私は未来のゴレイケイだから間違いじゃないけど」
清音ちゃんの爆弾発言に、周囲の気温が一気に下がるのを感じる。
青奥寺の鋭い視線が久しぶりにズバズバと突き刺さってくるが、九神のお嬢様が「美園、やきもちは度が過ぎると醜いですわよ」と言い出したのでそちらに注意を持っていかれたようだ。
「いやギムレットさん、彼女たちは俺の教え子とか弟子とかそういう関係の人たちですから」
「カーミラからは御令閨とうかがったのだけどね。しかし勇者殿なら全員娶っても問題ないのでは? 見た限り皆様すばらしい女性に見えるけれども」
「いやいや、私たちの世界は一夫一妻制でして、複数を娶るなんて話をしただけで危険人物扱いされる感じですから」
「そうなのかい? それなら勇者殿はこちらの世界に住んではどうかな。女王陛下に言えば爵位くらいはもらえるだろうし、そうすれば複数の女性を娶ることも可能になるよ」
「そもそもそういった相手もいませんので……」
カーミラのせいで勇者の風評被害が激甚災害指定クラスになりそうだ。
だいたい彼女もいない男をハーレム野郎扱いするのは最悪のいじりの一つではないだろうか。あの歩くR18には後でしっかりお仕置きをする必要があるだろう。
「まあともかく、今日は彼女たちにルカラスを紹介しようと思って来たんです。案内をお願いできますか」
「もちろん、私もそのために出てきたんだ。勇者殿とルカラス様が対面する場には是非とも同席させてもらいたいからね」
「ただの世間話にしかならない……ということはないか。魔王城の地下の話なども、もし分かったことがあれば聞きたいですしね。それと『魔人衆』についても……」
「そのあたりはルカラス様から直接お話があると思うよ。とにかくまずは皆さんを案内しようか。多分、勇者殿が一番驚かれるとは思うけどね」
「?」
俺が驚くほどの情報があるということだろうか。
ギムレット氏の口の端に浮かんだどことなく邪な笑みに、俺は嫌な予感を覚えるのだった。
ギムレット氏の案内で館に入り、長い廊下を奥へと向かって歩く。
正面に見える大きな扉が、ルカラスの部屋への入口だ。その向こうに巨大なドラゴンがいるはずなのだが、そこで俺は妙なことに気づいた。
扉の向こうにルカラスの気配がない。巨大なドラゴンが放つ気配というのは圧倒的で、隠そうと思っても隠せるものではない。そもそもルカラスは俺を除けば生物としては頂点にいる存在なので、気配を隠す必要もないしもとから隠す奴でもない。
「ギムレットさん、ルカラスの気配がないように感じますが」
「さすが勇者殿、そこに気づかれますか。しかし大丈夫です。ルカラス様はお部屋にいらっしゃいますよ。なにしろ数日前に勇者殿の気配を感じ取ってから、ずっと待っていらっしゃいますからね」
「はあ……?」
要を得ないが、まあ部屋に入れば分かるだろう。
「では皆様、こちらがルカラス様のお部屋になります。ルカラス様は寛大な方ですが、くれぐれも失礼のないようにお気を付けください」
ギムレット氏は、そう言って部屋の扉を開いた。
やはりそこは広大な部屋、というか空間になっている。
大きな天窓から光が降り注いでいるが、やはりそこに光を受けて輝くはずの、白銀の古代竜の巨体はない。
代わりにそこに立っていたのは——
「おおハシル、待ちかねたぞ! こちらの世界に来たのなら、なぜ真っ先に我のところへ来ぬのか。我とハシルとの絆はそのような弱いものではないであろうに!」
頭に真紅の二本のツノ、背中に白銀の翼、そして尻に白銀の鱗に包まれた尻尾。
そしてその瞳は燃える炎のように赤い。
そこだけ見れば確かにルカラスなのだが、
「なんでお前女の子になってんだよ」
目の前にいたのは、青奥寺たちと同い年にくらいに見える、やや癖のある白銀のロングヘアを肩に流した、少し気の強そうな一人の少女だった。