さて、とりあえず異世界での予定は、一部が『続く』の状態になってしまった以外はおおむね片がついた。
侯爵の反乱についてはつつがなく処理がされていくだろう。侯爵領をどうするのかとか、侯爵派の貴族たちをどうなびかせるかとか内政的な問題は多いだろうが、そこに勇者の出番はない。
『魔導廃棄物』の排出については、九神家の技術が浸透すれば次第に解決はされるだろう。ただすでにダンジョンが出現してしまっている以上、完全に元に戻る可能性は低い気がする。なぜならダンジョンは、もとは『魔導廃棄物』とは無関係に『魔力』に依存して存在するものだからだ。この世界は、ダンジョンとモンスターという新たな環境を前提に組み直されるのだろう。なんとも壮大な話である。
問題は俺たちの世界がどうなるかだが、こればかりは様子を見るしかない。『魔導廃棄物』が減れば『深淵獣』『深淵窟』の出現は減るだろうが、こちらも元は『魔導廃棄物』とは無関係にはるか昔から出現していたものだ。完全にはなくなることはないだろう。
一番の問題である『魔王』――『導師』だが、奴らが向かった先が俺たちの世界であることは間違いない。しかもフィーマクードとつながっていたのなら、地球ではなく銀河連邦版図内外のどこかに逃げたはずだ。いかに勇者でも、銀河のどこに『導師』がいるかなんて分かるはずもない。あのモジャモジャなライドーバン局長に話をするくらいしかできることはないだろう。
と考えると、あとは宇佐さんが本場メイド体験をしたがっていたくらいか。とはいえさすがに王城は今大変なことになっていそうで頼みづらい。
「あ、ルカラス、ちょっといいか?」
「なんだハシル?」
「お前がいたルカラス財団の本部って、メイドとか雇ってないのか?」
「うむ? 雇っておるぞ。あの財団のトップは引退した伯爵だからな。メイドは常に何人かいる」
「その元伯爵はいい人か?」
「うむ、人品卑しからぬ老紳士だな。なんだ、メイドならハーレムに一人いたと思うが、また増やすのか?」
「違う違う。そのメイドの宇佐さんが、こっちの世界のメイドの仕事を勉強したいんだそうだ。一日体験学習とか頼めないか?」
「なんだそんなことか。造作もない」
ということで解決した。うむ、さすが勇者、人脈にも隙がない。全部その場の思いつきだが。
『ウロボちゃん』がもってきてくれたお茶を飲んでいると、リストバンド端末に着信。もちろんカーミラだ。
「どした?」
『とりあえず侯爵は収監したわぁ。「赤の牙」に関しては、高度な政治的取引ってことで手配は取り消し、ただし王都からは退去ってことになったわよぉ』
「了解。『赤の牙』は今はどうしてる?」
『城にいるわぁ』
「じゃあ外に出るように言ってくれるか? こっちで収容するわ」
『分かったわぁ。外に出したら連絡するわねぇ。それとラミーエルが先生に一言お礼が言いたいそうなんだけど、一度こっちに来てもらっていいかしらぁ』
「あ~、それはできれば辞退したいんだが……そうもいかないか」
『ええ、悪いわねぇ』
仕方がない。
俺は艦内放送で少し外に出てくる旨を話し、メイド研修についてはルカラスに任せ、『赤の牙』回収を『ウロボちゃん』に指示し、一人王城へと転移した。
「この度もアイバ様にはいろいろとお力添えをいただき、大きな被害もなく事を終息させることができました。本当にありがとうございました。バーゼルトリア国女王として、すべての民及び貴族を代表して御礼申し上げます」
『会談の間』で俺は、女王陛下以下、側近のパヴェッソン氏を含め5人のお偉いさんたちに頭を下げられてしまった。
俺という情報を共有する高官たちがそろい踏みで挨拶に来たということなのだろうが、俺としては落ち着かないことこの上ない。
「ええと、そのお礼の言葉は確かに承りました。こちらとしてはギリギリの線で手を出したつもりですが、色々と面倒も残ったかもしれません。そこはお許しいただくということでお願いします」
「許すなど、そのような話にすらなりません。今回の件はアイバ様がいらっしゃらなければ未だに解決していなかったどころか、王都が火の海になっていた可能性もあります。どれほど礼をしてもしつくすことはできないでしょう」
「そこはほどほどにお願いします。こちらも理由があってやったことですので」
謙虚に行くつもりもないのだが、あまり恩に感じ過ぎられても困るんだよな。お礼とかいって色々もらったとしてもあっちの世界じゃ金に換えられないしな。お約束の爵位とか、ましてや領地なんてもらっても意味はないし。
やはり礼をするという話になったので、そういったことを伝えると、美人の女王陛下はかなり困ったような顔をした。
「しかし何もしないというわけにも参りません。何か希望はございませんか?」
「ええと、それではこの国にある自動車を、それもスポーツカータイプのものをいただけますか。中古で構いませんので」
「アイバ様はそちらにご興味がおありなのですね。すぐに用意いたしましょう」
まあ興味があるのは俺じゃないけどね。
「しかしそれだけではまるで足りません。他にございませんか?」
「え? う~ん……それでは、侯爵領にある孤児院に援助をしてもらっていいでしょうか。できれば他の孤児院への援助も手厚くしてもらえると嬉しいですね」
苦し紛れに得意の思いつきでそんなことを言うと、女王陛下は驚いたような顔をし、他の高官たちも揃って目を見開いた。
「なんと素晴らしい……。分かりました。『アイバ基金』として王国全土の孤児院に必ず援助をすると誓いましょう」
「いやその『アイバ基金』という名称は必要ありませんからおやめください」
「では『勇者基金』がよろしいでしょうか?」
「いえ呼び名の問題ではなくてですね……」
などと言っていると、急に扉がノックされた。側近のパヴェッソン氏が対応に出て、やって来た役人と二言三言言葉を交わす。ロマンスグレーの横顔に走った一瞬の緊張に、俺はまた何かが起きたのを直感する。
パヴェッソン氏が戻ってきて女王陛下に耳打ちする。眉を寄せる女王陛下の表情を見る限り、やはりロクな話ではないようだ。
「申し訳ありませんアイバ様。どうも収監されたババレント侯爵が気になることを口走っているようです。『特Ⅲ型』のモンスターが侯爵領で研究をされていて、それが動き出すとか……真偽はいっさい不明ですが」